戻る <<戻る | 進む>>
第13走者 ナナッシィ 投稿日: 2004/07/25(日) 00:31

「夏のニホンちゃん祭り『となりのニホンちゃん』第13走者〜時系列?ケンチャナヨ〜」

 喧騒と雑音の塊のようなアイツが走り去ってから随分経つ。時間にして1〜2時間か。
 アイツを追いかけて、イーグルは一体何処までいったんだろう。
 まぁ、アイツと違ってイーグルが人様に迷惑を掛けるようなことは無いだろうから、
別に心配はしていないけどな。晩飯の時間になれば勝手に帰ってくるだろう。

 一方、俺はというと、相変わらず太平池に釣り糸をたらしていた。
 じりじりと照りつける太陽が、玉のような汗の浮ぶ俺の肌を更に赤く染め上げていく。
 麦藁帽子に覆われた頭部まで、俺の体を伝ってその熱が伝わってくるようだ。
 時折柔らかな池風に幾分か涼しさを感じることも出来るが、それも気休め程度。
 このままでは、晴れ渡る夏空に、少々理不尽で不毛な八つ当たりすらしてしまいそうだった。
 今のところ当たりが全く無いことも、俺の苛立ちに拍車を掛けている。
 こんな時、マカオか誰かが連れいれば愚痴の一つも零せるのだが、生憎と今日は俺一人。
家を出る前に電話をして誘ってみたのだが、留守なのかだれも出なかった。
 
「……あー、だめだだめだ!」

 さすがに集中力の切れた俺は釣竿を担ぎバケツを手に持つと、ひとまず場所を変えることにした。
 適当に池のほとりを廻り、別のポイント……特に日陰になる所を探す。    
 鯨が増えたせいかなぁ、じゃあ姉さんにもうちょっと頑張ってもらわないとなぁ、などと当たりが
無かった原因を分析しながらぶらぶら歩いていると、視界に見知った人影が入ってきた。
 考えるよりも早く、俺は大声を出していた。

「おーい! チョゴリー!」

 と、相手も俺に気付いたようで、手を振りながら小走りで俺の元に近づいてくる。
 軽く肩で息をしている所を見ると、何やら急いでいる用事があるのかもしれない。
 そう思って、俺が口を開きかけたところ、
「ウヨ君、オッパ見なかったニカ?」
 何か言う前にチョゴリは俺を見上げながら、問い掛けてきた。胸に手提げ鞄を大事そうに抱えて。
「ああ……見たことは見たけど……結構前の話だぜ?」
「そうニカ……カムサハムニダ」
 疲れたような表情のチョゴリは礼もそこそこに、さっき走っていた沿道に戻ろうとする。
「あ、おい待てよチョゴリ」
「え、な、何ニカ?」
 びくりと立ち止まり振り返るチョゴリに、ちょっとかまを掛けてみる。
「なぁ、それ、宿題だろ?」
「な、何を言うニダ!オ、オッパがそんなドジするわけないニダ!ウヨ君失礼ニダ!反省しる!」
 チョゴリは顔を真っ赤にして、右手をブンブン振り回す。
 ……そのあからさまに「図星〜」なリアクションで言っても、全然説得力無いんだけどな。それに、
「俺、宿題、って言っただけだぜ? カンコのかどうかなんて聞いてないぞ」
 途端に、チョゴリはストップモーションが掛かったように動かなくなった。
 やがて上げたままだった右手をゆらりと膝の前に落としながら、項垂れてしまう。
 ……やりすぎたかな。
「……ちょっと付き合えよ」
 俺はチョゴリの鞄を持ってない右の手首を掴んで、歩き始めた。
 チョゴリは一瞬躊躇うような抵抗を見せたが、諦めたのか黙って俺についてくる。

 程よく二人分の木陰があるポイントを見つけ、その辺の岩の上に腰を下ろす。
 俺は再び竿を準備するとフライをポイントに投げ込んだ――チョゴリに当たらないように注意して。
 竿を固定すると、チョゴリに並んで座って、
「お前さ、兄貴に甘すぎんだよ。甘やかしていい事なんて一つも無いさ。何度も同じ事繰り返すだけ」
「……」
「それに、お前にだって結構な負担だろ? これから先もずっとアイツの面倒見るつもりか?」
「……」
「ちょっとくらい、厳しい目にあったほうがアイツのためだと思うぜ?」
「……」
「……」
 俺は言いたい事言ってしまったので、黙ってルアーの動きを見つめることにした。
 チョゴリはチョゴリで何を考えているのか膝の上に視線を落したまま、何も話さない。
 俺達が生み出す沈黙の間隙をついて、蝉の鳴き声がほとりの林で木霊した。
 当たりはまだ来ない。

 ……と、
「……ダメニダヨ」
「え?」
「やっぱりオッパは、かっこよくなきゃダメニダ」
 気がつけば、チョゴリはもう立ち上がっていて、
 夏の太陽にも負けないくらいの眩しい笑顔で、俺を見下ろしていた。
「オッパのためなら、ウリは何でもするニダ……だって……オッパは、ウリのヒーローニダからね!」
 一瞬、何言ってんだこいつは、と思ったが、こうも晴れやかな顔で言い切られると、もうどうでも
よくなってくる。
「ああ、そうかよ。じゃ、勝手にしな」
 意識的に少々ぶっきらぼうな言い方をした。そうしないと、知らず知らず俺も笑顔を返してしまい
そうだったから。この兄妹に負けたような気になりそうだったから。
 そんな思いを知ってか知らずか、顔を背けた俺に、
「ウヨ君……さっきの話、ウリ達のこと心配したから、してくれたニダネ?」
「買い被んなよ。それよりほらっ、その荷物早く届けてやれよ」
 チョゴリの方は見ずに、俺は手をヒラヒラさせた。
 ぺこりと頭を下げた気配を残して、チョゴリはパタパタ走っていく。
 その足音が蝉の声より小さくなって、俺はチョゴリの去って行った方に視線を向けた。
 もう、チョゴリの姿は無かった。
 ついでに、チョゴリと会う前のイライラもどこかにすっ飛んで行ったらしい。
 無駄だが、それなりに有意義な時間を過ごせたようだ。

「……さぁてと……」

 俺は、腰の座りを整え――今日初めてのあたりに慌てて竿を握ったのだった。


(次の走者に続く)

この作品の評価を投票この作品の評価   結果   その他の結果 Petit Poll SE ダウンロード
  コメント: