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第1939話 無銘仁 ◆uXEheIeILY 投稿日: 04/07/28 09:35 ID:MBwhebEM
 「果てしなき闘争 第八章」

 愛用の軽自動車「アルバロ」を駆り、冬でも暖かいリゾートを目指す。
ある夏の日にやはりこうして出かけ、そして悲惨な休日を過ごしたことが
ふと私の頭をよぎった。いけない。忘れよう。
 今日こそは休日を満喫するのだ。あそこなら人がいないはず。
あの子らも例の件で懲りてるだろうし、今度は会うこともないだろう。
そう、今度こそは絶対に大丈夫だ。そう考えてでもいないと落ち着かない。
アクセルをいっぱいに踏み込み、ハンドルを右へ切った。

 そびえたつ岩山が影を落とす、憮然とした私の姿。傍目にはさぞ
悲哀に満ちて見えたことだろう。実際は職業病で喜んでしまっていた。
こんな自分が恨めしくも誇らしくもあった。
「先生見て見て。このロケット、上手に作れてるでしょ」
ニホンさんが両手で差し出してきた、白いロケット。見るからに本格派だ。
「何をおっしゃいますの、『あたくしの』ロケットの方が上ですわ」
「ひどいなぁフランソワーズちゃーん。ボクらも協力したんだよ」
「でも、あたくしが主導して作ったんですのよ」
マカロニーノ君に突っ込まれ、いつも強気のフランソワーズさんも
ちょっとだけたじろいだように思えた。ふふ、かわいいものね。
「アチョー! 朕のロケットこそ最強最新、天下無双アルよ。
これ使てアメリーも朕の軍門に下るのヨロシね。ホーッホッホッ」
「ウリのテポどんロケットを使えばニホンのやつをギャフンと言わせて
もっと残飯をもらえるニダ。そしたらカンコもブツブツブツ……」
ちょっとちょっときな臭いことになってきてるじゃないの。
まったくうちの子たちは。
便利なものを見つけるとすぐにケンカに使おうとするんだから。
 私の脳内情熱ゲージが再び振り切れてエトナ山の溶岩よりも熱く
煮えたぎろうとしていたそのとき、ラスカちゃんが私の手を引いた。
「せんせい、お兄ちゃんがここに登るって出かけて、帰ってこないの」
さっと、血の気が引いた。思わず詰問調になり事実を質した。
「それでね、ロシアノお兄ちゃんも帰ってこないんだって」
なんてこったい。結局また事件に巻き込まれてしまったみたいだ。
私はただちに学校へ電話を入れた。

 一週間後、私たちは全校集会を開いた。アメリー君とロシアノビッチ君は
どうにか軽傷で済んだものの、夏につづくこの事態を重く見た校長が
今度はあの岩山についても約束事を決めることにしたのだ。
・山に行く時は保護者の許可を得ること
・ごみはきちんと持ち帰ること
・山はみんなの物だから勝手に私物化しないこと
・山を喧嘩に使わないこと
・登る時はみんなで助けあうこと
どれも当たり前のことなのよね。でもあの子たちときたら……。
また、私は担任として、学級での指導もしなければならなかった。
話してみると、どうも私の知らないところで、喧嘩やいさかいが頻繁に
起こっていたらしい。
それも、今回の騒動は番長のメンツが理由だったように、
些細なことを原因にして。
 未熟な私に、指導していく力はあるだろうか。いや、ここまでひどいと、
校長でも難しいかもしれない。ほとんど学級崩壊に等しい状態だ。
願わくは自分たちで気づいて、正していってくれればいいんだけど。
 食事をするときも、風呂に入るときも、あの子たちの顔が浮ぶように
なってしまった。このまま成長していったら、どうなってしまうんだろう。
どの子も自分だけが大事で、思いやりの心に欠けている気がする。
校長も他に手が回らなくなるほど五年地球組が気になっているらしい。
あの子たちはこれから、この町を背負っていかなくちゃならない。
思えば私が若い頃は、争いに明け暮れていたっけ。
校長が若い頃なんて、もっとひどかったと聞いた事がある。
だから、校長も私も願いは同じに違いない。
何もかも投げ出したくなるくらい落ち込んだが、神には祈らなかった。
この町を支えてきたのは他ならぬ私たちであり、これからもずっと、
私たち自身の力で道を切り開いていかなければならないのだから。(完)

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