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第1話
三毛 ◆wPntKTsQ
投稿日: 02/08/31 22:19 ID:StzJ+qCZ
え〜、「Still,I love you」の第二話、完成しました。
第二話をうpする前に、前スレにうpしていた第一話を再うpさせていただきます。
ウザいかもしれませんが、どうかご容赦のほどを。
……………季節はずれの桜の下で、オレ達は再会した。
三毛 Presents 「ニホンちゃん」外伝
「Still,I Love You」
第一話 Will〜prologue〜
オレ、日ノ本武士が高校に入学して一ヶ月ほどが経ったある日曜日。オレと姉さん、アメリーさんとラスカ
ちゃん、そしてタイワンさんの五人は、連れだって遊園地に出かけていた。
名目は、オレとラスカちゃんの入学祝い。
……………あくまで「名目」だ。本当の目的は、アメリーさんとタイワンさんの仲を取り持つことにある。
六年前のあの日。タイワンさんに、秘密を打ち明けられたあの日以来、幾度となく試みてきたことだ。その
ことごとくが、みじめに失敗したり、大した効果を上げずに終わっていたが、タイワンさんは決して諦めてはい
ない。無論、オレも同様だ。
アメリーさんも、高校三年生にもなれば、異性に興味を示してもよい筈なのに、相も変わらず、他人のトラ
ブルに首を突っ込んで仲裁ばかりしている。実は彼も、朴念仁の資格十分なのかもしれない。
…………オレはどうかって?オレは、「あの日」以来、硬派に生きる事を決めたんだよ。放っておいてくれ。
なにはともあれ、第五十一次告白作戦は、その幕を上げようとしていたんだ。………数字の大きさは気に
するな。
つづき
「うっわぁ、久しぶりだな〜。今日はたっぷり遊ぼうね!」
姉さんが、子供のようにはしゃぐ。
「ニホン姉さん、嬉しそうだね〜」
にこにこと可愛らしい笑みを浮かべながらラスカちゃん。小動物を連想させる幼さはすっかり影をひそめ、
今では立派なレディとして通用しそうな雰囲気を身に纏っている。とはいえ、彼女も遊園地の独特な空気
に、胸を弾ませているようだ。
「んじゃ、早速いこうぜ。ここの乗り物、全部乗りたおしてやろう!」
派手なデコレーションの施されたゲートの内側は、非日常の世界だった。歓声と悲鳴が交錯し、それを
ジェットコースターの轟音がかき消す。陽気なマーチに乗って、着ぐるみがパレードしている。
行き交う人たちはみな、日頃の憂いを忘れたような、輝かんばかりの笑顔を浮かべていた。
オレ達一行も、多分そうなんだろう。
ジェットコースター、フライングカーペット、フリーフォールといった、いわゆる絶叫系のアトラクションをはしご
する。姉さんは、散々叫んでグロッキー状態だ。涙目で「もう勘弁してよぉ………」などと呟いている。意外
だったのはラスカちゃん。元気一杯だ。
「こーいうの、私大好きなんだ〜」
とかなんとか言いつつ、今度はバンジージャンプのほうに行こうとする。それを必死で止める姉さん。そん
な二人を、アメリーさんとタイワンさんは笑いながら見ていた。
……………………………チャンスだ!
つづき
オレは、タイワンさんに不器用なウインクを送った。それに気づいた彼女も、こちらは堂に入ったウインクを
返してくる。作戦開始だ。
「あ、二人とも、あっちに面白そうなのがあるぜ、行ってみよう!」
少しばかり白々しい台詞と共に、オレは、もみ合う姉さんとラスカちゃんの背を押した。強引に二人を歩か
せながら、コッソリと背後を窺う。
タイワンさんも、適当な理由をつけて、アメリーさんを引っ張ってゆくところだった。その姿が、あっというま
に人波に紛れて消えてゆく。
これが、オレの作戦だった。何とかしてあの二人を、二人きりの状況にもってゆく。そのあとは……タイワン
さん次第。穴だらけ………というか、象が踊りながらくぐれそうな巨大な穴が開いている、えらく粗雑な作戦
だったが、オレにはこのくらいがせいぜいだ。マカロニーノあたりなら、もっと緻密な計画を立てられるんだろ
うが、オレに色恋沙汰は向いてはいない。
なにはともあれ、作戦は成功した。あとは、タイワンさんの告白が上手くいくように祈るのみ。
「あ、あれ?タイワンちゃんとアメリー君は!?」
あの二人の姿が見えないことに、ようやく気づいた姉さん。が、時既に遅し。タイワンさんたちは「はぐれて」
しまったのだ。
「ど、どうしよう!?急いで探しに行かないと!」
うろたえ騒ぐ姉さん。………冗談じゃない。ここで二人に合流されたりしたら、全てが水の泡だ。はぐれた
時の合流場所も、敢えて決めておかなかったのに。
つづき
「慌てて探す必要もないんじゃない?姉さん」
「だ、だって………!」
「もう子供じゃないんだしさ。みんな携帯電話持ってるんだし、いざとなれば、それで連絡とればいいだけ
じゃない。オレ達の携帯に連絡してこないってことは、向こうも当面は必要なしって考えてるんだよ、きっと。
取り敢えず、オレ達はオレ達で楽しんだ方がいいと思うけどな」
「う〜。でも、でもっ」
必死に説得するオレと、納得せずにしぶる姉さん。押し問答を続けるオレに、思わぬ所から援軍がやって
きた。ラスカちゃんだ。
「大丈夫だよ。兄さんも適当に楽しんでると思うよ。ウヨ君の言うとおり、後で携帯に連絡すればいいだけの
話だし。ね、それよりも、折角来たんだから、どんどんアトラクションを楽しもうよ!」
………ここ数年で、一番変わったのは、もしかしたらラスカちゃんかもしれない。アメリーさんべったりの、
典型的なお兄ちゃんっ子だったのが、最近では、堂々と彼に異を唱えていたりする。基本的に、仲のいい兄
妹なのは変わってはいないが。
舌足らずな喋り方も、いつの間にか影を潜めた。甘ったるく語尾をのばした喋り方は、今ではオレからケー
キなんかをたかる時くらいしか使わない。
「う………ん……ラスカちゃんも、そう思う?」
「うん。とりあえず、しばらく遊んでから合流しようよ」
これで二対一。オレ達の説得に、とうとう姉さんも折れた。
「じゃあ………少しだけね。こういうのは、みんなで回った方が楽しいと思うし」
「うん!………ね、ところで、ウヨ君。さっき言ってた、面白そうな物って、何?」
つづき
またもやオレはうろたえた。
口から出任せ、タイワンさんたちと姉さんたちを引き離す口実なんだから、そんな物があるわけがない。し
かし、ここで口ごもったりしたら、またややこしいことになりそうな気がする。
オレは、内心の動揺を押し殺しつつ、回りに視線を走らせた。…………あった!!
「ああ、アレ」
指をさす。それに釣られるように、二人は視線を動かし――――顔を引きつらせた。
オレが指さしていたのは、おどろおどろしい装飾を施した、お化け屋敷だった。
「た、武士、怒るよ〜!わたしが恐がりだって、知ってるじゃない!」
「これは………私もパスしたいなぁ………」
姉さんのリアクションは予想通りだったが、ラスカちゃんも気乗りはしていないようだ。……ふうん、彼女も
恐がりなのか。
よせばいいのに、オレはここで悪戯心を働かせてしまった。二人の腕を掴み、無理矢理引きずってゆく。
「ま、いーからいーから。遊園地のお化け屋敷って、お約束だろ?どうせ作り物なんだし、怖くなんかないよ」
『うわーん、やだ〜〜!!』
お化け屋敷の中は、ひんやりとした空気が澱んでいた。不気味な効果音がかすかに流れ、時折、誰かの
悲鳴が木霊する。
オレは、三人の先頭に立って、薄暗い通路を歩いていた。………が、非常に歩きにくい。
姉さんとラスカちゃんが、オレのシャツの裾をしっかと握りしめているからだ。ビクビク、オドオドと、落ち着き
なく視線をさまよわせ、何か動くたびに「ふぇっ……!」とか「ひゃんっ……!!」とか悲鳴をあげている。
「おーい………歩きにくいから、手を離してくれない?」
『やだ〜〜〜。怖いよ〜〜〜〜』
………………………………………………………連れて来るんじゃなかったかも。
つづき
出口への道なかばにして、それは起こった。
通路の脇に、古ぼけた(ように造られた)井戸が配置されていた。ああ、なにか出てくるな………、と思っ
た瞬間、おなじみの効果音とともに人魂が出現し、井戸の中から白装束の幽霊がせり上がってきた。
あまりといえばあまりにお約束な展開に、思わず笑い出しそうになる。………が。
『………っきゃああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』
いきなり、途轍もない悲鳴が、オレの耳元で炸裂した。それもステレオで。耳鳴りがするほどの大音声が、
ドップラー効果を伴って、急速に離れてゆく。
耳を押さえてうずくまったオレは、同様に耳を叩いている幽霊さんと視線を交わした。アルバイトらしい幽霊
さんは、不気味なメイクのままで苦笑を浮かべていた。
「凄い声だったわね。あそこまで怖がってくれると、やり甲斐あるわ〜」
「……………………は、は、は」
乾いた笑い声しか出てこないオレ。
「でも、いいの?彼女たち、どっかに逃げちゃったわよ」
「へ!?」
気がつくと、あの二人がいない。遠くから、「ひゃあぁぁぁぁぁ!!」「いやあぁぁぁぁぁぁ!!」と、悲痛な声
が聞こえてくる。
…………………………………パニック起こしてやがる………………………………。
こめかみを押さえたオレの背中に、幽霊さんが声を掛けてきた。
「早く追いかけてあげなさい。彼女放っておくと、後が怖いわよ〜」
…………なんだか、とんでもない誤解をされている。一人は肉親だし、もう一人も単なる幼なじみなのに。
ともあれ、追いかけないといけない。「そんなんじゃありませんよ!!」と言い捨てて、オレは駆けだした。
つづき
二人の暴走は、とどまるところを知らないようだ。通路に、幽霊だの妖怪だのといった連中が累々と横た
わっている。みな一様に耳を押さえて目を回していた。
……………恐がりすぎ………。
こめかみの痛みがどんどん酷くなってくる。
どこまで走っていったのか、二人の姿は一向に見えない。とうとう、出口に辿り着いてしまった。外に飛び
出した瞬間、陽光に目が眩んで立ち止まってしまう。辺りを見回しても、姉さんたちは………いない。
そのとき、傍にいた人たちの会話がオレの耳に飛び込んできた。
「いやー、凄かったな、今の女の子たち。泣き喚きながら走っていったぜ。よっぽど怖かったんだな」
「いや、中は暗いからな。痴漢でも出たんじゃないか?」
………ああ、頭痛ぇ。
正直、頭抱えてしまいたかった。あの二人、スタンピードした牛よろしく、どこぞへ突進していったらしい。盛
大に溜息をつきつつ、携帯をとりだす。
………姉さんも、ラスカちゃんも、電話に出なかった。
パニックで我を忘れて、携帯が鳴ってるのにも気づいていないらしい。お化け屋敷になんか、連れ込むん
じゃなかった。これで暫く、姉さんは口をきいてくれないだろう。ラスカちゃんは…………ケーキバイキングく
らいでは納得しないだろうなぁ………。
暗澹としてしまう。身から出た錆とはいえ、これからストレスの溜まる日々が待っているようだ。
あちこち探してみたが、二人は見つからない。携帯にも一向に出ない。ひょっとしたら、怒って無視している
のかもしれない。かといって、タイワンさんたちに連絡するのも気が引けた。作戦の発案者本人が邪魔をし
てどうする。
………仕方ない。オレは、開き直った。適当に遊園地をうろつくことにする。
つづき
とはいえ、たった一人でアトラクションに乗るのも、妙に虚しいものだ。売店やゲームコーナーを覗いたあと
は、行く所も無くなってしまう。
というわけで、オレは芝生の上で寝ころんでいた。頭上には、満開の桜。季節はずれの、おそらくは今年
最後の桜。
これが静かな公園なら、沢山の人が、この木の下に集まることだろう。しかし、遊園地の中にあっては、こ
の木を見上げる人など誰もいない。人混みのなかに、ぽつんと立ちつくす桜の木は、酷く寂しげに見えた。
一人きりの花見としゃれ込んでいたオレは、ふと隣に、人の気配を感じ取った。視線を移すと……そこに、
一人の少女がいた。
オレと同年輩だろうか。ボブカットの、黒絹のような髪。すっきりと通った鼻筋。化粧っ気はまるでないの
に、桃色に輝く唇。潤んだような、光に満ちた瞳。
道ですれ違ったら、十人が十人とも振り返りそうな、可愛らしい女の子だった。
オレの些か不躾な視線に気づいたのだろうか。その女の子が、不意に振り返った。視線がぶつかる。
その瞬間。オレは、微かなデジャ・ヴを感じた。何処かで逢ったことのある女の子だろうか………。
一瞬の沈黙。やがて女の子は、たおやかな、けぶるような笑顔を投げかけてきた。
「こんにちは」
「あ………ああ」
その笑顔に圧倒されて、芸のない返事を返してしまう。朴念仁丸出しのリアクションに頓着することなく、
その女の子は、言葉をつないだ。
「ねぇ………あなた、一人なの?」
つづき
「あ…ああ。連れはいるけど、今は別行動してるんだ」
何故か、正直に「はぐれた」とは言えなかった。子供っぽい見栄がそうさせたのかもしれない。
「そうなんだ。……ワタシも一人なんだ。ね、良かったら、一緒に回らない?」
「へ?」
驚いた。こうも気軽に、見ず知らずの男を誘うとは。これはいわゆる、「逆ナン」というやつだろうか?どう答
えようか迷っていると、その女の子は、いきなりオレの腕をとった。
「さ、行きましょ」
「え!?ちょ、ちょっと………おい!?」
おかしな事になってしまった。オレの隣には、ついさっきまでその存在すら知らなかった女の子。初対面な
のに、ひどく馴れ馴れしく接してくる。
楚々とした外見とは裏腹に、遊び人なのかもしれない。しかしまぁ、すれ違う野郎連中は、みな一様に彼
女に見とれている。ついでオレに、やっかみの視線を投げかけてくる。何故とはなく、気分がいい。
彼女は、えらく強引な子だった。ほとんど一方的に、オレを引きずって歩く。色々なアトラクションに乗り、
ゲームで対戦し、二人してハンバーガーにかぶりつく。………いつしかオレも、二人でいることが楽しくなっ
ていた。まるでデートを楽しんでいるかのように。
お互いに名前も知らない。どこの誰なのか、さっぱり分からない。それなのに、まるで昔からの知己のよう
に、軽口を叩き合う。何故、こうも素直にこの女の子を受け入れることができたのか、自分自身が分からなく
なるほどだった。
だが……彼女の言葉に、その表情に、オレはデジャ・ヴを感じ続けていた。必死に記憶を探るが、彼女の
ことは思い出せない。単なる気のせいなんだろうか……。
つづき
夕暮れが近づいていた。西の空が、うっすらと茜色に染まっている。オレ達は、最初に出会った、あの桜の
下に戻ってきていた。
「うーん、遊んだなぁ〜。今日は楽しかった。どうもありがとう!」
女の子が、大きく伸びをする。
「ああ、オレも楽しかったよ」
……言ってから、自分で驚いた。こんな台詞がすらっと出てくるなんて、思わなかったのだ。
「ホント?ちょっと、嬉しいな」
大輪の牡丹の花を連想させる、たおやかな笑顔。もう何度目だろうか。その笑顔にデジャ・ヴを感じるオレ。
………………うん、やっぱり、思い切って訊いてみよう。
「あのさ………オレ達、前にも何処かで逢ってないか?」
「え!?」
その瞬間、彼女の笑顔が凍り付いた。目が一杯に見開かれ、唇が微かに震えている。
「憶えて………ないの?」
「え…………?」
「ワタシのこと………憶えていないの?………ワタシは、あなただって一目で分かったよ………“オグナ"」
「…………………!?」
吹き渡る風が、桜の花を吹き散らす。吹雪のように乱舞する花びらのヴェールの向こうで、彼女は、静かに
言葉を紡いでいた。
「オグナにまた逢えて、とっても嬉しかった。一緒にまた遊ぶことができて、夢みたいだった。それなのに…」
つづき
オグナ。
その言葉は、まるで魔法の鍵のように、固く閉ざされていた記憶の扉を開いていた。
幼かったあの日。オレ達は出会った。
ニッテイ爺ちゃんの親友だった人の孫娘。家族ぐるみのつき合いがあった家の一人娘。
すぐに仲良くなり、一緒に、泥だらけになって遊び回った。
やせっぽちで、ちょっとつついただけでぴーぴー泣いていた女の子。でも、泣きながら、ずっとオレの後をつ
いてきた女の子。
変なところで物知りで、オレに「オグナ」というあだ名をつけた女の子。由来を聞くと、我が家の昔話に登場
する少年神の別名だという。
………………オレのことをオグナと呼ぶ女の子は、彼女ひとりしかいない。その名前は………。
「………ユキ?………美嶋、由紀子……か…………」
美嶋由紀子。十年も前の、色あせた記憶の中の女の子。
「うん…………………。久しぶりね…………オグナ」
さながら、芋虫が蝶になるように、美しく成長して、俺の前に再び現れた女の子。
「ワタシ………逢いたかった………。ずっと………ずうっと…………」
その真っ直ぐな瞳は、あの日と変わることがなくて…………。
「一日たりとも………あなたのことは忘れたことがなかった…………」
つづき
ぽろり………と、ユキの瞳から光がこぼれ落ちた。
満面の笑みを浮かべて、しかし大粒の涙を流しているのだ。
その姿は、いままでにない強烈なデジャ・ヴとなって、オレの心に突き刺さった。
そうだ。彼女は、あの日も、こんな表情をしていた。
彼女の家は、地球町から遠く離れた文学町という町にあった。その家に遊びに来ていたオレ達一家が、地
球町に帰る日……見送りに立った彼女は、泣きながら………必死に笑顔を作っていた。
その笑顔が、あまりに痛々しくて………切なくて………オレ達は、一つの約束をした。
「また、きっと、逢おうね!」
遠き日の約束。彼女は、それをしっかりと憶えていた。そして、その約束を果たした。
それに引き替え………なんてことだろう。オレは、約束どころか、彼女そのものを忘れ果てていた。オレは
……薄情な、最低の野郎だ。
「すまない………。あれだけ一緒に遊んでたのに………忘れちまってた……最低だな、オレ」
「ううん………思い出してくれた。それだけで……ワタシは十分よ……」
「ありがとう、すまない……。ユキ、久しぶり………綺麗に、なったな」
それは、社交辞令では決してなかった。いつものオレからは想像もつかないくらい、素直に言葉が出てき
たのだ。
「……………オグナ!!」
ユキの中で、何かが弾けた。オレの胸の中に飛び込んできて、背中に腕を廻す。
柔らかな感触を身体に感じながら、しかしオレは冷静だった。普段なら、こんな事態に陥れば、狼狽して為
すところを知らなかっただろう。それなのに、いまはひどく落ち着いた、穏やかな心境だった。
つづき
オレの胸に顔を埋めて泣きじゃくるユキ。泣き虫なところは、ちっとも変わっていない。シャツが熱く濡れて
ゆくのを感じながら、オレは、かすかに震えるユキの頭を撫でていた。
ユキが、腕に力を込める。
雑踏が、遙か遠くに感じられる。舞い散る花びらに包まれて、オレとユキは、互いのぬくもりと息づかいだ
けを感じていた。
『ああああああああっ!あんなところにいたぁぁぁぁっ!!』
「うお…………っ!?」
静かで、甘やかな瞬間は、無粋な大声で木端微塵に爆砕されてしまった。驚いたオレとユキは、不思議
な踊りを披露しつつお互いから飛びすさる。
「な………何事だ……………げげっ!?」
オレは喫驚した。向こうから、姉さんとラスカちゃんがもの凄い形相で突進してくる。その後ろから、アメ
リーさんとタイワンさんが、こちらはニヤニヤと笑いながら歩いてくる。
「ウヨ君の馬鹿馬鹿馬鹿!!私たちを放っておいてナンパしてるなんて最低!!」
「ち、違………っ!!」
「武士っ!なんで携帯の電源切ってるのよ!?おかげで散々探しまわっちゃったじゃない!」
抗弁する間もあらばこそ。怒りで顔を紅潮させた二人によって、あっという間に追いつめられるオレ。
「携帯の電源切ったりしてないって!ほら………あ、あれぇ!?」
取り出した携帯を見て驚いた。液晶画面には、なにも表示されていない。………電池が切れていた。
つづき
全身の毛穴が、一斉に開いた。冷や汗と脂汗が止めどなく流れ落ち、脳味噌の処理能力が一気に低下
する。傍目から見れば、連れを放っておいて、見知らぬ女の子と逢瀬をしていたのだ。オレの立場は極めて
悪い。
………………いや。正直に言おう。今の今まで、オレは姉さんたちのことを忘れていた。言い訳なぞでき
るわけがない。
「誰なの!?この子!もうウヨ君なんて知らない!嫌い嫌い嫌い、大ッ嫌い!」
何故かヒートアップするラスカちゃん。姉さんはオレの首根っこを掴んで締め上げてくる。普段温厚なこの
二人が、ここまで怒るなんて………。オレはこの世からの訣別すら覚悟した。
……と、その時。
「あ、あの………さくらさん、ですよね?」
ユキが、おずおずと口を挟んできた。二人の剣幕に圧倒されて、腰が引けている。
「ちょっとまって!今はこの不肖の弟を………って、あれ?なんでわたしの名前を………?」
姉さんが、オレを締め上げる手を緩めた………助かった。怪訝そうに、ユキの顔を凝視する。と、その顔
に、驚きが広がっていった。
「ひょっとして………由紀子、ちゃん?美嶋由紀子ちゃんだよね!?」
「はい!お久しぶりです!」
「うっわぁ、久しぶり〜!元気だった?」
いきなり和気藹々とおしゃべりを始める二人。オレとラスカちゃんは蚊帳の外だ。
つづき
「ねぇ……いったいどうなってるの?」
タイワンさんが、傍に寄ってきて尋ねてきた。他のみんなにも聞こえるように、少し大きな声で答えるオレ。
「ああ、あの子は、昔の知り合いなんです。ここで偶然会って……つい、一緒に遊んじゃったんですよ」
「ふ〜ん。でもさぁ、さっき、抱き合ってなかった〜?」
ぎく。
「なんか、ものすごくラブラブって感じだったよ〜。二人の世界作っちゃってさぁ〜」
タイワンさんは、実に楽しそうに、火にガソリンを注いできた。………この人は………悪魔だ。
「う〜〜〜〜〜〜、ううぅぅ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!」
ラスカちゃんは、ふくれっ面で、上目遣いにオレを睨んでくる………誰か何とかしてくれ…………。
「あれ?そういえば、なんで由紀子ちゃんがここに?文学町って、凄く遠いのに………」
姉さんが、ちょこんと首を傾げた。………そうだ、ユキの住んでいる町は、車でも丸一日かかる距離にあ
る。おいそれと行き来できる訳ではない。
「あ、そうそう。ワタシ、父の仕事の都合で、こっちに引っ越して来たんです。明日から、地球高校へ転入し
ますので、よろしくお願いしますね」
ユキは、あっけらかんとそう答えた。
…………………なに?
「オグナ、明日から、クラスメートだよ。いろいろと迷惑かけるかもしれないけど、よろしくね!」
ユキは、最高の笑顔で、オレに言った。それが、これから始まる、大騒動と気苦労の日々の始まりだった
んだ…………。
つづく
次回予告
「美嶋由紀子です。よろしくお願いします」
ユキはやって来た。
「……………ウヨ君って………意外と手が早かったんですねぇ」
混乱と困惑をその手に携えて。
「ウヨ君の幼なじみです。………よろしくね」
何故か火花散る教室。オレは脂汗を散らす(涙
「だって………オグナは………ワタシの…………」
次回 「Your word」
……………誰かオレに平和な日常をくれ……………。
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