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第1086話 三毛 ◆wPntKTsQ 投稿日: 02/07/02 19:52 ID:6RbVd8X6
     「少年たちの肖像」

 ある暑い日の昼下がり。ニホンちゃんは、お出かけの準備をしていました。お散歩がてら、図書館に、借り
た本を返しに行くのです。
 今日の彼女のいでたちは、純白のブラウスに空色のフレアスカート。そして、スカートと同色のリボンと、な
かなかにお洒落さんですね。
 ニホンちゃん、窓から顔を出して、お空を見上げます。お日様は、にこにことご機嫌そうに、爽やかな初夏
の日差しを彼女に投げかけていました。ニホンちゃんは少し黙考すると、買ったばかりの日傘を取り出します。
 楚々とした服装に涼しげな日傘。どこぞの令嬢のような姿ですね。エリザベスちゃんやフランソワーズちゃ
んのような口調で喋っても、違和感がないかもしれません。
 借りてきた本を小脇に抱え、さあ、お出かけです。

     つづき

 玄関先で、同様に出かけるところだったウヨ君とばったり出会いました。
 今日のウヨ君は、折り目正しい服装ではありません。ランニングシャツに半ズボン、頭には麦わら帽子。右
手に釣り竿、左手にバケツを持っています。ラフな服装というレベルを通り越して、どこからどう見ても、田舎
のガキ大将といった風情ですね。
「あれ?武士も出かけるの?」
「うん、パラ雄さんと釣りにいくんだ」
「そう………気をつけなさいよ」
 ニホンちゃんの声にひらひらと手を振ったウヨ君、意気揚々と出かけてゆきます。それを見送ったニホン
ちゃんは、日傘を広げると、陽炎ゆらめく街へと歩きだしました。

     つづき

 街は、午睡のまどろみのなかにありました。行き交う車も少なく、ゆったりとした時の流れに身を任せてい
ます。静かで、そして穏やかな午後でした。
 ニホンちゃんは、中央公園に足を向けました。ここの遊歩道は、四季折々の風情にあふれる落ち着いた場
所で、彼女のお気に入りです。さらに、図書館への近道でもあるのです。
 遊歩道には、木漏れ日が揺れていました。時折、木々の間を駆け抜ける風が、夏の薫りをかすかに運ん
できます。
 くるり、と日傘をまわしたニホンちゃんは、軽やかな足取りで、梢のトンネルをくぐりました。
 鳥のさえずり。梢を揺らす風のささやき。そして、微笑みを浮かべながら楽しげに歩く少女。一幅の絵が、
そこにありました。

     つづき

 遊歩道を抜けたところで、ニホンちゃんは、友達に出会いました。
 公園にしつらえられたバスケットのコート。ボールの弾む軽やかな音。たんっ!とジャンプしたシルエットが、
ボールをリングに叩きつけます。
「Yes!……悪いな、カナディアン。ジュース奢りな」
「とほほほほぉ…………三連敗かぁ…………」
 アメリー君とカナディアン君でした。彼らは、1on1で遊んでいたようですね。息を弾ませながら、タオルで汗
を拭くアメリー君。弾かれた汗が、陽光を弾いて彼を彩ります。
 快活に笑いあう二人の姿に、自然とニホンちゃんも笑みを誘われます。
 小声で「がんばって」、と呟くと、ニホンちゃんはその場を離れました。

     つづき

 広場にさしかかったとき、裂帛の気合いが、穏やかな空気を引き裂きました。驚いたニホンちゃんが目にし
たのは、まるで舞うかのように演舞を繰り広げるチューゴ君の姿でした。
 足が跳ね上がり、剣のように高々と掲げられます。次の瞬間、くるりと反転して第二撃。さらに肘、膝、掌底。
流れるような動きは、完成された舞踏のような美しさすら感じさせました。
 一連の型を終わらせて、ふっと息をついたチューゴ君。圧倒されて目を丸くしているニホンちゃんに気づき、
シニカルな笑みを浮かべました。
「よお、ニホン。散歩アルか?」
「え?あ、うん。ついでに、図書館に行こうと思って。…ね、チューゴ君、今のって、拳法だよね?」
「ああ、我が家に伝わる少林寺拳法アル」
「凄く綺麗だった…。いつもはゆ〜っくりとした動きの拳法やってるのに、全然違うんだもん、驚いちゃった」

     つづき

 チューゴ君は、思わず苦笑してしまいました。
「いつもオレがやってるのは太極拳。まあ、健康法みたいなものアル。少林寺拳法のほうは、れっきとした
格闘技アルよ」
「あ、そうなんだ〜。……………ね、チューゴ君。わたし、もう一回見たいな、今の」
「ん?…………ああ、いいアルよ」

 鋭く空気を裂く音が、風の声を制します。チューゴ君の手足が、まるで鞭のようにしなり、唸りをあげ、その
たびに、肉を撃つ鈍い音すら聞こえてきそうな錯覚を覚えます。ニホンちゃんは、息を呑んで、彼の繰り広げ
るダイナミックな演舞に見入るのでした。

「凄い、すご〜い!チューゴ君、無理言ってごめんね。どうもありがとう!」
「ああ、気にすることないアルよ。それより、早く行かないと図書館閉まるアルよ?」
「あ……そうだった。それじゃ、チューゴ君、また明日ね〜」
「ああ。今度は、簡単な技でも教えてやるアルよ」

      つづき

 図書館に到着したニホンちゃん。玄関をくぐると、ひんやりとした空気が彼女を出迎えました。早速本を返
すと、新しく借りる本を選ぶために、書架に足を運びます。
「………あれ?」
 窓際の椅子に、ゲルマッハ君が腰掛けていました。お日様の光を全身に浴びて、蜂蜜色の髪の毛が輝い
ています。端正な横顔に、安らいだ表情を浮かべ、長い足を組んで、分厚い小説を読み耽っていました。
 時折、前髪が額に落ちかかってくるのを、煩わしげにかき上げます。そのいささか気障な仕草すら、彼に
はよく似合っていました。
 邪魔するのは悪いかな?と、ニホンちゃんが考えたその時、視線を感じたのでしょうか、ゲルマッハ君が
顔を上げました。二人の視線が交差します。
「やあ、ニホンちゃん」
 アーリアちゃんと、ごく一部の心を許した人にしか見せない、穏やかな笑顔。理知的な顔立ちと相まって、
年上のお兄さんのような感覚を、ニホンちゃんは抱きました。

     つづき

「こんにちは、ゲルマッハ君」
「ニホンちゃんも、本を借りに?」
 ニホンちゃんは、こっくりと頷きました。ゲルマッハ君は、にっこりと笑うと、自分が読んでいた小説を差し出
します。
「それじゃ、この本なんかどうかな?」
 ニホンちゃんは、その本の題名を読みました。………『はてしない物語』。
「僕の親戚のおじさんが書いたんだ。面白いファンタジー小説だよ。映画化もされたから、多分君も知ってい
ると思う」
「………ああ!」
 その映画は、ニホンちゃんのお気に入りなのです。優しげな瞳の、純白の竜が登場する、心が温かくなる
ような映画でした。
「僕は、原作の方が好きだけどね。よかったら、読んでみるといいよ」
「でも、ゲルマッハ君が読んでるんでしょ?わたしが借りちゃっても、いいの?」
「構わないよ。僕はもう、何度も読んだから」

     つづき

 『はてしない物語』と、その映画について、二人で話をしているとき、彼らの後ろから、誰かが声をかけてき
ました。
「ああ、誰かと思ったら、ゲルマッハ君とニホンさんじゃないですか」
 おおきなトンボ眼鏡がトレードマークの、ノーベル君です。サイズの合わない白衣の裾をひきずり、大量の
本を抱えて、よたよたと近寄ってきます。
「こんにちは。ノーベル君も、本を借りに来たの?」
「いえ、ボクはちょっと調べ物があって。ニホンさんは、何か借りるんですか?」
「うん、これ。ゲルマッハ君に勧めて貰ったんだ〜」
「ああ、『はてしない物語』ですか。ボクも読みましたよ。面白いんですよね」
 それから三人は、自分の好きな本の話題で盛り上がりました。ニホンちゃんは、ちょっとした驚きを感じて
いました。ゲルマッハ君もノーベル君も、普段口数が少ないだけに、これほど饒舌に、そして楽しげに話すとは。
 いささか近寄りがたかった二人が、ぐっと身近になったような気がしました。

     つづき

 帰り道。お日様も傾いてきて、東の空はほんの少し、色合いを濃くしています。涼しさを増した風に吹かれ
ながら、ニホンちゃんは、行きとは別の道を辿っていました。
「ニホンちゃん、散歩ダスか?」
 突然、頭の上から声が降ってきました。驚いたニホンちゃんが、空をふり仰ぎます。
 大きな木に、オージー君が登っていました。剪定ばさみを手にして、庭木の手入れをしていたようですね。
彼は、身軽に飛び降りると、ニホンちゃんに陽気な声をかけてきました。
「暑いダスなぁ〜。うちの庭でも見ながら、冷たい飲み物でもどうダスか?」
「え〜と……じゃあ、ちょっとだけ」
 オージー君は、朴訥な笑顔を見せながら、広い庭に招じ入れてくれました。
「うわぁ………!」
 そこは、まるで別世界のようでした。咲き乱れる花々、むせかえりそうな緑の匂い。沢山の植物が、注意
深く配置され、素晴らしい景観を創り出しています。
「うちの自慢の庭ダスよ」
 ジュースを持ってきたオージー君が、誇らしげにいいました。

     つづき

「これ、みんなオージー君が手入れしてるの?」
「あはは……オラ一人じゃとても無理ダス。家族全員、ガーデニングに凝ってるもんで、手分けしてやってる
ダスよ」
「すごいねぇ……。エリザベスちゃんのところのお庭も綺麗だったけど、このお庭も、とっても綺麗……」
「嬉しいこと言ってくれるダスな。オラは土いじりが性に合ってるもんだから、ついつい入れ込んでしまうダス」
 そういって破顔するオージー君。土に汚れた顔も、どことなく誇らしげです。
「オラは大した特技は持ってないダス。でも、土いじりにかけては、誰にも負けないと思っているダス。この
庭は、オラの誇りであり、生き甲斐なんダスよ……」

 その後、二人は、広い庭の中を散策しました。時々ニホンちゃんが投げかける質問に、すらすらと的確に
答えるオージー君。それだけで、彼が、この庭に並々ならぬ愛情を注ぎ込んでいることは、容易に想像でき
ました。一つのことに、これだけ真摯な姿勢で打ち込むことのできるオージー君を、ちょっぴり羨ましく思った
ニホンちゃんでした。

     つづき

 オージー家を辞去したニホンちゃん。既に空は、茜色に染まっています。あちこちの家に、早くも明かりが
灯り、夕餉の支度をしているのでしょう、いい匂いが漂ってきます。
 ふと、ニホンちゃんは足を止めました。何処かから、美しいピアノの旋律が聞こえてきたのです。それは、
CDではなく、生の演奏の音でした。その音色に誘われるように、足を向けるニホンちゃん。彼女の目の前に
は、カナディアン君の家がありました。
 道に面した部屋の一室。その中にピアノが据え付けられ、誰かが演奏しています。垣根越しに目を凝らす
と……なんと、カナディアン君本人が、鍵盤を叩いていました。
 甘く、そしてどこか切ないメロディ。それにあわせ、カナディアン君の指が踊り、鍵盤の上で舞います。旋律
に身を委ねるように、目を閉じて、一心に音楽を紡ぎだしてゆきます。
 やがて、曲はクライマックスを迎えました。激しく腕が上下し、圧倒的な音の洪水が押し寄せてきます。そ
して、さざ波のように揺れる音が宙に消えて………演奏は、終わりました。

     つづき
 思わず拍手をしてしまうニホンちゃん。カナディアン君は、一瞬驚いた後、恥ずかしげに苦笑しました。
「あれ……ニホンちゃん、聞いてたの?」
 開け放たれた窓越しに会話する二人。
「すごくいい曲だったよ!カナディアン君、ピアノ上手なんだね〜。知らなかった」
「ああ、おじさんにみっちり仕込まれたからね。今の曲も、おじさんが作った曲なんだ」
「おじさん?」
「ニホンちゃんも知ってる人だと思うよ。君の家で作ったドラマの音楽を担当した人だから」
 そう言って、カナディアン君は再びピアノに向かいました。彼が紡ぎ出した曲は、確かにニホンちゃんの記
憶にあるものでした。
 穏やかで、かつ甘酸っぱい記憶を呼び覚ますようなメロディ。叙情的な音の連なりが、彼女のこころに染
みいってゆきます。『めぐり逢い』というタイトルのその曲を聴きながら、ニホンちゃんはゆっくりと目を閉じる
のでした。

     つづき

 夜。夕食の席で、釣果を自慢げに報告するウヨ君の声を聞きながら、ニホンちゃんは今日の出来事を思い
出していました。
 男の子たちの、意外な一面。
 意外な特技を持っている人、イメージ通りの人、ちょっとだけ見る目が変わりそうな人………。
 ニホンちゃんは、もっともっと、いろんな人たちの素顔を知りたいと思いました。まだまだ、彼女には知らな
いことのほうが多いのですから。

 その夜、ニホンちゃんは日記にこうしたためました。
『今日は色々なことがあった。私は、男の子たちのことを、何も知らなかったんだなぁ、と感じた日だった。
正直、わたしは男の子たちが少し怖かった。でも、けっしてそうじゃない。明日からは、ちょっとだけ勇気をだ
して、男の子たちともいっぱいおしゃべりをしたいな、と思う』

 男の子たちの肖像。けして一面的ではない、隠された顔。それに気づいたニホンちゃんは、また一つ、大
人へのステップを踏んだのでした。

                                             おしまい


解説 三毛 ◆wPntKTsQ 投稿日: 02/07/02 20:01 ID:6RbVd8X6
三毛であります。
今回のソースは……ありません(またかいっ!!)
えーと、男の子キャラの萌えSSは可能か否か?ということで、実験的に書いてみました。
目指せ、女性読者獲得!!(w

作中、ゲルマッハ君が紹介した本と、カナディアン君が弾いていたピアノ曲は、完全に私の趣味です(w
本のほうは、言わずと知れたミヒャエル・エンデの「はてしない物語」。映画「ネバーエンディング・ストーリー」
の原作として知られていますね。
ピアノ曲のほうは、カナダのピアニスト、アンドレ・ギャニオンが元ネタです。
日本でも、「Age.35 恋しくて」や「甘い結婚」などのドラマの音楽を担当した人です。
ちなみに、大の親日家でもあるそうです。興味が湧いた方は、こちらへどうぞ。
http://www.jvcmusic.co.jp/andregagnon/

今回は、趣味全開な話になっちゃいました。次回は、ソース付きのお話をお届けしたいと思います。
では!

                             アンドレ・ギャニオン「風の道」を聞きながら  三毛 拝

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