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第53話
あさぎり ◆aKOSQONw
投稿日: 2005/05/21(土) 16:54
−Staring at The Sun−
『神の名を語り許しを乞い、堕落をむさぼる豚共よ
神がいるのなら、この火を消してみよ』
憔悴しきったヨハネと執務室に戻ったとき、こんなFAXが丁度吐き出されるところだった。全く、神が
いるならもっと人生を実りあるものにできるはずだ。教会に出入りしている業者リストを見るのを止めて、
FAXの文面を追う。送信者番号は非表示だった。
何を考えているのかは知らないが、マカロニーノがヨハネにつかず離れず付き纏って浮ついた励ましの
声をかけていた。今やマカロニーノは立派なマフィアのボスに成り下がって、俺と同じく世間の吐瀉物に
頼って生きている。俺と奴の違いは、その辺の自覚があるかないかということだけだ。
「兄弟、そんなに悲嘆にくれるな、教会なんざ俺がいくらでも作り直してやる。だから元気出せよ」
「マカロニーノ」
後ろ暗い人間の優しい言葉には必ず裏がある。こいつの狙いはなんだろうかとぼんやり考えながら、
薄っぺらなFAXを差し出した。
「何をそんなに暗い顔をしている。『夜の闇が深いのは、夜明けが近いから』ってうちのマンマも言って
いたぜ、だから元気出せ、夜明けは近いんだよ。」
「マカロニーノ」
俺の親切を軽く受け流し、マカロニーノはヨハネにかかずらっている。金と弱味がより多いほうにしか、
注意が行かないらしい。人の弱味を楽に見つけたいなら、医者か弁護士か神父になるのが手っ取り早い。
なれなければそういう友達を見つければいい。うまいやり方だが、こちらはそれに付き合う義理はなかった。
いつまでたってもマカロニーノが媚を売っているので、切り口を変えてみることにした。
「おい、マザコンのインポ野郎」
「何だチンピラ、俺はお前と話すことなんかないぞ」
効果覿面だった。こういう状況でなければ足元に銃弾をばら撒いてダンスでもしてもらいたいところだが、
FAXを無言で渡すだけにした。渡せばその煩い口を塞げると思ったからだ。
大仰にFAX用紙を受け取ると、マカロニーノは面倒くさそうに目を通した。その顔が青ざめるに何の苦労も
必要なかった。マカロニーノの救いを求めるような視線が俺の目線とかち合う。今度はこっちが冷たい目で
見下ろす。全くこいつはトラットリアの料理人のほうが性に合っているのではないかと思う。デリバリーの
胸焼けのするようなピザは少なくとも焼かないだろう。
「探偵、俺はここまで陰湿に恨まれているのか」
「否定はしない。だが今回は違う。言っておくがそれはお前宛じゃない」
「どういうことだ」
どうもこうもなく、宛先がヨハネというだけの事だ。マカロニーノは敵意が自分にだけ向くものと勘違い
しているようだ。救いようのない悪人は、得てして自分の罪業には無関心なものだが。
被害妄想の塊になったマカロニーノにヨハネのお守りを任せることにして、俺は車に向かった。
ありがたい神の御言葉をノイローゼ患者のうわごとの様に唱えているヨハネの声を段々小さく聞きながら
思う。知っている事と知らないでいる事はどちらが幸せなのだろうと。
答えは知っていた。どちらも碌なことになりはしないのだ。
*
「そろそろ来る頃だと思ったよ」
「帰ってシャワーでも浴びたいところだが、生憎と水道も止められていてね」
「君が失業するほうが世の中にとってどれだけ幸福だろうとつくづく思うよ」
「それはお互い様だ。せいぜい殺されない程度に嫌われることにするよ」
「こちらに余計な仕事を増やしてくれないならそれでも良いよ。まあ、無理だろうけど」
「だろうな」
聞き込み捜査から帰ってきたクーロイを捕まえたのはその日の夕方だった。相変わらずこの黒んぼは疲れた
顔をしていて、俺の顔を見た途端にその顔色に嫌悪感が加わった。ささやかな暮らしを誰にも邪魔されたく
ないのだろう。安月給にも重労働にも何一つ文句を言わず、真面目に労働している。最も、不平の一つでも
漏らせばたちまち捨石にされ、運が良くて路頭に迷う羽目になる。悪ければ本当に捨石みたいなものになる。
「大体の用件はわかっている筈だ。」
「首を突っ込みたくはないんだがね。残念ながら察しはつくよ。」
「察しがつかなけりゃ気付かせてやるだけだ。どうせお互い選択肢なんてないんだよクーロイ」
「同感だな」
相変わらずオーシャンブルーの色が目障りなエシュロンの封筒の中を開けると、珍しくノーラッド探偵社の
報告書が混ざっていた。
「巣穴の狼も噛み付いているのか?」
「さあ、見る権限のない書類は見ない主義なんでね。何が書いているかなんてわからないんだ」
「学校でもう少し読み書きを勉強するべきだったなクーロイ」
「なに、後悔はしていないよ」
クーロイの言葉を杓子定規に捉えるほどいい人生は送っていない。内容のヤバさ加減が奴にこんな言葉を
奴に呟かせるのだ。今ここで踏み込まれれば、全ての罪を俺にかぶせるために。
男は結婚して家庭を持つとここまで姑息になるらしい。封筒に書類を仕舞い、踵を返すと無言で立ち去る。
クーロイは酸性雨に洗われた彫像のように立ち尽くして見送っている。問題は二人ともコートのポケットに
右手を突っ込んでいるということだ。それがお互いの礼儀であると同時に、乱入する連中への備えでもあった。
最も、クーロイの最初の一発が闖入者にむけられる保障はどこにもない。
乾いた足音を響かせてドアにたどり着くと、クーロイはにやりと笑って闇に消えた。工場脇のドラム缶に
たまった廃油みたいにべとついた笑い方だった。
車に戻って封筒の中身に目を通す。目当てのレポートを探り出すと、他のものは後部座席に放り投げて車を
スタートさせた。エンジンは4回目でやっとかかった。
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