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第1984話
無銘仁 ◆uXEheIeILY
投稿日: 04/09/17 11:36:11 ID:Z6Grs4zA
「愛、忘れてませんか」
ニホンちゃんとアサヒちゃんはお母さんに物置の整頓を言いつけられました。
ホコリだらけの物置で荷物と格闘していると、一枚の写真が目にとまりました。
古ぼけた写真で、所々傷んでいます。
羽織袴に下駄履きの青年と、家族らしき人が木造の民家を背に並んでいました。
剛腹そうな風貌はニホンちゃんが知っている晩年のニッテイさんでした。
「あら、随分古い写真じゃない。ジャーナリスト魂をそそられるわ」
「うん、この男の人はきっとおじいちゃんだよ」
興味深げに写真を見ていたアサヒちゃんが、難しい顔で黙り込みました。
「ニホンちゃん、あとあたし一人でやるわ」
思わず取り落としたその写真を、貫くような目で見下ろすアサヒちゃん。
その迫力に気おされてか、ニホンちゃんはそっとその場を去りました。
写真の少女は左手に手帳を持ち、鉛筆を持った右手で大きな眼鏡をずり上げています。
くすんだ虹彩は、その手帳を射抜かんばかりに鋭利です。
「どうせこの手帳も、ニッテイさんを誉める言葉でいっぱいなのよ」
写真を手にしたまま座り込むと、アサヒちゃんは吐き捨てるように呟きました。
隣のニッテイさんは憎々しげな笑顔でこちらを見ています。
「あたしがどんなに町の平和を祈る記事を書いたって、この女の罪は消えない……」
ひざを抱えてうずくまったまま、低い声でひとりごちてはため息をつきます。
「でも、この家は何も変わってない。それどころか、リクジさんたちはイラクくんの
家まで行って好き放題して。あたしがこの女の娘だからって、今黙ってしまえば
日ノ本家はどうなるのよ」
物置の床板に力の限り拳を叩きつけると、かすかに反動を感じました。
「愛、忘れてませんか」
アサヒちゃんはあっと小さく叫び、思わず飛びすさりました。物置の床板を突き抜けて、
大根に目と口、それに手足がついたような、なんとも不気味な巨人が現れたのです。
「な、な、なんなのよあんた」
巨人は両手をひろげて前傾姿勢をとりながら答えます。
「わたしは愛の巨人です。風に身を任せ、行く先々で愛を説く吟遊詩人と思ってください。
あなたには愛が不足しています。それでは立派な大人になれません」
「それじゃ、どうしたらいいのよ」
腰を抜かしていたアサヒちゃんですが、どうにか壁を背にじりじりと立ち上がりました。
巨人の頭からのびるたった一本の毛。その先端で星が輝いています。
「申し訳ありません、時間がないのです。これを見てください。さようなら。
愛は透明、愛は残酷、愛は珊瑚」
「ちょっと、待ちなさいよ。あんた人を馬鹿にしといて、そのまま消える気?」
巨人はA4大の紙をたった一枚だけアサヒちゃんに渡すと、地中へ姿を消しました。
アサヒちゃんはあっけにとられていましたが、我に返るともらった紙に目を通しました。
「変逝珍誤」――アサヒちゃんがお母さんから受け継いだ連載日記です。
日付は、お母さんが亡くなる少し前になっていました。
○月×日。ジミン兄さんが中間島で溺れて流された。
すぐに助けを呼ぶが、海は時化ていくばかり。
そこへアメリさんがやってきて、我が身の危険も顧みずボートで兄さんを助けてくれた。
ふと思い出したのは、アメリさんと仲が悪かった頃のこと。
ここで派手な喧嘩があったはずだ。アメリさんだって、来るたびに思い出すだろう。
兄さんは泣いて感謝していた。
カイジくんにその話をしたら、今日は似たような事故がある日ですね、という。
お隣のカンコさんが玄海池で溺れたので、船を出して助けたとのこと。
情けは人のためならずというが、その実体を感得した思いだ。
このような人類愛が伝播して町中が平和になりますように。
「そういえばついこないだ似たような事件が……」
アサヒちゃんはおもむろに立ち上がり、ゆるゆると物置から出て行きました。
日は傾き、日ノ本家も夕飯の時間です。家族が食堂に集まっています。
「というわけだから、お小遣い値上げはもうちょっと我慢な」
「お父さんのお酒が先だよ。ビール券一億円分、こっそり飲んでたんでしょ」
「そうよあなた、私たちにばかり負担をかけないでくださいな」
ジミンさんのボーナスが厳しかったせいか、食卓に上る話題も少々暗いようですね。
「そ、そういえばさくら、サヨちゃんはどうしたんだ。物置の整頓をしてたんだろ」
「あっ、そうだ。どうしちゃったんだろ。武士、ちょっと見てきてくれない」
「その必要はなさそうだけど」
玄関口でアサヒちゃんが靴を脱いでいるのが見えます。そのまますたすたと
こっちへ来ると、ニホンちゃんの両肩を掴み、顔をぐっと近づけました。
「あのね、ニホンちゃん。あたし、あの、あたしは――」
後は言葉になりませんでした。顔を見合わせるニホンちゃんたちを残し、
両手で顔を押さえたまま外へ走って行ってしまいました。
アサヒちゃんは夕陽に向かって駆けました。
右手にしっかと握った写真の少女のように、瞳を輝かせながら。
次の日、物置をあさっていて別の日の変逝珍誤を見つけたアサヒちゃん。
「日ノ本の旗は喧嘩に使われたとはいえ、もう何年も経つのだから
少なくとも公の場で掲げることに異論はないだろう」
と、書いてあります。もちろんこれを読んだアサヒちゃんは大大大大大火病。
母の写真と変逝珍誤は物置の奥深くで永遠の眠りにつくことと相成りました。
めでたしめでたし。
※元ネタは「天声人語にみる戦後50年」という本です。
巨人は某AAスレの朴李ですが、謝(ryはご勘弁を。
解説
無銘仁 ◆uXEheIeILY
投稿日: 04/09/17 21:04:52 ID:0sU/BF06
>>58
話作者さん
おっしゃる通り自分でも説明不足を感じたので補足します。
元ネタの天声人語は、ミッドウェー島付近で日本の漁船が転覆して米軍に助けられ、
同じ日に玄海灘で韓国の漁船が転覆して海保に助けられたという話です。
もう一つは、君が代は歌詞の問題で強制に疑問があるとしながらも、国旗は国際的にも
尊重されるから日の丸を掲げてもいいんじゃないか、というものです。
アサヒちゃんのお母さんは戦前の軍国主義賛美から戦後の進歩的な朝日になるまで
の変節の歴史を擬人化したウリナラ設定です。
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(*^ー゜)b Good Job!!
(^_^) 並
( -_-) がんばりましょう
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