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第22走者 北極星 投稿日: 2004/07/25(日) 07:17
「夏のニホンちゃん祭り『となりのニホンちゃん』第22走者」

カンコ君は仔猫を助け、プリティラスカに助けられてシルクロードをひた走りました。
どんどん旅程がはかどります。
このペースならいっきに中央アジアを走りぬけるかも――。

「マンセー! ウリナラマンセーニダ!」

さて、その頃――。

メゾン・イベリア。
ユーロ街の西のかたピレネー坂を登りきったところに聳える宏壮なアパート。
屋根はオレンジ色、壁はクリーム色の南欧風で強い日光によく映えます。
中央の中庭(パティオ)に無数の鉢植えがたれさがり、ソラーナとよばれるバルコニーからは広大な
大西湖が一望に見おろせます。
このアパートは、ユーロでもっとも眺めのよい土地にあるのでした。

魔窟のごとき洋室に昼すぎの陽光がさしこみました。
埃の舞う瀟洒なインテリア。それはスペイン・バロック様式とスペイン・ロココ様式の混合であり、
壁には額縁いりの古写真がかけられています。
広大な室内に無数の人々がころがっていました。

年齢も風体もさまざまです。
二十代後半の女性に女子高生くらいの少女、二十前後の男性、三十がらみのむさい大男、頭の軽そう
な青年に白髪の老人、双子の幼児まで。
そして、その全員が酔いつぶれているのです。
灼けつくような甘ったるい酒気、テーブルに林立した酒瓶。
そして、ゴミだらけの室内。
ここ半年まったく掃除をしていないため地獄のごとき様相を呈しつつあり、床も見えません。
おもいきり世も末でした。
――と。
痩せぎすの少女が、年齢不相応に伸びすぎた長い手足をもてあまして、のろのろとベッドに起きあが
りました。

「うっ、くあ……。いま何時だろ」

時計をさがして、バスクさんは部屋を見まわしました。
メゾン・イベリアの住人全部をあつめて、飲めや歌えの乱痴気騒ぎをはじめたのは昨日の夜のことです。
バスクさんはまっさきに酔い潰れて寝てしまったのですが、大宴会は明け方までえんえんとつづいた
ようです。
部屋の片隅で、カラオケマイクをにぎりしめたポルとガルが抱きあって眠っています。失業保険でく
いつなぐジブラルタルさんとフリーターのロセリョンさんはかさなって昏倒し、二人の足で踏みつけ
られた浪人生のアンドラさんが呻いています。
「アネキは……?」
「すうすう」
そのとき、足元から涼しい寝息が聞こえてきました。
目をやると――。

絶世の美女がシーツをまとって丸まっていました。
戦いの女神のような凛とした美貌に、誰しも目を奪われる見事な肢体。
華奢な体型に似あわず豊かなバストが白のシーツを生地いっぱいに盛りあげて、美しい曲線が細いウエ
ストへつづいています。
「すうすう」
寝相悪くブランケットをはね飛ばし、長い脚を投げだしています。
彫刻のように端整なマスクは幼児のようにあどけない眠りをむさぼり、横ざまに枕をかかえながら、絶
世の美女は寝息をたてるのでした。

「まったく、いい気で寝てるよな。ポルとガルにまで酒飲ませて……」
姉の美貌にみとれていた自分にふと気づくと、バスクさんは無性にくやしくなり、姉の頬を引っぱって
みました。
けっこう伸びます。
「あはははは、ヘンな顔だ」

ぴんぽーん。

そのとき、玄関のチャイムが鳴りました。

「フラメンコ先生〜〜」

春風のようなソプラノが聞こえてきました。
「フラメンコ先生、いらっしゃいませんか? いっしょに花火大会に行きませんか〜? ほら、とって
もいいお天気ですよ?」
「はーい、ちょっと待っててください!」
バスクさんは玄関のドアを開けました。

「あら、バスクさん。あけましておめでとうございます」
浴衣姿のハプスブルク先生がぴょこんと頭をさげました。
「…………」
「あら? お休み中でした?」
「あー……。ハプ先生」
バスクさんは目頭をもみました。
「はい?」
「なに? その格好」
「浴衣ですわ。花火大会といったら浴衣にきまってますから」
ハプスブルク先生は、嬉しそうにくるりと一回転しました。
濃紺に白絣の浴衣にピンクの絞りの帯。
黒漆ぬりした桐の下駄に縮緬の手提げ袋をもち、髪まで高く結い上げていました。

「きまってたっけ」
「きまってるんですよ! ウヨ君に――あ、わたしの生徒です。とっても可愛いんですよ!――訊いて
みたら、夏はぜったいに浴衣なんだ、って力説されましたから」
「ふーん……」
「どうです? にあいます?」
「うん、にあうにあう。すごくいいと思うよ」
「へっへー」

ハプスブルク先生は得意満面でした。
彼女は可愛い服が大好きです。音楽大学を中退して地球小学校の先生になったのはつい最近のことであ
り、まだ女子大生気分が抜けません。
「アネキに用なの?」
「はい。花火大会に誘っていただきましたので。
『夏休みは花火見にいくわよ! ハプちゃんも思いっきりおめかししてきなさい。もう男どもを悩殺し
ちゃうようなのね! あはははは』
って……。バスクさんもご一緒にいかがですか?」
「え? ちょ、ちょっと待っててね」
ぐうすか眠りこけている美貌の姉のもとにもどると、渾身の力をこめてゆすりました。
「起きろアネキ! なに自分でした約束忘れてんだよ!」
「くうう」
「起きろってば! ハプ先生もう来てるよ!」
「ん、ん――」
深い睡りから一瞬にしてフラメンコ先生は覚醒しました。まるでスイッチが切り替わったようです。瞼
がぱっと開き、涼しいミッドナイト・ブルーの眼差しがバスクさんを見あげました。

「どうしたの、バスク。姉さんもうすこし寝かせて欲しかったわ……」

低い声がぞくぞくとバスクさんの胸のうちを舐めあげました。この姉の蠱惑的なチャームは油断すると
妹さえ骨抜きにするものがあります。
「お、起きなよ。花火大会いくんだろうが」
「花火? だれが?」
「アネキがだよ! ハプ先生と約束したんだろ!」
「うん?」
フラメンコ先生は、上目で宙を見つめました。
すると――奇妙なことがおこりました。先生の眸の色が、寝ぼけたミッドナイト・ブルーから、鮮やか
なトパーズへ変化したのです。

「そら! 心当たりがあるんじゃないか」
「あら? わかる?」
「わかるさ! だって眼の色がトパーズに変わったじゃないか。それは――『やっべー』と思ってる
証拠だ!」
「やあね。嘘のつけない女だわ」
フラメンコ先生が伸びをすると、白のタンクトップにつつまれた張りのあるバストがバスクさんの目の
前で弾けました。いまさら気づきましたがノーブラで、ちったあ恥を知れ、とバスクさんは思いました。

この先生の最大の特徴はその眸なのです。

普段はヴァイオレット色なのですが、感情の変化によってスカイブルーやエメラルドグリーン、クロム
イエロー、スカーレットとまったく違う色彩にかわるのです。
覗く角度によっても色は変化し、人によって理想の色を見るのかもしれないとバスクさんは考えます。
虹の眸――。
不可解な現象であり、心中バスクさんは畏敬の念さえ抱いているのですが、姉にそんなことをほのめか
したことはありません。ますます増長するにきまっているからです。

「ごめんねハプちゃん。すぐ支度するからちょっと中で待っててくれる?」
「はい。お邪魔いたします」
「あら、かわいい格好してるわね。私も着てみようかしら」
「本当ですか! 日ノ本さんにお願いすれば貸してくれますよ」
「んー、ニホンちゃんのお母さんには目の敵にされてるからやめとくわ」
「え、そうなんですか?」
「そうそう。何が不満なのかしらね? 授業だって週に3、4回しかフケないで真面目にやってるのに」
「ははあ……」
ハプスブルク先生はきょとんとしました。
いろんな意味でこの先輩は想像の外にあります。
その身に染みついた最大の悪徳は《怠惰》でありました。

「でも、花火大会ってどこでやるんだっけ」
「え? セーヌ河ですよ。花火といったらセーヌ河にきまってるじゃありませんか。地球町のひとはみ
んな来てますよ」
「なんか、シュールな世界観ね」
フラメンコ先生は目頭を揉んだのです。

(つぎの走者へバトンタッチ)

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