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第1627話
ab-pro
投稿日: 03/08/22 23:41 ID:vO6pd4Df
ある日のことです。
ニホンちゃんが学校から帰っていると、ビシッと礼服を着こなした従兄弟
のリクジーお兄さんと出会いました。
「リクジーお兄ちゃん、どうしたの?・・デート^^」
「ああ、さくらちゃん。違うよ、デートじゃなくて、今から仕事している
場所で結婚式があるから、それにでるんだ」
「ええ、それじゃあ、花嫁さんが見れるんだ!ねえねえ、私もついて行っ
て良い?」
女の子は、何時でもウエディング・ドレスに憧れるものです。瞳を輝かせ
てお願いするニホンちゃんに、リクジーお兄さんは、ちょっと思案気な表情
を浮かべましたが、
「・・まあ、何事も勉強か。・・よし、ちょっと遠いから、急ぐぞ」
「やった!・・で、どこであるの?」
「紫苑ちゃんの家とシリア君の家の境界だよ」
荒涼とした大地を引き裂くように、一筋の大きなフェンスの壁がどこまで
も続いています。そのフェンスの両側に、大勢の人が集まっていました。片
方に新郎の親族、もう片方が新婦の親族のようです。
「このフェンスが、もう紫苑ちゃんの家とシリア君の家が二度と喧嘩をし
ないように、町内会の人が立てたフェンス。・・本当はこんなにフェンスの近
くに近づくことも禁止だけど、今日は結婚式だからね・・・」
なんだか結婚式場にしては異様な雰囲気があることに、ニホンちゃんも気が
付きましたが、それでもお目当ての純白のウエディング・ドレス姿の花嫁さん
を見つけます。丁度、お母さんと思われる女性に取りすがって泣いていました。
結婚式式では良くある光景ですが、でも・・・
「なんだか、花嫁さん、悲しそう・・・」
「・・・そうだろうね。さくら、何で花嫁さんが悲しそうなのか理由を教え
て上げるよ」
リクジー兄さんは語ります。
紫苑ちゃんとシリア君の喧嘩を防ぐために作られたフェンス。しかし、その
フェンスは元々この地に住んでいた遊牧民達の生活圏の真ん中に引かれたので
す。其れが遊牧民達にとってどういう事かは誰でも分かることでしたが、戦争
を再び引き起こさないためには他に手がなかったのです。
それから、二つの国に引き裂かれた彼らは、フェンスを張ることも見張りを
おくことも出来ない深い境界の谷を挟んで、お互いの親族・知人達の安否を叫
び合って確かめるしか、互いを知る術がありませんでした(何時の頃からか、こ
の谷を「叫びの谷」と言うようになりました)。
そんな中、叫びの谷を挟んで出会う男女の中に、互いを愛し合う人々が現れ
ました。けっして越えることの出来ない境界線。愛し合っても決して互いに触
れ合うことも出来ない悲恋。
「そんなの酷すぎるよ!」
涙を瞳にたたえたニホンちゃんは、思わずリクジーお兄さんに詰め寄ります。
そんなニホンちゃんに、寂しげに花嫁を見つめたまま、リクジーお兄さんは
ゆっくりと説明を続けます。
「・・流石にそんな彼らに、仇敵同士の紫苑ちゃんとシリア君も同情を禁じ
得なかったんだろうな。境界を挟んでの結婚に関しては、例外的に認めること
で合意したんだ」
「なんだぁ!・・・でも、それなら何で花嫁さんはあんなに悲しそうなの?」
「・・あの花嫁は、フェンスを越えて花婿の所に行けるんだけど、そしたら
もう二度とこのフェンスを越えて故郷に戻ることは出来ないからね・・。たと
へ両親の葬式のためでも」
「え!!」
凍り付いたようにたたずむニホンちゃん。
「それじゃあ、行ってくるから。あのフェンスを越えられるのは花嫁のみ。
嫁入り道具は僕たち、このフェンスを警備している人間が運んで上げないと・」
そうして、この結婚式は粛々と進んでいきました。
両親との涙の別れを済ませた花嫁は、リクジー兄さん達に伴われて、警備用
のフェンスの扉から、1人で新郎の待つ側へと歩いていきました。
そして、この式が始まって初めて本当の笑みを浮かべた花嫁は、花婿とひし
と抱き合うと、誓いの接吻を済ませて・・・
やがてフェンスの両側に誰もいなくなった頃、リクジーお兄さんはニホンちゃ
んの元に返ってきました。
「・・お兄ちゃん・・・」
頬に涙の跡の残るニホンちゃんの眼差しは、物憂げにリクジーお兄さんを見つ
めます。その眼差しの意味をお兄さんは取り違えません。
「・・ごめんな。僕には荷物持ちをするぐらいしか、あの二人にして上げるこ
とは出来ないんだ。僕の仕事はこのフェンスを越える者が居ないように警備す
るだけ・・・。フェンスを取り払うことは出来ないんだ」
「・・・・」
「・・・でも、キスを交わすあの二人、本当に幸せそうだったな」
「・・うん」
そして家路につく二人。帰り道を歩きながらニホンちゃんは、今日見た出来
事は絶対に忘れない、と、心に誓ったのでした。 end
解説
ab-pro
投稿日: 03/08/22 23:44 ID:vO6pd4Df
ソースは暫く前の朝○新聞。(朝日にあらず)
今年の五月、ゴラン高原に展開中の自衛隊が、兵力引き離しラインを挟んで
結婚する遊牧民の新婦の花嫁道具の輸送支援を行ったというお話。詳細は本編の
通りです。
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