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第48話 あさぎり ◆aKOSQONw 投稿日: 2005/03/22(火) 21:02
『翌檜の唄』

 古い蔵の中、かび臭い匂い、差し込む光のシルエット。
 静寂の中で二人の動く音が壁に吸い込まれる。

 きっかけは些細な事。一緒に話しをしながら彼女のおばあちゃんの昔の写真を眺めていた時、
そのおばあちゃんの着物がまだあるだのないだのといった押し問答になり、じゃああるかどうか
確かめようという事になった。
 白黒の写真だったけど、鮮やかな鳳凰の図柄の着物は、わたしにも興味のあるところだ。

 自分の家の倉庫を彷徨うのは怖いけど、人の家だとなんだか平気だった。たぶん、見た事のない
ものがたくさんあるから怖さが紛れてしまうのだろう。
 一人張り切って彼女が探し始めたが、わたしは程なく手持ち無沙汰に耐え切れず、探し物が
どこにしまっていそうなものか彼女に聞いた。彼女曰く、キリバコかイショウカンの中に大事に
しまっているはずだとの事。そのキリバコとイショウカンがどういうものか見せてもらって、二人
して手分けして探す事にした。ためしに開いてくれたイショウカンの中の匂いに思わず眉をひそめる。
彼女はそうだろうなあという笑顔でわたしに答えてくれた。
 教えない意地悪さといたずら心が笑顔に込められている。わたしは苦笑いでしかそれに答えられな
かった。でも、いやな気分にはならない。不思議な友達だなと思う。
 盥のようなもの、古い本、鎧や兜。
 埃にむせながら時は流れてゆく。

 ふと自分が何をしているのか忘れてしまいそうな昼の終わり。思わず手に取ったものをしげしげ
と眺めて、我に返って傍らに置く。彼女はそんなわたしを時折見て、物の由来を教えてくれる。
わたしは説明してくれたものを眺めて素直に感心する。そして暫く会話を交わして、ここにいる
目的を同時に思い出して慌ててしまう。そんなことが数回続き、お互い苦笑いの交換をするように
なると、何だか自分の垣根が取り払われたような気分になり、いつのまにか好奇心丸出しで彼女を
質問責めにしていた。

 ふたりでどれだけあちこちのものをひっくり返したろうか。すこし肌寒くなってきた頃、
彼女の素っ頓狂な喜びの声に目当てのものが見つかったことを知る事ができた。
 早速箱から取り出す。鮮やかな紅の生地に金の鳳凰の刺繍。彼女が誇らしげに語るのがよく判る。
 それを眺めるだけで済ますだろうか。晴れ着にはやっぱり袖を通してみたい。口に出さなくても
彼女もわたしもそのへんは同じ思いだったようだ。
 手に取る絹の肌触り、深い深い紅、時代が作った僅かな翳り。
 薄暗い蔵の中でそれだけ輝いていた。

 いそいそと上着を脱ぎ捨てシュミーズ姿になると、彼女は慣れた手つきで振袖に袖を通した。
ああ、やっぱり血筋だと思う。艶姿はこれ以上ないくらいに決まっている。帯をきゅっと締めた
時の凛々しさは真似ができないなあと思った。彼女に鏡がないのが残念だと伝えると、残念そうで
少し誇らしげに仕方がないよねと同意をしてくれた。
 彼女は、しかし着心地や型を確認しただけなのかもしれない。どこか満足そうに帯を解き、
また元の服にさっさと着替えると、その着物をわたしに差し出した。着てみろということらしい。

 着慣れたアオザイが肩からずり落ちる。彼女はわたしの羞恥心には気づかない。そそくさと
袖を肩に掛け、しぜんにわたしも袖に手を通す。滑らかな布の触感が、すうっと頭のてっぺんに
通り抜けた。
 絹の冷たい肌触りは心地よいくらいだ。彼女はいつの間にかわたしの正面で慣れた手つきで
帯を通している。衣擦れの音が蔵の中で吸い込まれてゆく。誰かが見ていたら、この情景は
目にどう映るのだろうか。
 おなかが苦しい。試しに歩くと歩幅が随分と狭くなる。彼女は歩き方から丁寧に教えてくれた。
でも、自然にそういうものだと教えられたのとは違うので、今更こうしろといわれると何だか
戸惑いばかりが先に来てしまう。
 ああ、着るもので躾とか身のこなしとか結構勉強するものなのかもしれない。彼女の性格は
この着物そのものなのではないかと思う。
 彼女はにっこりわたしに笑いかける。何かわたしに隠し持っているようだった。怪訝そうな
わたしの顔に、さっとそれを差し出してきた。いつのまにか探し当てたのか、少し大きめの
手鏡だった。
 燃える様な深紅の着物を纏ったわたしがそこにいる。一瞬それが自分だとわからなかった。
 ああ、彼女には勝てないなと心の奥底が疼いた。でもそれはいつか肩を並べて歩きたいという、
自分には珍しい疼きだ。そう、多分これが憧れというものかもしれない。

 樟脳の匂いが当たり前になったとき、鳳凰はまたもとの箱に収まった。少し丈の大きかった
その着物は、近いうちまた私の前に現れるかもしれない。彼女は丁寧に元あった場所に箱を置くと、
じゃあ出よっかと短く言った。
 重い扉を二人で閉ざし、明るい場所でお互いの姿を見て大笑いした。二人とも埃まみれで、顔も
服もどこでつけたか判らない汚れまみれだったのだ。
 笑いあいながら再び彼女の家に上がりこむ。台所から夕飯の用意の匂いがしてきていた。
 もうそんな時間だったのかと時計を見れば6時前だった。
 少々慌ててわたしは彼女の家から帰ることにした。帰ったらママンは何て言うだろう?多分
問答無用で怒鳴り散らされるんだろう。それは嫌だけど、今日は別にそれでもいいやと思えた。

 黄昏に追いかけられるように、わたしは家路を急ぐ。

 おしまい

解説 あさぎり ◆aKOSQONw 投稿日: 2005/03/22(火) 21:07

久々にソースゼロの萌えのみ作品をば。そしてβへも久々のうpですねえ。

なんでもない日常の中の小さな発見や冒険。ああいうのって結構記憶に残るんですよねえ。
でもウリの子供時代には蔵持の同級生はいなかったんで、土蔵探検してないニダ…
やってみたかったなあそういうの。相手がおにゃのこだったら尚更ベたウワナニスルヤメぢぇysgぢ

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