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第3話 あさぎり ◆WOaKOSQONw 投稿日:  2005/06/02(木) 22:47:36 [ IPa.7KmM ]

−Miss Sarajevo File-2−


 泣き続けるトル子は充分鬱陶しかったが、足音荒くやってきた人物は顔を合わせたくも無い類の人物
だった。
 「ズドラーストヴィチェ諸君。今日も空は曇りで朝から最悪の気分だ。しかも辛気臭いボロ屋に呼び
出されて埃でスーツが台無しだ。この中にいい事尽くめの奴はいるか?望みじゃなくても持ちきれない
不幸をブチまけてやるぞ。」
 手荒にドアを開けて大声で元気に挨拶だ。サーカスでピエロをやったらさぞかしお客の注意を引ける
だろう。酒焼けした顔と笑顔で人を捻り殺す熊殺し。今は実業家らしいが、詐欺めいたやり口で儲ける
のが実業家なら、ここにいる全員にその資格がある。
 悪党ではなく悪党面している奴は口数が多い。
 「宿無しに集られ屋に貧乏探偵が廃墟の地下室でお茶会よ。そこに詐欺師がご挨拶。とっても幸せだわ」
 俺の煙草を勝手にとって火をつけたタイワンが、気が無さそうに呟いた。
 「オー、それは最高だな。詐欺師ってのは大実業家じゃないとなれないもんだぜタイワン、人を呼びつけて
おいてその態度はたいしたタマだ」
 「本当に来るとは思わなかったけどね」
 「シスターアンジェラには神のご加護があるようだな。お金と薬と女が好きな神様のようだが」
 「神様の名前はアマテラスって言うのよ、覚えておいて。それより大事なお知らせ早くしてあげてよ。
大実業家さんはとっても忙しそうだし」
 「なんだよ、タイワンと酒付きでお話できるって聞いてたのによ、俺の話し相手は覗き魔かよ」
 「覗き魔というよりストーカーだな。ケツを貸してくれればいつでも付きまとうのはやめるよ」
 大実業家殿はこっちの挨拶がお気に召さないようだった。手近ななパイプ椅子を引き寄せると遠慮もなく
どっかり腰を下ろす。椅子が鈍く軋んだ。
「同じ事を3度も言うのは嫌なんだけどね、俺とお前のかわいい妹に物騒なプレゼントを贈った犯人が
いただろう。その犯人探しでエシュロンどころか巣穴の狼が噛んできてるんで、大実業家様にお知らせする
方法を皆で考えていたところだよ」
 「俺はちゃんと花を贈ったんだぜ、多分一番でかい花束だったはずだ」
 「花の大きさが問題じゃないんだよ。腹の足しにもならないものは向こうさんも求めてはいない。つまり
もう捜索と言うより取引の段階なのさ。選択肢は二つ。身代わりを立てるか、自分が殉教者になるかだ」
 「四角四面に物事を見ちゃいけねえな。誰かが犯人かもしれんし、全員が犯人かもしれない。全員ってのは
てめえのお父上を含めてだけどな。俺にはお前の言う犯人だとかをどうにかする事ができるかもしれないんだぜ」
 「それをやると実業家殿は平気で死体の山を作るからな。数が半端じゃないから人身御供をして欲しいのさ」
 「俺が喜んで協力するって思ってるのか」
 「気持ちの問題じゃないよ。ベストは何か考えることが大事なんだ」
 「例えばだ、俺がここで探偵の眉間に銃を突きつけるとだ」
 そう言って言葉どおり銃が眉間に突きつけられた。今日は良く銃口が観察できる日だ。
 「全て丸く収まる気もするんだがな。どうだい?なかなかクールなアイディアだろう」
 「クールというより幸せな考えだな」
 「ああ、皆幸せになれる」
 トル子の時と違い狙いは正確だったし、こいつの場合撃たない保障はどこにもなかった。背中に冷や汗が
どっと出ている。
 「男同士の感動的な会話はいいけど、実業家さんがシリアに預けたデータ、私のスポンサーに渡して
おいたから。スポンサーさんは名探偵さんに今のままでいて欲しいんだって」
 「随分とこのハイエナに都合がいい話じゃねえか。おい探偵、全部お前が仕組んでやがるのか」
 「いや、シスターの話は知らなかったよ。俺も道化の一人なんでね」
 タイワンは睨みつける実業家殿に向けて煙草の煙を吐き出している。色々と知らない所で取引があるの
だろう。おまけにそのスポンサー殿に金でも借りていそうな雰囲気だ。
 「自慢の銃を見せびらかしたいのはわかるけど、私の趣味じゃないの、しまってくれる?」
 「なんなら二度とそのクソ生意気な口から嫌味を言えなくしてやってもいいんだぞ」
 「でも次の日にはあなたも私のお仲間になっちゃうわ。嫌よ熊みたいな人と天国でお近づきなんて」
 「くそっ!」
 忌々しそうに実業家殿は銃を収めた。
 「アルバニアをくれてやる。折角金つぎ込んで飼い慣らしたらすぐに捨て駒だ。高くつくぞハイエナ野郎」
 「脅しをかけているのはシスターの方なんだがね」
 「どっちも同じだクソッタレ」
 確かにそのとおりだ。一番安全な方法を思いついてくれたのには素直に感謝したい。実業家殿は力任せに
ドアをノックした。鈍い音とともに薄い鉄板がへこむ。呆然としていたトル子はその音で我に返った。
 実業家殿はそのままドアを開けて出て行き、トル子はふらふらと後について行った。いつの間に仲良しに
なったのかと素直に感心する。
 タイワンはもっと素っ気無かった。
 「じゃあ」
 と言ってさっさと出て行く。取り残された形になり、取り敢えず一服した。
 実業家殿はそのうちアルバニアを警察なりへ出頭させるのだろう。妹や妹の旦那から上納金を吸い上げて
のし上がってきた実業家殿は、調子に乗って金を吸い上げすぎてすっかり干からびさせてしまった。その
代わりの育成に躍起になり、つい最近お眼鏡に適っていたのがアルバニアだ。小遣いと邸宅と女を
あてがってさあこれから搾り取るという所だったのだろう。
 自分は指一本動かさずに掻き集めた金で人を食わせ、それを無にされたかっらといって恨まれる筋合いは
無いはずだが、実業家というのは人が汗水流して働いた金を自分のものと勘違いするのが仕事のようだった。
 階段を上がってクロゼットの扉を閉め、廃墟から表通りに出る。実業家殿のハイヤーが傍若無人な勢いで
遠くに走り去っていった。タイワンは自分の車でさっさとどこかに消えていた。トル子はどちらかの車に
乗っていったのだろう、やはりいない。
 「やれやれ、送りは契約外か」
 ひとりごちて歩き出した。何も考えず、自分の部屋で一杯飲みたい気分だった。

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