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第1729話 無銘仁 ◆uXEheIeILY 投稿日: 03/12/24 19:42 ID:1KkJ8ob8
 「果てしなき闘争 第三章」

 アメリーくんたちがうちの前を通りかかったのは、お母さんの言いつけで
水まきをしていた時だったかな。わたしが声をかけたら、アメリーくんたら、
「悪いけど俺、今日は忙しいんだよ」
なんて言って行っちゃおうとするの。気になるから、何するのって聞いてみた。
 そしたらね、南の島で大冒険するんだって。面白そうだからわたしも行きた
かったけど、その頃のうちときたら、とにかく貧乏だった。
「だめだだめだ。うちには余分なお金なんてない。家計に余裕ができたら
お小遣い上げてやるから、待ちなさい。なあお前」
「お父さんのおっしゃるとおりよ。これからはアメリーさんやブリテンさんたちと
お付き合いしていくんですから、少しはがまんなさい」
こんな感じなんだもん。家計簿がまっかっかなのはほんとだけどね。
 拝み倒してどうにか半分は前借りできたけど、それじゃ全然足りないよね。
そしたら武士が貯金箱からいくらか出してきて、「これ使え」だって。それから
「念のために持ってけ」って、愛用の木刀も渡してくれた。
 言い方はぶっきらぼうだけど、あれでけっこう優しいんだよね。

 ちょっと遅くなっちゃったけど、わたしは南の島に向かったの。
エリザベスちゃんとノルウェーくんは、もうテントを張って出発したらしかった。
でね、あの池って、思ってたよりずうっと寒かった。雪も風もすごいんだよ。
だから風がおさまるまで、近くのオージーくんちで休ませてもらってた。
気が進まなかったけど。
 実はねえ、うちはちょっと前からエリザベスちゃんちに嫌われてたの。
アジア地区でうちだけ町内会の役員だったからかなあ。
貧民街の頭目とはつきあうなってことだよね。
エリザベスちゃんのおばあちゃんが大家さんだから、オージーくんのお父さんや
お母さんも、わたしのことあんまりよく思ってなかったみたい。
 だけど、オージーくんたらね、全然気にしないんだ。
「来てくれてうれしいダス。さあさあ、あがるダス。ワスはエリザベスちゃんや
ノルウェー君と島の様子見てきたから、何でも教えるダス」
なんて言ってくれたから、わたし、ちょっと目頭が熱くなっちゃった。
 そのうち風もおさまったから、武士が持たせてくれた木刀をオージーくんに
あげて、今度はほんとうに氷の道に入っていったの。

 いきなりなんにも見えなくなった。暗いからじゃないよ。
明るすぎて見えなかったんだ。雪や氷に反射した光で目をいためたからみたい。
せっかく来たんだからと思って、めげずに前へ進んだけどね。
 八合目くらいまでは順調に登ってたかな。ひらけた場所へ出たから、一休み
しようとかばんを開けたの。ところがどっこい、食べ物が残ってなかった。
おなかがぐうぐう鳴って、もう進めそうになかったな。
 仕方ないから、ここまでで帰ろうって決めたんだ。でね、用意してた旗を
出してきて、そこに立てたの。旗には「やまとゆきはら」って書いといたよ。
「やまと」っていうのはうちの古いご先祖さまの名前なんだって。
こうすれば、ここはわたしのものって宣言したことになるでしょう。
 アジア地区ではいちばんのりだもん、けっこうすごいことだよね。
 帰り道はゆるい下り坂で足どりも軽くって、あっというまについちゃった。
テントを回収してたら、いつのまにか地球組のみんなが集まってきてた。
夏に雪合戦できる所がある、なんて聞けば、誰だって遊びに来たくなるもんね。
でも何かへんだなあ、と思ってよく見たら、なんとフラメンコ先生が。
 しまったぁ、って思った。あれを思い出したから。ほら、あれだよ。
夏休みがはじまる前に、先生がくばるじゃない。夏休みのお約束っていう紙を。
「こどもだけであぶない所で遊んではいけません」。
 ここ――あぶない所、だよね。
 もうすっかり忘れてた。怒られる、と思ったから手近の大きな岩に隠れたの。
だけど陰からのぞいてたら、どうも様子が違うみたいだった。(つづく)

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