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第1957話 無銘仁 ◆uXEheIeILY 投稿日: 04/08/15 09:06 ID:dqvWgjMj
 「血は流れれば流れない」

 夏の日はケンチャナヨという格言通り、夕方五時近くになっても
うだるような暑さで陽炎に覆われる、八月十五日の地球小学校。
そんななか、屋上で大の字になって大空に心を通わせる少女がふたり。
ふたりは上を向いたまま、言葉を交わしているようです。
「アーリアちゃん」
「なんだ」
「どうしてわざわざ呼び出して、こんな所で寝転ぶの」
太陽は最後のひと仕事とばかり、力強く輝いています。
軟らかな熱風が、ふたりを撫でていきました。
「さあ、どうしてかな」
「それにさ、『放課後屋上で待つ。必ず来い』なんて書いてあるから、
果たし状かと思っちゃったんだよ。このごろチューゴくんが機嫌悪いでしょ。
わたし、チューゴくんだったらどうしようって、こわかったんだから」
「あはは、それはすまなかった。わたしは友達に手紙を書いたことが
あまりないものでね。女の子はそういうことをするものらしいが」
短く整えたブロンドの髪が、静かにゆれています。
「もうっ。笑いごとじゃないのにぃ」
「だいいち、チューゴならもっと品のない文を書くだろう」
「ううん、チューゴくんは昔から品があるよ」
「あれに品があると思うのか」
アーリアちゃんは片手をついて上体を起こすと、ニホンちゃんを見ました。
ニホンちゃんも、頭を傾けて友に応えました。
「ねえアーリアちゃん。今日は何の日か知ってるよね」
「無論だ。だからニホンを呼んだ」
「あのころユーロの人たちは、おじいちゃんを馬鹿にしていたの。
でも、おじいちゃんも、カンコくんやチューゴくんのおじいさんたちを、
自分よりもっとずうっと馬鹿だって思ってたんだよ」
雲の峰が陽をはねかえし、木々のざわめきがおさまりました。
アーリアちゃんは、再び体を横たえました。
「だから、チューゴには正直にものが言えないというのか」
「そんなんじゃないよ。わたしはチューゴくんのいいところを認めてるだけ。
嫌なことされたら怒るけど、怒ってばかりじゃ喧嘩になるもの」
「いいところを、か。ニホンは本当にいいやつだな」
アーリアちゃんは薄く柔和な笑みを、口許に浮かべました。
どこか遠くから、歓声が聞こえてきます。足音も、セミの鳴き声も。
「わたしは、両親から引き離されて、誰もかれも、兄上さえも敵だと
言われて育った。だから敵の欠点、弱点ばかり見てきた」
「そういえば、チューゴくんにもそんなところがあるね」
「わたしの兄貴分だったロシアノビッチもそうだ。しかしあいつもわたしも、
今では考えが変わった。兄上は悪人ではなかった」
ようやく太陽が雲を抜け出し、ふたりの上から陽が射してきました。
夕暮れの近づいた陽射しからは、さっきの鋭さが消えていました。
「だが、ときどき恐ろしくなるんだ。わたしはおじいさんの血を引いている。
そういう自分がどこかにいて、いつか自分を乗っ取られる気がして」
「わたしも、自分がおじいちゃんと同じ時代を生きてたら、って
考えるたびに、他人事ですませてるアサヒちゃんがうらやましくなるよ」
 上の方から、少しカールのかかった、暑苦しい長髪が垂れてきました。
「おやぁ。こんなところに美しい女性がふたりもいるじゃないかぁ。
これは奇遇だねぇ。ボクの美男子ぶりが女性を引き寄せるんだねぇ」
「なにのぞき込んでるんだ、イタ公」
「あっ、マカロニーノくん。どうしたの、こんなところに来て」
「そんなことより、ボクもキミたちと一緒に夕陽の祝福を受けたいなぁ」
マカロニーノくんは強引にふたりの間に割って入り、大の字になりました。
「ふたりとも、おじいちゃんのことで悩んでいたんだよねぇ」
「イタ公、お前盗み聞きしていたな」
「ボクはさ、おじいちゃんのこと、気にしないようにしてるんだ。
だって、ボクたちに関係ないじゃない。現在ボクとキミの間には愛がある、
それで十分さぁ。愛と歌があれば過去なんてぇ」
「でも、カンコくんみたいに気にしまくる子もいるんだけどね」
ニホンちゃんはマカロニーノくんの明るさを見て、ため息をつきました。
アーリアちゃんは身じろぎひとつしないで、声を震わせました。
「何が愛だ。よくわたしの前に顔を出せるものだな。
ナッチ野郎、酔っ払い、そういってお前の父親は、わたしの家を侮辱した。
わたしは裏切り者を友にした覚えなどない」
「アーリアちゃん」
ニホンちゃんが怒ったような目でアーリアちゃんを見ています。
アーリアちゃんはちょっぴり気まずそうな顔をしたあと、
そっとニホンちゃんに目配せしました。

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