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第28話 どぜう 投稿日: 2004/09/22(水) 06:39
『ウはウリナラのウ』

1.
紆余曲折を経て、なんとか映画を公開できたヒゲのおっさん。
ニホンちゃんの家で公開もされ、最近なんだかホクホク顔です。
「あ、ヒゲのおじさーん、サイン下さいサイン下さい!」
「OK、いい子だねえ(きゅきゅきゅっ)キミ、名前は?」
「あ、アサヒでーす(はぁと)、
あと『アホでマヌケなアメリー家』って書いて下さい、えへ♪」
「OKOK、まかしてよ、アサヒ(きゅきゅきゅきゅ…っ)っと、
これでいいかい?」
「ばっちりですぅ!きゃうーん、宝物のヨ・カ・ン☆」
…と、まあ。あっちこっちで引っ張りだこのようでした。

ぽん。

と、不意にヒゲのおっさんの肩を、筋張った掌が叩きました。
「――やあ、マイケル」そして、柔らかな声。
瞬間、ヒゲのおっさんの顔が紙よりも白く青ざめました。
「や、やあ。レイ」
ヒゲのおっさんが振り向くと、
そこには白髪に眼鏡の老紳士がにこやかに立っていました。
「どうしたんだい?青ざめてしまって可哀想に。
…おやおや、汗をかいているじゃないか?具合でも悪いのかい?
あそこにベンチがある。あそこで休んだ方がいいんじゃないかな?」
と、レイと呼ばれたお爺さんは、
二回り以上も大きそうなヒゲのおっさんの肩を抱くように、
仲よくベンチへと連れだって行きました。
「ああ、お嬢ちゃん。もしも用事があるのなら、
今日は早めに済ませておいた方がいいと思うよ。
ねえ?そう思わないかい?マイケル?」
噛み締めるような笑顔でこくこくと頷くヒゲのおっさん。
「?」不思議に思いましたが、アサヒちゃん。
なんだか大人の会話には近寄り難く、
明日の壁新聞の校正をするために、家に帰っていきました。
『ウはウリナラのウ』

2.
「さ、座りなさい」
そう、お爺さんが細い手を差すと、心細そうな表情でヒゲのおっさんは迷っていましたが、
さ、ともう一度お爺さんが促すとおとなしくベンチに座りました。
それを見届けて、お爺さんもベンチに座ります。
「……」
「……」
二人の間に沈黙が流れていきます。
聞こえてくるのは、草が風に揺れる音と、遠くから聞こえてくる、
学校の吹奏楽の音色だけ。

「――なにか」
お爺さんが口を開きます。
「――なにか、云うべきことがあるんじゃないかね?」
困惑したようにヒゲのおっさんはお爺さんを覗き込みました。
ふう。とため息をつくお爺さん。
「…私は老人だよ。もう老い先は長くはない。
眼鏡も強い老眼だ。耳も遠い――だがねえ。マイケル?」
「あ、ああ」
「君は、私よりは若いはずだろう?違うかね?」
ごくり。
ヒゲのおっさんが唾を飲み込む音が、辺りに響きました。

「聞こえなかったかね?私の質問が?どうも君は耳が遠いようだねえ。
君の家には随分と電話をかけたんだよ…一度も出てくれなかったようだが、
そう。今度近い将来君に暇ができたら、いい耳鼻科の医者を紹介してあげよう」
にこにこと笑いながらお爺さんが言葉を続けます。
「ここで君の耳元に口を近づけて、
君にも聞こえるようにもう一度問いかけてもいいんだが、
あのウディのいいネタにされるのは私としても不本意だ。
だから、こうすることにしよう―――」
そう、言い終わると、お爺さんは立ち上がりました。
そして、ヒゲのおっさんのTシャツをやおら掴むと――
『ウはウリナラのウ』

3.
「貴様は私の『華氏451度』を無断で盗用したな!!」

北米町全体に聞こえるような大きな声でお爺さんは、怒鳴り付けました。
「い、いやレイ、誤解だよ誤解。
僕は君の作品から、そう!インスピレーションを」
「口で糞垂れる前と後にサーと云え!私は貴様をファーストネームで、愛称で、
しかも代わりがいる戦う美少女のような名前で、私を呼ぶ事を許可しておらん!!」
「さ、サー・ブラッドベリ…サー」
「よろしい」
「…でも、インスピレーションを受けたのは本当ですよ。ミスター。
僕は『自由が燃え尽きた日』として華氏911とタイトルを付けたんだ」

「いいかね、ミスター・ムーア」
Tシャツから手を放すと、ブラッドベリさんは腕を組み、
ベンチの上で縮こまっている、ヒゲのおっさんを見下ろしました。
「君は、私に許可を求めたかね?ミスター・ムーア。
一度たりとも求めた事がないような気がするのは、
私が気がつかないうちに、アルツハイマー病の症状を発症していたからか?
アメリー家の事情?政治的見解?そんなものには私は興味はない。
私が書き上げた小説はSFだ――『Science-"Fiction"』なのだ。
現実の、くだらん諍いに盗用されては迷惑だ。」
「で、でも…」流石に食い下がるヒゲのおっさん。
「世の人は私を差して『衰えたり、レイ・ブラッドベリ』と嗤うだろうさ。
――だがな。私は、私が心血を注いで書き記したものを、
そう易々と盗用させるつもりはないぞ。
くれぐれも、紳士的な対応を期待しておるよ。ミスター、マイケル・ムーア」

そう言い残すと、ブラッドベリ翁はベンチから立ち去ってしまいました。
『ウはウリナラのウ』

4.
「…どうして、どうして判ってくれないんだよう…」
しょんぼりとベンチで、そう呟くヒゲのおっさん。
悄然と座り込んだおっさんに近づいて、声をかける子供の影――
「まったくニダ、あのじいさんはちょっと変ニダよ」
声をかけたのはカンコ君でした。
ヒゲのおっさんの隣に座って、「安心するハセヨ、ウリはヒゲの味方ニダ」
と、云うと、ニカッ!と笑いかけました。
端から見れば、穴開き500ウォンの笑顔でも、
今のヒゲのおっさんには一万ドルの微笑みに見えます。
「カ、カンコ君は、僕の味方なのかい?!」
「イェス、ニダ」そして、再び、ニカッ!と笑うカンコ君。眩しすぎです。

どこかで天使がラッパを吹く音が、ヒゲのおっさんには聞こえました。

「そ、そうだよな…やっぱり男として無くしちゃいけないのは信念だよ!」
「ニダ」
「ありがとう、カンコ君、最近君もいろいろ大変だろうけど…」
「ニダ、ケンチャナヨ」
「いやあ、力強い言葉だなあ」
そう云って涙腺を潤ませるヒゲのおっさん。
「ウリも昔ニホンに散々嫌がらせをされたニダ、
ウリのスペースガンダムVを盗用だのパクリだの…」
腕組みをして、ニダニダと頷くカンコ君、
その目には、ほろり、涙が一筋輝きました。
「…え?」
「まあ、ウリナラではガンダムは大きなロボの一般的名称と位置づけたニダ」
「……」
「だからー、ヒゲも『華氏○○』を、
何かが燃え尽きる一般的な名称とすればいいニダよ」
「……」
「ヒゲ?どうしたニカ?」何も云わずに立ち去って行くヒゲのおっさん。
その日のおっさんの夕食のハンバーガーは、なぜかいつもよりしょっぱかったそうです。

終わる

解説 どぜう 投稿日: 2004/09/22(水) 06:43
元ネタ、ソース:
もう結構前のニュースですが、
『華氏911』の監督マイケル・ムーア監督が、
SF小説『華氏451度』の作者、レイ・ブラッドベリから抗議されたそうで。
ttp://www.oricon.co.jp/movie/special/coverstory040806.htm
ttp://www.eiga.com/buzz/040622/06.shtml
ttp://okweb.jp/kotaeru.php3?q_id=902394

某板某SS見て、無断でヒゲのおっさんを盗用したのは、
内緒でも何でもありませんが、謝罪は一切いたしませぬ(苦笑)。
作中、ブラッドベリ翁の発言にソースから外れたものがありますが、
一ブラッドベリ作品のファンとして、代弁を試みたものですのでご了承を。
(ただし、軍曹ネタとかはこの限りではないw)

実際ニュース見たときに「無許可でタイトル付けたのかよ?!」とちょっと呆れたどぜうですた。

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