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第52話 あさぎり ◆aKOSQONw 投稿日: 2005/05/20(金) 20:35
『Under the Blood Red Sky』

−Sunday Bloody Sunday−

 いくら無作法と言われていても、せめて目立たない位置に立つくらいの配慮は必要だろう。勿論他人
への気遣いとかではなく、単に仕事上必要だからだが。
 金が無いというのは不幸以外の何物でもない。おかげで嫌な仕事でもやらなければならない。金欲しさに
依頼も無いのに強請でもやれば、鑑札を取り上げたがっている奴らに協力してやるようなものだ。そんな
面白くない状況は願い下げなので、ぶら下がったニンジンを追って今日も走っている。

 名前を聞くだけで一日が憂鬱になる奴が世の中には確実にいる。そいつの顔を見るとなったら嫌な気分は
 格別のものがある。事務所の鍵が開いているのを確認して、またリズの浮気調査かと思って入った部屋の
中の人物はまさにそれだ。
「やあ、相変わらず元気そうで何よりだ」
「たった今元気がなくなったところだよ」
「頑張っているようじゃないか。父親としても鼻が高いよ」
 屈託のない人柄は表向きだけとはいえ本来歓迎すべきだろう。話をするにも腹を探るにも気休めになる。
しかしあからさまな演技だと鼻について嫌味なだけだ。
「自己満足の目的を果たしただろう。済まないがそれ以上の希望を聞く気分じゃない」
「私は嫌味を言いに来たわけじゃない。どちらかと言うと気紛れで親心を満たしに来たのさ」
「お断りだ」
「意地を張ることは無いだろう。このまま行くと来週にはここを追い出されるそうじゃないか。これは
ビジネスなんだから個人の感情は押し殺すべきではないかな」
 そのあたりを言われれば俺も一言もない。仕事の選り好みをしていたら自動的に無一文になってしまった。
この男はそういう所には異常に目敏い。人の弱みを握るのが得意と言うのは、生きていく上で必須の才能
だろう。それが忌み嫌われる理由でもあるが。
 人の言いなりになるのが大嫌いなのは今も昔も変わりない。子供と大人の違いは、言いなりになる時に
言い訳をするかどうかということだ。言い訳はしなかったが、涙を浮かべて無念の気持ちを顕しもしない。
出来る事と言えば、怒らせない程度に憂さ晴らしをする事だった。
 主人のいない猟犬は、自分の腹を満たすことしか知らないものだ―――。

  *

 司祭服に着られているヨハネが祭壇に向かい合いに立っている。
 昔は駆け出しの修道士みたいだったが、今は駆け出しの司祭に見える。
 参列者を見回すと、昔見かけた顔もちらほら見えるが、こちらに気付く人間は少ない。最も気がついた
ところで関わり合いになろうとはしないだろう。立場が逆なら俺もそうする。
 聖堂に荘厳なパイプオルガンの音が響き渡る。お客はみんな立ち上がり、中央に向かって視線を走らせる。
人垣が出来たのをいいことに座ったままでポケットからバーボンを取り出して一気に喉に流し込む。
 場違いなのを気にしているのは周りだけじゃない。バーテンをドナルドがやっているようなものだ。近付いて
くる拍手が二人の位置を正確に知らせてくれるが、この拍手や歓声が誰一人心の底からの祝辞でないのは子供に
だって判る。ここには一言で済む事でも、何か型を取り繕わなければ気の済まない連中が集まっているらしい。
 一体この新郎新婦はあの悪魔と何の取引をしたのだろうか。

 俺が逆らえないのを確認してあの男が俺にぶら下げたニンジンは、ラスカと武士の結婚式の警護だった。
 自分の耳障りな事は自動的に聞かなかった事にしてしまうこの迷惑な客の家に、結婚式の妨害予告をFAX
してきた奴がいた。やりたい事と言う点では犯人と俺に反目する理由は何一つない。

 未来のために今は我慢しろ。
 あの二人にそんな気の利いた科白は言えそうも無い。ここにいる人間でそんな殊勝な科白が一番似合わない
のが見張りをやっている。出来る事と言えば与えられた仕事をこなすことだけ。最終的には目的がどうで
あろうと自分の身を守るために。
 それは新郎新婦が一番毛嫌いし、蔑む生き方だろう。つまり世の中のほぼ全てが彼らに嫌われると言う
ことだ。
 幸せな二人を眺めるのは性に合わない。無事と安全を確認すると踵を返して車に向かった。これで済めば
実に容易い仕事だった。しかしどうも、俺は死神の仲買人を買って出るくらいの資質があるようだ。背後で
爆音が響いたのはその時だった。
 駆けつけた場所にはあったはずのワゴン車が木っ端微塵になりそこらじゅうに部品が黒焦げになって散乱
していた。煤けたタキシードの男が血まみれの子供を瓦礫から引きずり出していた。パニックになった女が
神に祈りを捧げている。その両手を使えば助かる人間もいる筈だ。少なくともただ祈るよりは気が利いている。
法衣が煤だらけになったヨハネが呆然と燃え盛る聖堂を眺めている。一緒にヨハネと眺めていたい所だが、
仕事上聞くことは聞かなければならない。
 「何があった」
 もっと気の利いた事を言って、和ませてやるべきだったかもしれない。だが新郎新婦の門出祝いにしては
程度が過ぎている。
 「燃えている。見れば、わかるだろう」
 感情も無く平坦な答えだ。しかし聞きたかったのはそんな事ではない。ヨハネの頬を張り倒すと、胸倉を
掴んで立ち上がらせ、もう一度質問する。
「そんなことはわかっている。俺が聞きたいのは誰がやったかだ。」
「わ、わからない。」
 予想通りの答えだった。結婚式と言えば教会の掻き入れ時だ。出入りする人間も当然多くなる。世間離れ
したヨハネが一々目くじら立てて出入りする人間を調べる訳が無い。
 ポケットから招待客リストを出して眺めてみたが、無駄な努力とすぐに知れた。あの男が問題を起こし
そうな客を招待する筈が無い。わかった事は何もわからないという事だけだった。
 そういえば今日の主役たちはどうしているだろうか、ふと気になってあたりを探した。しかし迎えに来て
いたリムジンとガードマンが姿を消していて、安全だということだけは確認できた。
 いつも思う。何か事が起こって職務を遂行する奴は三流だ。一流と呼ばれる奴は問題になる前に芽を摘み
取る。そうなると俺は二流と言うことになる。しかし二流程度ならまだ満足するべきだろう。
 いつの間に出来た人だかりに分け入る。若い男と女が興味深々を絵に描いた様な顔で騒ぎを眺めて声高に
はしゃいでいる。他人の不幸を見て喜んでいる男と女というのは、動物園で人を小馬鹿にするチンパンジーの
様だった。
 無神経な輩には、少しでも被害者の気持ちを知って貰うべきだろう。手近な奴から財布を抜き取り、その男の
ジャケットの中に財布をねじ込むと、その場を後にした。

to next story "Staring at The Sun"

解説 あさぎり ◆aKOSQONw 投稿日: 2005/05/20(金) 20:43
こんばんは、β久々のあさぎりです。
なんか枢軸とかアサヒとか探偵社乱立していますので三番煎じ狙ってみますたw
つか、もう忘れたよなあ、この人でなしの中年探偵なんてw

えー、これ、幸せな人間一人も出てきません。しかも皆30代以上です。
萌え?ナニソレ?
そんでもって一応前回とつながっています。ええ、一応デスガ(汗
それでは続きはまた明晩…

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