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第4話 火病する名無しさん 投稿日: 2004/12/24(金) 23:22
"Yes, Laska, there is a Santa Claus!"
1.
こんこん、こんこん。
ガラス戸から、一際厳しい寒さが凍み入ってくる夜のことでした。
「誰?」勉強部屋でプラモデルを作っていたアメリー君が、めんどくさそうにドアの向こうに呼びかけます。
けれど、ドアの向こうは呼びかけに答えもせず、
小さな音で、こんこんとドアを叩くばかり。
「いいから入ってきなー…」上の空で部屋に入れるアメリー君。
ぎい…と背中でドアの開く音が聞こえます。が、アメリー君はやっぱり上の空。
この間パパから貰ったプラモデルですが、ほっぽりっぱなしにしている間に、
どこかに説明書が行ってしまったのです。
――このパーツ、どこに付けるんだ?
そんなことを考えながらあーでもないこーでもないと悪戦苦闘していると、
くい、と服の袖をひっぱられました。
「なんだよ?ラス…」
少し腹を立てたように振り向いて、妹に抗議するアメリー君。
しかしその抗議の声は、驚きで途切れてしまいました。

「うっく…ひっ…ぐず…」
口を真一文字に結んで、それでもそのかわいい口から漏れてしまう泣き声。
いまにも両目からは涙がこぼれ落ちそうです。
「だ…」
「お兄ちゃ…んぅ…ぐす」
「!!」
がばっと椅子から跳ね上がると、ラスカちゃんの両肩を掴むアメリー君。
「誰だ?!誰に泣かされた!!」険しい顔をして、
まるで責めたてるようにきつい口調で詰問するアメリー君。
「………」けれど、ラスカちゃんは首をふるふると横に振るばかりで、誰がとは云いません。
強情なのはアメリー君譲りのラスカちゃん。いったんこうと決めたら絶対に口を割りません。
ふう、とため息をついて、ラスカちゃんをベッドに連れて、座らせると、自分もその脇に座りました。
「判ったよ、『誰がやった?』なんて聞かないから、
何をされたかだけ聞かせてくれないかな」
こくん、頷いて、目をごしごしと擦り、ラスカちゃんが口を開きます。
「お友達にね…サンタクロースなんかいないって、云われたの」
"Yes, Laska, there is a Santa Claus!"
2.
「――でね、パパにも聞いてみたの」
「うん、で?」余所では暴れん坊で名が通っているアメリー君ですが、
アメリー君は、出来るだけ優しく、仔猫をあやすように、
黙ったまま、ラスカちゃんの話に耳を傾けていました。
「でもね、パパはもしお兄ちゃんに聞いているって云うんなら、
いるんだよって話してくれたの。
…ねえ?教えてお兄ちゃん?サンタクロースはいるの?」
そう云って、またラスカちゃんは両目をごし、と擦りました。

「う〜〜ん」アメリー君はベッドから立ち上がると、
そのうち部屋の中をクマのように歩き回り始めました。
「う〜〜〜〜ん」
その様子をじっと見るラスカちゃん。
アメリー君の回答を期待して待っているのです。
やがて立ち止まり、窓の暗がりを睨むように見つめているアメリー君でしたが、
重々しく、言葉を選びながら口を開きました。

「ラスカ。サンタクロースなんていないんだって云うお前の友達は、間違ってる。
きっと、その子の心には、最近流行の何でも疑ってかかる、
うたぐりや根性というものが、しみこんでるんだ。
うたぐりやは、目に見える物しか信じない。
うたぐりやは、心の狭い奴なんだ。
心が狭いためによくわからないことがたくさんあるんだ。
それなのに、自分の分からないことは、みんな嘘だと決めている。
けど、人間が頭で考えられることなんて、大人の場合でも、
子供の場合でも、大してそんな変わりやしないよ。
僕らの住んでいる、この世界じゃ、人間の知恵なんて一匹の虫みたいに、
そう、それこそアリのように小さいんだ」
"Yes, Laska, there is a Santa Claus!"
3.
冷めかけたホットチョコレートを口に含み、降り始めた雪を眺めながら、
アメリー君は精一杯、妹に話しかけました。
むろん、もうアメリー君の年齢では、サンタクロースなんていないって事は判りきってます。
けれど今彼が一生懸命に語りかけている、ラスカちゃんの心の中には、
友達からそんなことを云われるまでは、確かにサンタクロースがいたのです。
そんな子を前にして、誰が『いない』などと云えるでしょうか?

「――そうだよ。ラスカ。
サンタクロースがいるというのは、決して嘘じゃない。
この世の中に、愛だとか、人への思いやりだとか、
真心があるのと同じように、サンタクロースも確かにいる。
もしもサンタクロースがいなかったら、この世の中は、どんなに暗く、寂しいと思う?
お前のいない世界が考えられないのと同じように、
サンタクロースのいない世界なんて、僕には想像出来ない。

…ためしに、クリスマス・イブに、パパに頼んで探偵をやとって、
地球町中の煙突を見張ってもらおうか?
ひょっとすると、サンタクロースをつかまえることができるかもしれない。
けど、たとえ、煙突から降りてくるサンタクロースの姿が見えないとしても、
それがなんの証拠になる?
サンタクロースを見た奴はいない。
けれどそれは、サンタクロースがいないという証明にはならないんだ。
この世界で一番確かなこと、
それは僕ら子供の目にも大人の目にも見えないものなんだから」

いつしか、背中ですすり泣く声は小さくなっていました。
いいぞ、あと少しだ。
アメリー君はそう確信しました、握ったマグカップに力が入ります。

「…赤ちゃんのがらがらを分解して、どうして音が出るのか中の仕組みを調べてみることはできる。
けれど、目に見えない世界を覆い隠している幕は、どんな力の強い人にも、
いや、世界中の力持ちがよってたかっても開くことはできやしない。
ただ、信頼と想像力と詩と愛とロマンスだけが、
そのカーテンを一瞬だけ引きのけて、幕の向こうのたとえようもなく美しい、
輝かしいものを見せてくれるんだ。
そう云う、美しく、輝かしいものは、人間の作ったでたらめか?

いや。ラスカ、それほど確かな、
それほど変わらないものはこの世には他にないんだよ。

サンタクロースがいない?
とんでもない!
サンタクロースはちゃんといるんだ。
それどころか、いつまでも死にやしない。サンタクロースが死ぬもんか。
――一千年後までも、百万年後までも!
サンタクロースは、ラスカみたいな子供たちの心を、
今と変わらず喜ばせてくれるさ。僕はそう思ってる」

演説は終わりました。
悲しそうなすすり泣きはもう聞こえません。
すっかり冷えてしまったホットチョコレート入りのマグカップを机において、
アメリー君は、ラスカちゃんの座っているベッドを振り返りました。
"Yes, Laska, there is a Santa Claus!"
4.
いつの間に寝てしまっていたのでしょうか、
ラスカちゃんはシーツにくるまり、すうすう…と寝息を立てていました。
「……ふぅ」と肩をすぼめて苦笑いをし、ため息をつくアメリー君。
「まだまだ子供だよな、当分サンタクロースは信じてくれるよな?」
そう、小声でつぶやくと、ラスカちゃんを抱き上げようとし、ふと何か気がついて、
クロゼットから大きな紙包みを引っ張り出しました。
紙包みは赤と緑の結い紐で包まれていて、
誰の目にも、それがクリスマスプレゼントだと判ります。
そして、ラスカちゃんにその紙包みを抱かせるようにして一緒に抱き上げると、
アメリー君はラスカちゃんの部屋へと運んでいきました。


「パパ?厄介な役目は最近みんな僕に押しつけるばっかりじゃないか?」
ラスカちゃんをベッドに寝かせたアメリー君が、階下のキッチンでアメリーパパに抗議します。
ママがフルーツポンチを作っているので、
アメリーパパはママの代わりにオーブンの中の七面鳥とにらめっこしていました。
「少し黙りなさいアメリー、今は七面鳥の出来を左右する重要な局面なんだ」
アメリー君をそう云ってたしなめると、
パパは再び七面鳥とのにらめっこを開始しました。
部屋の中では誰も彼もが忙しそうに今日の夕食の支度に動き回っています。
居場所のないアメリー君は、結局すごすごと部屋に戻るしかありません。

「…ったく、七面鳥を監視するくらいなら、
いっそサンタクロースの監視でもしててくれよ…」
一人そう云いながらアメリー君は部屋の中に戻ってきました。

「?」

出て行った時とどこか部屋の雰囲気が違っていました。
そう。ベッド。ラスカちゃんが眠ってしまったベッドの上。
そこにボール紙の紙包みが置いてありました。

――アメリー君の耳に、どこかから鈴の音が聞こえてきます。
窓の外、そう。凍りつきそうな木々の彼方。
静まり返った雪原を渡る鈴の音。
雪雲の切れ間、月の光を浴びた闇に浮かび上がる、
9頭のトナカイに引かれるソリ、
そして赤いコートを着た――――!
「……!」
とさっ、とベッドの上に、アメリー君の掌から包みがこぼれ落ちました。
歓喜に見開かれた目。興奮に染まる頬。
そして、顔一杯に開かれた口からあふれ出した言葉!

「本当に、サンタクロースはいるんだ!!」

地球町では今夜、幾つもの同じような叫び声が上がることでしょう。
アメリー君が云ったように、
たぶん、来年も。そのまた次の年も。一千年後も…百万年後だって!
(了)

解説 火病する名無しさん 投稿日: 2004/12/24(金) 23:29
http://www.kokei.ac.jp/Campus/2003/curio1221.html

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