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第11話 どぜう 投稿日: 2004/08/09(月) 03:55
『あの暑かった夏休み』(中編)

家の大半と勉強道具がなくなってしまったギニアちゃんは困り果ててしまいました。
家の重要な施設と、見取り図は、ギニアちゃんの手元にはもうないのです。
今ある鉛筆とノートがなくなってしまったら、
ギニアちゃんの家では新しく鉛筆も、ノートも作ることは出来なくなってしまいます。
他の子の家から買おうと思っても、大したお金は残っていませんでした。
水道や電気も、もうまともに使うことが出来ません。
夏休み前だというのに、日に日に元気がなくなっていくギニアちゃん。
アフリカ班の他の子も心配そうに眺めているだけでした。

どんな身の上の子供たちにも、一日は平等に訪れ、過ぎていきます。
「……」
「――さくら?」
「……」
「さくら?」
「へ?!」
「どうしたの?さっきから黙り込んで、今日の晩ご飯美味しくない?」
「え?あ!う、ううん、美味しいよ」
「そう、ならいいんだけど」
晩ご飯が並ぶ食卓の上で、思案顔をしているニホンちゃん。
ママにそう聞かれて否定してみたものの、またすぐになにか考え込んでしまいます。
「なあ、さくら」
箸が止まってしまったニホンちゃんに、今度はニホンパパが話しかけました。
「…え?なに?」
「なにか学校であったのかい?また誰かからなにか云われたのかい?」
「…ううん。私の事じゃないの」
「…なにかあったんだね?」
「うん…ギニアちゃんて子がいるんだけどね――」
頭の中で何が起きているのか、整理しながら、
ゆっくりとニホンちゃんはパパとママに学校での出来事を話し始めました。
『あの暑かった夏休み』(中編)

食卓を囲んでいる家族の殆どが、ニホンちゃんの話を箸をとめて聞き入っていました。
「そんなことがねえ…」
「なにがしか、困ることになるとは思っていたけれど…」
パパとママも深刻そうです。
「うん…私もそう思ってるんだけど…なにもして上げられることがなくて…」
哀しそうに俯くニホンちゃん。
箸を置いて、目をつぶり、腕組みをしていたジミンさんが、不意に口を開きました。
「なあ、さくら」
「?なに?お父さん?」
「今年の夏休みの自由研究はどうするつもりだ?」
「?」訳も分からず、ニホンちゃんは首をかしげるばかりです。
「まだ決まってないけど…?」
「ギニアちゃんの家の見取り図を調べてみないか?」
「?」
まだ事情が飲み込めないニホンちゃんに、
ジミンさんは判りやすいように説明しました。
「フランソワーズちゃんが壊していった家の部分は、見取り図がないから、
ギニアちゃんの家では作り直すことが出来ないんだよ。
だからノートも鉛筆も作れないんだ。だけど――」
家の見取り図さえ作り直せれば、また以前のように生活品は作れるようになるし、
新しいものも作ることも出来ます。
「どうだ?さくら?作ってみないか?見取り図を」
「う…うんっ!!」
ジミンさんの話が終わる頃には、ニホンちゃんの目は輝いていました。
「けれどさくら、これだけは守ってくれ」
「なに?」
「ちゃんとギニアちゃんと一緒に自由研究は作るんだよ。
さくら一人で自由研究を作り上げても、ギニアちゃんのためにならないからね」
「うん、うんうんっ!」
「とりあえず明日、ギニアちゃんに自由研究の相談をしてみなさい。
ギニアちゃんからOKが貰えたら、自由研究に必要なお駄賃を上げるから」
「わかったよ、お父さん!」
ニホンちゃんは、この素敵な計画に、居ても立ってもいられないようでした。
「あと、早くご飯を食べなさい、おつゆが冷めちゃうぞ」
「はあい」
心配ごとの種がなくなったとたんに元気を取り戻したニホンちゃん。
勢いよくご飯を食べ始めました。
「ほらほら、女の子なのにはしたないですよ、ご飯は掻きこまずにきちんと味わって食べなさい」
ママにそうたしなめられて、また慌てるニホンちゃんを見ながら、
ジミンさんはニホンちゃんに手渡すお駄賃の額面と、
自分のお財布の懐具合を考えて、内心苦笑するのでした。
『あの暑かった夏休み』(中編)

「ギニアちゃん、一緒に自由研究してくれるって!!」
次の日の夜、開口一番、帰宅したジミンさんに駆け寄ったニホンちゃんが、そう報告しました。
「そうか、良かったなあ」まずは安堵の表情を浮かべたジミンさん。
周りを仔犬のようにくるくると回りながら喜んでいるニホンちゃんをひきつれて、
居間に座ると、懐からお財布を取り出しました。
「さくら、手を出しなさい」
「?」
そう云うとジミンさんはそのお財布からお駄賃をニホンちゃんに手渡しし始めました。
「いーち、にーい、さーん、しーい」
「えっ?えっ?」
手渡されるお駄賃を受け取るニホンちゃんの目が白黒しています。
「なーな、はーち、きゅーう、じゅう」
ニホンちゃんの掌には全部で10枚の漱石さんが神妙な顔をしながら整列していました。
「こ、これ」
お駄賃としては多すぎる額です。
「このお駄賃を使って必要な物をまず買ってきなさい。
ノートや鉛筆、定規にコンパスなんかも必要になるかもしれない。
何にいくら使ったか、きちんとノートに書いてパパに見せるんだよ」
「う、うんっ!」お駄賃の金額にびっくりしたニホンちゃんですが、
金額は多いに越したことはないのです。
「じゃ、今すぐ買いに行ってくるよ!」
と、文房具屋さんに向かって勢いよく家を飛び出してしまいました。
「ああこら、もう時間が遅いから明日にしなさい…って、
聞いちゃいないね、まったく」
ジミンさん、ふう、とため息をつきながらそれでも満更でない様子でした。
『あの暑かった夏休み』(中編)

ところが、好事魔多し、上手くは事が運ばないものです。
「…あづぃ」
ギニアちゃんの家の一角のバオバブの木陰で、
猫のようにぐなーんと伸びているのはニホンちゃんでした。
「すぅ…すぅ」その木陰の上ですやすやと寝息を立てているのは、
当事者のギニアちゃん。いい気なものです。
『一体気温何度あるんだろう…?』
のろのろと腕時計に付けられた温度計を見るニホンちゃん。
「ふえええええ〜〜〜〜!!」
ばささささささっ、と木に留まっていた鳥が一斉に飛び立ちました。
「んあ…?」
ニホンちゃんの悲鳴に目を覚ましたギニアちゃん、下を覗き込みながら、
「何?何かあったの?ライオン?」
と寝ぼけた調子で尋ねます。
「ご、ご、ごご、五十度?摂氏だよね?華氏じゃないよね?」
「ああ、今日の気温かあ。まずまずだね」
「まずまず、って…」
「しょーがないよ、今日は寝よ寝よ」
結局その日は何も出来ずに終わってしまったのでした。

そしてまたある日。

ざああああああああ…
雨が滝のように降っています。もう数十メートル先も見えません。
そして、やっぱりギニアちゃんはお昼寝です。
「これじゃ外に出られないよう…」
ランドセルの中、巻かれたまま、白紙の状態からろくに進んでいない、
模造紙に描かれた見取り図をニホンちゃんは恨めしげに見つめました。
ぴちょん、ぽたん、ぴたん、ぴちょん、ぽたん、ぴたん。
雨漏りがそこかしこで鳴っています。
床はあちこちが雨漏りで濡れていて、
家の中を調べたくても模造紙も満足に広げられません。
『家の中も調べられないし、はあ…どうしたらいいんだろう…』
今度は窓の外、空一杯に広がった雨雲を、ニホンちゃんは恨めしそうに見上げるのでした。
『あの暑かった夏休み』(中編)

またある時。
「今日はそんな暑くないから楽に調べられるね」
「雨も当分降らないみたいだし、今日は進むぞー!」
入道雲は空の遠くで日傘のように太陽を遮っています。
二人はせっせと張り切りながら庭の見取り図を描いていきました。
と、その時。
ぷいいいいいーん…
と一匹のハエがニホンちゃんの身体を舐るように飛ぶと、
ぴと。
と、腕に止まりました。
「!」
血相を変えて、ギニアちゃんが丸めたノートで、ハエを叩き落とします。
ぱしーん!
「きゃあっ!!」ぽとり、と力なく潰されたハエが落ちました。
「いきなり何するの?ひどいよギニアちゃん」
じんじんと痛む腕をさすりながら、ギニアちゃんに抗議するニホンちゃん。
何も云わずにギニアちゃんは地面に落ちたハエを拾い上げました。
「…ツェツェバエだ」
「なに?そのハエ」きょとんとした様子のニホンちゃんとは対称的に、
いつになくギニアちゃんは真剣な表情です。
「眠り病を媒介する吸血バエ、体調不良、発熱。
それから精神錯乱を経て、最後には眠るように死んでいく、
とんでもない病気を媒介する厄介なハエだよ」
「……へ、えー…」さーっと血の気が引いていくニホンちゃん。
へなへなへな…ぱったり、と、地面に倒れて気絶してしまいました。
「あ、こら、ニホンちゃん!ニホンちゃーん?!」
そうこうしている間にも、ハエは何匹かまとわりついてきます。
「ああもうっ!世話の焼ける!!」
愚痴りながらニホンちゃんを抱え上げて、家に一路非難していくギニアちゃん。
「来るな、来るな!しっしっ!!」ハエに云っても詮無いのですが、
命からがらと云った状態で、その日の調べ物は終わってしまいました。

解説 どぜう 投稿日: 2004/08/09(月) 03:59
中編です。ひたすら長いです。
申しわけなし。
ニホンちゃんとギニアちゃんの明日はどっちだ?!

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