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第35話 DD-151 投稿日: 2006/07/30 16:50:00
『連続ドラマ小説 罰金6万5千円ちゃん』

 嫌々ながら、夏休みに入ったからって理由でさせられている自分の部屋の掃除。
 机の抽斗外して机の奥を覗き込むと、くしゃくしゃになった紙の塊が引っかかっていた。
 なんだろうと思って何とか取り出し、広げて読んでみる事にした。
『私の名前はばっきんろくまんごせんえんです…』
 そんな書き出しの作文。即座に再び握りつぶす……。
 でも、自分が何を書いていたのか、好奇心に逆らえずにもう一度丁寧に引き伸ばした。同時に周囲に誰もいないか確認している。
人がいるかいないか、すぐに確認する癖、いつも直さなきゃと思いつつ直らない。
わたしはあの頃から、変わっていないんだと妙に納得してしまっていた。

 * * * 

「こら、罰金6万5千円!ちゃんと掃除しろって言ったでしょ!」
「ご、ごめんなさい…」
「罰金6万5千円!流しの食器が片付いてない!ママン今から出かけるけど帰ってくるまでにちゃんと片付けなさい!」
「は、はぃ…。でもほうたぃ濡れるよママン……」
「何か言った?」
「な…なんでもなぃです……」
「あ、それとこれ、お使いお願いね。中越ハンドクリームとクメール化粧品の口紅。サイゴン市場できっちり値切ってよ。後でおつり確かめるからね。ネコババしたら承知しないわよ」
「え…やだよう、また他の子に笑われるも…市場きらいだも…」
「笑われるなら、笑われないよう強くなりなさい罰金6万5千円!」
「う…うぇぇ…」

 連続ドラマ小説、罰金小町6万5千円ちゃん第○○話

…という話ではありません。
『罰金6万5千円』は、3年生になるまでベトナちゃんがママンから呼ばれていた呼び名です。
 そもそも何でそんな名前がついたかというと、出生届を出したとき、役所の人に『生まれてから三日以内に届けを出さなかったニダ、よってペナルティアル!』
とほくそ笑まれ、逆上したママンは、罰金の金額を改めて提出させられた出生届に認めた次第。
 ベトナちゃん(現)は生まれたときからネタにされる運命と言ってもいいかもしれません。ママンはそれで少しは溜飲を下げたのかもしれませんが、名付けられた罰金6万5千円ちゃん(当時)はたまったもんじゃありません。
 そんなこんなで罰金6万5千円ちゃん(当時)は嫌々ながら市場に向かいます。毎日が後門の虎に前門の龍です。
 そして市場の門をくぐった瞬間、待ち構えていたかのように市場の子供やタイランくんやカンボジアくんに取り囲まれます。
「あ、ばっきんぐだ、ばっきんぐきたぞ!はずかしー、ばっきんだってよー」
「おれしってるぞーこいつのママンが嫌がらせでつけたんだぞー!」
「うわはずかしー、やーい、ばっきんのこー!ばっきんのこー」
「ろくてんごまんえん、ろくてんごまんえーーん!」
 数人に取り囲まれ、小突かれながらのいつもの儀式です。半べそかきながら律儀に化粧品店を目指す罰金6万5千円ちゃん(当時)。しかし我慢の甲斐なく、根負けして途中で泣き崩れてしまいます。
「う、うえぇぇぇぇん………」
 しかしそこで許されるはずもなく、増長した子供たちに更に煽られる罰金6万5千円ちゃん(当時)。買い物は同情してくれた店の人にいい値段で売ってもらいましたが、こんな調子で毎日のように泣かされて帰っていました。
 しかし露骨に泣いて帰れば、今度は『不甲斐ない!』とママンから越南家のイロハを肉体言語で叩き込まれるため、おちおちくじけていられません。
 怖い市場を抜け出して、めこん橋の下に逃げ込むと、ひとしきり泣いていつものポーカーフェイスで路上に戻りました。

 * * * 

 読み終わった。読み終わって、学習机の下に潜り込んで必死にママンに見つからないようにしている自分に気付いた。
 少し苦笑いが浮かんだ。でもだいじょうぶ。人の気配はない。この作文をどうするか、考えながらポケットに折りたたんで突っ込んだ。
 夕方になると、ママンに言われてたぶん庭掃除に出る。そのとき焚き火と一緒に燃やしてしまおう。そう考えた。やっぱり、恥かしいもの……

後日譚―――
 ホー兄さんやパパと一緒に暮らすようになったとき、パパが真っ先にした事は、罰金6万5千円ちゃん(当時)の戸籍の名前をベトナちゃん(現)に変えることだったそうです。

おしまい

解説 DD-151 投稿日: 2006/07/30 16:51:00
◇か・い・せ・つ および ソース
 5、4、3……2……Impact……Now!
 てなわけでこんにちは、あさぎりです。
 えー、タイでチューレンというニックネームをつける風習があります。本名とは別に呼び名をつけるってことですなあ。日本でも似たようなことありまして、上司や目上の人を肩書きで呼んだり、一部地域で残っているらしい忌み名をつけたりとかも、そういう範疇に入るかもですねえ。ベトナムでも似たような風習はあるそうです。

 …と、なんか解説でもっともらしいこと言ってますが、今回の罰金6万5千円のソースはちょっとそれら風習とは関係なかったりします。
 で、そのソース↓↓↓

私の名前は「罰金6500ドン」です【(C)VETJOニュース 2006/07/11 07:18】
http://viet-jo.com/news/sanmen/060710101751.html

 なんつーかまあ、日本でも子供に悪魔って名前付けて物議醸した親がいましたが、よくよく考えて命名した方がいいですわなw
 てか、ソースのオチも秀逸です。似たような親がもう一人いるのかよベトナムw

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