戻る <<戻る | 進む>>
第20話 どぜう 投稿日: 2004/08/31(火) 18:10
『あの暑かった夏休み』(後編)

ある日のことです。
その日もニホンちゃんはギニアちゃんの家で見取り図を作ろうと、
ギニアちゃんの家に歩いていました。
道の先に、ギニアちゃんの家が見えてきます。
と、そこには、一人、ちっちゃい女の子が石を蹴って遊んでいました。
アフリカ班の家は、みな兄弟が多いのです。ギニアちゃんの家も例に漏れず、
姉妹が沢山いるようでした。
「おはよっ!」
そう云って挨拶をしたニホンちゃん。
その瞬間、その子の顔色がさっと変わりました。
その子は怯えたように、怒ったように睨むと、
脱兎のように家の中に逃げていってしまいました。
「あっ…!」
後を追う間もなく、玄関に一人、取り残されてしまったニホンちゃん。
「あれ、こんなところでなにしてるの?」
水汲みでしょうか。大きな水がめを持ったギニアちゃんが、入れ違いに玄関から出てきました。
「ん?あ…ちょっと、ね」
気まずさと釈然としない気持ちを胸にしまい込んで、
ニホンちゃんも、ひとまず水汲みにおつき合いすることになりました。

てくてく、てくてくと川を目指して、ギニアちゃんとニホンちゃんはならんで歩きました。
「ねえ、ギニアちゃん」
「ん?」
「ギニアちゃんの持ち分、どれだけ進んでる?」
「んー、あんまり進んでないなあ」
あっけらかんとギニアちゃんがそう打ち明けます。
「あんまり進んでない、って…」
もう夏休みも残り少ないのです。
あんまりのんびりしているわけにはいきません。
「もうちょっと一生懸命やろうよ、これじゃ間に合わないよ?ギニアちゃん」
おずおずと抗議するニホンちゃん。
「一生懸命やってるよ、間に合わないって思うんだったら手伝ってよ」
そう云ってギニアちゃんは口をとがらせてしまいました。
「ご、ごめんね。でも、お父さんからも云われてるの。
私が出しゃばっちゃうとギニアちゃんのためにならないの」
「なんだよそれ」ギニアちゃんが立ち止まります。
「で、でもね…」
「ためにならない、とか、えらそうなこと云わないでよ、フランソワーズみたい」
水がめを地面に置いて、ギニアちゃんがつまらなさそうに鼻を鳴らしました。
「つまんないの、いいよ今日は、やめやめ」
そう云うとギニアちゃんは、はあっ、とため息をついて、
水がめをもう一度担ぎ上げました。
「あたし妹たちの世話もしなきゃいけないし、今だって、
水持って帰らなきゃいけないんだもん。
水道とか云う便利なもの持ってるニホンちゃんにはわかんないよ、
あたしの一日の手間なんて」
「違うよ!…違うよギニアちゃん…私だってウヨやリュー君の勉強教えたりしてるもん、
そりゃ、水運びとかはないけど…でも…っ!」
こつん!
必死で抗議するニホンちゃんの頭に、何か固いものがぶつかりました。
「?」振り向いたその先には、玄関先で見た小さな子がいました。
「おねいちゃんをいじめるな!」そう云いながら、
その子はニホンちゃんに突っかかっていきました。
「きゃあっ!」
勢いよくぶつかられて、尻餅をつくニホンちゃん。
「えいっ、えいっ!」
「や、やめろよ!こら!」
小さな拳骨を振り上げる妹を引き剥がすと、ギニアちゃんは、
「まあそう云うことだからさ…今からでもニホンちゃん一人で、
別の自由研究やってよ、あたしのせいで迷惑かけるのヤだからさ」
そうギニアちゃんは云い残して、水汲みに行ってしまいました。
『あの暑かった夏休み』(後編)

「あれ、ニホンちゃん?」
肩を落して一人とぼとぼと来た道を引き返していくニホンちゃんに、
声をかける人がいました。
「ウチの子と水汲みに行ったんじゃないのかい?」
振り返るとギニアちゃんのお母さんが買い物から帰ってきたところでした。
「………」
ふるふると首を振るニホンちゃん。
「…そうかい。
…じゃ、ちょっとウチでお茶でも飲んできなさいな」
そう云って、ギニアちゃんのお母さんはにっこりと笑いました。

「そんなことをあの子がねえ…あ、喉乾いただろ?飲みな?ね?」
木製の椀に注がれた水を出しながら、ギニアちゃんのお母さんが、そう尋ねます。
「あの子はねえ、物心ついたときから人に使われてばっかりなんだよ」
「……」
「かわいそうだとは思ってるんだよ。けどね。
あたしたちが子供の頃も、ずっとそうだったんだよ。長いこと、ずっと」
ニホンちゃんはお椀の中、揺らめく水を眺めながら、口をつぐんで俯いていました。
「対等につきあえる子供たちがいないのが不憫でねえ。
だからね。ニホンちゃん、アンタに誘われた時には、多分あの子嬉しかったんだと思うよ。
あたしだって嬉しかったんだ。ましてや誘われた本人だもの」
「…………」
「…ごめんねえ。やっぱりうまく云えないねえ」
そう云うと、ギニアちゃんのお母さんは、ふふふ、と小さく笑いました。
「……です」ぽそりと何事か呟いたニホンちゃん。
「?」
「…私、ギニアちゃんと自由研究続けます、
間に合わないときには、一緒に先生に叱られます」
「…そうかい」空になったお椀を片付けながら、
そう云ってギニアちゃんのお母さんは小さく頷きました。
「私、もう帰らなくちゃ」
傾きかけた日差しに気がついたニホンちゃんが慌てて帰り支度を始めます。
「じゃ、また明日来ます!」
そう云ってニホンちゃんは帰っていきました。

「さて」ギニアちゃんのお母さんはお盆にお椀を重ねてのせると、
台所の引き戸を開けました。
「――聞いたかい?ギニア?」
台所の片隅で、立てた膝の上に顔を乗せ、ギニアちゃんがうずくまっていました。
その隣にはギニアちゃんの妹が、心配そうに寄り添っています。
「アンタはあの子のために、なにがしてやれる?」
『あの暑かった夏休み』(後編)

その日の夜、日之本家の書斎の窓をとんとんと叩く音がしました。

「?」不審に思ったジミンさんが、おそるおそる窓を開けてみます。
庭先には、筆記用具を持ったギニアちゃんが立っていました。
「ニホンちゃんのお父さんですね」
「ああ、君はギニアちゃんかい?」
「はい、お願いがあります」
「なにかな?」
「あたし、あたしに測量の勉強を教えてください」
「そうかあ…」ジミンさんがちらりと書斎の置き時計に目をやると、
時間は9時を少し回った所でした。
「いいよ、ただし一時間だけだよ。
それ以上勉強したいんならば、また明日、この時間よりも少し前に来なさい」
「…は、はい!」
「さ、入っておいで」窓越しに手を差し伸べるジミンさん、
その手をギニアちゃんが、しっかりと握り返しました。
「じゃ、まずは三角測量から――」


……
………

「ふあ、あああああ…あ」
「なあにお父さん、おおあくびなんかして」
「いや、ちょっと夜更かしをねえ」
次の日、朝食の時間に大あくびをするジミンさん。
「調べものでもあったんですか?」
「うんまあ、似たようなもんだよ。うん」
そう云ってお味噌汁を口に運びながら、ジミンさんは嬉しそうに笑いました。
「あ、いっけない」
居間の時計を見て、急いでご飯を掻きこみ出すニホンちゃん。
「あらなんですか、行儀悪い」
「らって…むぐ、ギニアちゃんと…ごくん、自由研究…むぐむぐ」
「まだ終わらないの?」
「うん…ひょっとしたら、間に合わないかもしれない…
…っと、ごちそうさま!行ってきまーす」
「あ、こら!きちんと食器はかたしなさい!」
そう云うが早いか、ニホンちゃんは勉強部屋に、
ばたばたと支度を取りに駆けていってしまいました。
「ああ、まあいいじゃないか…あふ。今日は僕が洗い物をするよ」
「あら珍しい」
「たまにはね、お手伝いしましょう」

そして、ギニアちゃんの家の前、走って来たニホンちゃんは、
玄関で待っているギニアちゃんを見つけました。
「…ぁふ…ぉはよぅ…」大あくびをしながら出迎えるギニアちゃん。
「おはよう!あと夏休みも残り少ないけど、一緒に頑張ろう!?」
「うん…あと、これ」
と、ギニアちゃんが恥ずかしそうに、
後ろ手に隠していたものを差し出しました。
「こ、これ?!」
それはまだ手慣れてませんでしたが、丁寧に描かれた見取り図の一部でした。
「あれから一人でやってみたんだよ。…その…うまく描けてないけど、さ」
「すごいよ!ほとんど持ち分終わってるよ?」
「うん、ちょっと頑張ってみた」
はにかみながら、ギニアちゃんはそう云って笑いました。
『あの暑かった夏休み』(後編)

「スース、もうちょっと右…もちょっと」
「…こ、ここ?」
「うん、そこ……ありがと!」
「…うん…!」
ギニアちゃんが妹のスースちゃんと測量をしています。
「これでいいかな?ニホンおねえちゃん?」
「あ、うん…オッケー、次、あっちね?」
ニホンちゃんはギニアちゃんの弟、フルベ君と一緒に測量です。

「みんな張り切ってるねえ!」
そこに大きな籠を担いで、ギニアちゃんのお母さんがやってきました。
「少し休憩したらどうだい?パイナップル持ってきたよ!」

わっ、と、みんながお母さんの周りに集まってきます。
「ああほら、取り合うんじゃないよ、パイナップルは山ほど用意したんだから」
子供たちに、そう声をかけながら、
大きな包丁でお母さんはパイナップルを切り分けていきます。
物陰の水がめの中で冷やされたパイナップルはとても甘酸っぱくて、
見る間になくなっていきます。
「さあさ、食べたら勉強に戻りなさい!」
そんな風に、残りの夏休みは過ぎていきました――

「「――これで、私たちの発表を終わります」」
ギニアちゃんとニホンちゃんが、そう云ってお辞儀をすると、
教室のあちこちから拍手が起こりました。
「……!」なにかに気がついたニホンちゃんが、
ギニアちゃんの袖を引っ張ります。
「?」
「…ほら」
教室の後ろ、ユーロ班の片隅で、ぷいと横を向いた女の子がいました。
フランソワーズです。
横を向きながら、それでもフランソワーズは拍手をしています。
「……あ…」
「…よかったね」
その様子を教壇から見ながら、
二人は顔を見合わせて、微笑んだのでした。

――おしまい

解説 どぜう 投稿日: 2004/08/31(火) 18:13
解説・ソース
どうも、リアル夏休みの宿題状態だったどぜうです。
ワン○ーフェスティバルの準備忙しすぎですよ。まったく!
ともあれ、なんとか後編でっち上げられました。ふいー。
全く後先考えずに書き始めるもんじゃないと激しく後悔しております。
陳謝。

ソースは、NHK『プロジェクトX』から、
「地図のない国 執念の測量1500日」です。
「隷属による豊かさよりも、貧しさのなかの自由を選ぶ」と、一方的に独立宣言を行った同国に対し、
怒ったフランスは、あらゆる国の重要資料を持ち去ったそうです。
ttp://www.h3.dion.ne.jp/~urutora/ginia.htm
詳しくは上記のURLを参照して下さい。

…なのですが、資料をネットで調べていると、なにやら興味深い情報を発見。
ttp://cache.yahoofs.jp/search/cache?u=www.sahelnet.org/mt/archives/000162.html&w=%E3%82%AE%E3%83%8B%E3%82%A2+%22%E5%B0%91%E6%95%B0+%E9%83%A8%E6%97%8F%22&d=4C9BF3A1FF&ou=%2fbin%2fquery%3fp%3d%25a5%25ae%25a5%25cb%25a5%25a2%2b%25be%25af%25bf%25f4%25c9%25f4%25c2%25b2%26hc%3d0%26hs%3d0
現在はページは閲覧できなくなっていますので、
キャッシュで勘弁してください。
NHKの製作に疑問が投げかけられているようです。

公正を期すために、番外編を用意しました。
では、どうぞ。
『あの暑かった夏休み』(番外編)

「…ありがと、フランソワーズちゃん」
発表が終わった日の放課後の事です。廊下の片隅でニホンちゃんが、
フランソワーズちゃんに、こっそりと封筒を手渡していました。
「私が撮った航空写真、お役に立てまして?」
「…うん、でも、そのことギニアちゃんに云わなくていいの?」
そうニホンちゃんが尋ねると、ふ、とフランソワーズちゃんは笑いました。
「もうしばらく憎まれてた方が、ギニアのためですから」
「…でも…でも」
「ニホンちゃん、貴女、優しいんですのね」
「…」
「その優しさが、人を間違った方向に導かないことを祈ってますわ」
そうして、フランソワーズちゃんは執事を連れて、
ニホンちゃんに背を向けました。
「一つだけ、聞かせて?」
そのニホンちゃんの問いかけに、フランソワーズちゃんの歩みが止まります。
「なんで…なんで写真を私に見せてくれたの?」
逆光の中、振り向くフランソワーズちゃん。
「――簡単なことですわ…そう、とても簡単なこと」
「?」
「私が心から愛する言葉の一つ…『レボルシオン』、革命。
彼女が成就させるかどうか、今一度、見てみたくなっただけ。
…では、ご機嫌よう」
そして、フランソワーズちゃんは再び背を向けて、
ニホンちゃんの視界から消えていきました。
「どうしたの?ニホンちゃん?」
教室から出てきたタイワンちゃんが、
怪訝な顔をしてニホンちゃんに話しかけます。
「…う、ううん、なんでもないよ」
「そ、一緒に帰ろ?」

『…その優しさが、人を間違った方向に導かないことを祈っています、か…』
ニホンちゃんは教室に目を向けました。
窓際でアメリー君や、チューゴ君と一緒にはしゃいでいる、隣の家の彼。
『私に、出来るかな?』
不意に、そんなことを考えさせられた、夏休み明けの放課後なのでした。

――本当におしまい

この作品の評価を投票この作品の評価   結果   その他の結果 Petit Poll SE ダウンロード
  コメント: