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第1280話 無名戦士 投稿日: 02/11/12 06:16 ID:AxrBHNNl
「わしは鷲である。」

ビシッ!バシッ!バキッ!
早く目を覚ましてしまったウヨ君、まだ日も昇らないうちから訓練をしています。
素早く繰り出される木刀が、藁束を激しく叩く音が響く。
バン!バン!ズバシッ!
いつもより随分力が入っています。ですが、その表情は冴えません。
修行に集中できず、いくつものことが頭を駆け巡ります。
さらわれた猫、帰ってきたけどどこかおどおどして変な猫とその子猫、
死んでしまった猫、半泣きになりながらも必死に取り返そうとしている姉のニホン、
相変わらずのカンコ君チューゴ君、改革案もなかなか効果が出ず焦るシシローおじさん、借金の返済に四苦八苦するニホンパパ・・・・・・
バシン、バァン!!
・・・強く叩きすぎ、反動で木刀がウヨ君の手から跳んでしまいました。からからと硬質の音を立てて転がる木刀。
その横に、ウヨ君は大の字になってごろっと倒れこみました。
広げた掌、練習のし過ぎで敗れた皮膚から、血が滲んでいます。
そして、同時に。ウヨ君の黒い瞳にも、涙が滲みました。
「俺・・・・・・無力だなぁ・・・なさけねぇよ・・・畜生・・・」
「無力を嘆くより、することがあるだろう。」
「!?」

(続き)
唐突に、かけられた声。慌てて起き上がったウヨ君は、見ました。傍らにいつのまにか大きな鷲が止まっているのを。
いや、正確には人でした。鷲の羽のようなマントを羽織っていたので、そう見えたのです。オールバックにまとめた髪と小さな丸眼鏡、僅かに垂れた前髪が虫の触角のようにも見えます。
「ウヨ、逆境に慣れろ。再び立ち直るときのために、そのための気迫を保持しておくこと、それがお前の役目のはずだ。」
向き直ると、真正面からウヨの顔を見据えて、そのおじさんは言いました。見ようによっては態度がでかいように見えますが、ウヨ君はむしろそれに誠実さを感じました。こそこそは、していません。
「・・・おじさんは、誰?」
「わしはわしである。名前はまだない。」
少し寂しそうに、そのおじさんは言いました。
薄暮の中、淡々と二人は言葉を交えます。

「成長するのだ、ウヨ。お前にはそれが出来る、若いからだ。私も・・・昔はそうだった。昔は君のパパとも喧嘩をした。
ひょっとしたら将来、お前とも戦うかもしれない。だが今は違う。それに、喧嘩をした中で分かり合った人たちもいた。友となった人も、わしを支持してくれた人も。
ウヨ、強くなれ。戦うことの重さと尊さを知れ。傷つく覚悟、傷つける覚悟。それら全てを背負ってこそ、初めて戦う権利が生まれる。」

「でも、いくら俺が強くなっても、うちの状況自体は変わらないじゃないか。近所付き合いを一日でも欠けば食べ物も燃料もなくなる、今じゃお金もなくなりつつあるうちの状況。

「地球町はパワーバランスの上に成り立っている。プライドと力による駆け引きと押し合いだ。それをするのに必要な強さを、お前は持っている。だからお前がしっかり姉を押す必要があるのだ」

「姉さんはそのうち、俺のことを必要としなくなるかもしれない。それは、嬉しいこと。でも、どこか悲しいんだ。」

「安心しろ、人生はそんな楽なものじゃない。また、忙しくなる。地球町の歴史の中で、何度も、何度も繰り返されてきたことだ。ニホン家だけではなく、あちこちで。」

(続き)
・・・・・・・・・
しばらくして、会話は自然に終わりました。
「では、さらばだ。」
ばさり。立ち上がったおじさんの鷲の羽根のマントが翻ります。まるで大きな羽のように。
そのとき、朝の光がさしてきました。それを背負う格好になったおじさんの姿が、金色に輝きます。
その姿を見てウヨ君は、昔読んだ話に出てくる先祖のジンムに勝利をもたらしたという黄金の鳥を思い出しました。今、目の前で黄金の翼が輝いています。
まっすぐ、おじさんは歩いていきました。
ウヨ君も立ち上がり、血のついた掌を気にも留めずにひょいと木刀を持ち上げました。
そろそろ、お母さん達もおきてくる。姉も起こさねばならない。
「うん・・・がんばるぞっ!」
元気を取り戻し、ウヨ君は叫びました。


解説 無名戦士 投稿日: 02/11/12 06:22 ID:AxrBHNNl
(あとがき)
無名戦士です、どうも。前回の、「宣戦布告」の続編的時間軸ですが、話にあまりつながりは無いかも。
モトネタは言わずと知れていると思います。文豪の小説と、さる論客漫画家です
(あの人は「わしはあくまで右翼ではない」と自称していますが、キャラクターとしてのウヨ君とは話が合わないわけではなさそう。何よりあの人は「この戦いは今が分水嶺」と、若人の教育に熱心です)。
漫画家氏の正体のヒントは「わし」という一人称。
・・・口調がぜんぜん似ていないケド(大汗)
あと、ちょい前にあったウヨ君のキャラクターについての論争への、私の答えでもあります。
良いところも、悪いとこともある。成功もするが、失敗もする。限界もあるし、まだまだ若い。でも、がんばっている。
血肉のある、普通の人間として、ウヨ君は描かれているではありませんか。それは皆様のたゆまぬ相互研鑽の賜物であり、この「ニホンちゃん」の多様性と豊穣さを物語るものだと思います。
常に高めあい、がんばりましょう、皆さん。

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