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第1342話 KAMON ◆9awzJSYC0I 投稿日: 02/12/18 01:52 ID:4oBHVg4S
「エリザベス外伝 その3:復活」

(前回までのあらすじ)
過酷な受験競争を乗り越えて帝国主義幼稚園に入学したエリザベスちゃん。
進級試験でゲルマッハ君に勝利したのち、受験ノイローゼになり何事にも無気力になってしまいました。

ビクトリアおばあちゃんは持病が悪化して構ってやれず、
お父さんはエリザベスちゃんに媚びるばかり。
そうした中、彼女は次の試験でゲルマッハ君に大負けし、単位を落としてしまいます。
何とか卒業し、受験戦争とは無縁の地球町小学校に入学してからも、
彼女の怠け癖は収まらないばかりか、遅ればせながら反抗期が始まってしまう始末。
そんな現状を打開しようとしていたのは、エリザベスちゃんのお母さんだけでした・・・。
「酷いですわ! お母様!」
「酷くない! 今までが甘やかしすぎだったの!」
「育ち盛りの子供からミルクを取り上げるなんて、酷すぎますわ!」
「飲むなとは言ってないでしょう。 これからは自分でミルク代を出しなさいと言ってるのです」

エリザベスちゃん、ものすごい剣幕でお母さんに食ってかかっています。
彼女のミルク代は、今まですべてお父さんに出してもらっていたのですが、
それをお母さんが強引にうち切ったのです。

「鬼! 悪魔! 人でなし! You're a milk snatcher!」
小学校低学年の乏しすぎる語彙力で能う限りの罵倒をするエリザベスちゃん。
しかし、お母さんは耳を貸しません。
「大体、あなたのミルク代、一体どこから来てると思ってるのよ!
いつまでも親のすねかじってるんじゃない!」

最近は、お父さんも仕事で忙しく、エリザベスちゃんに構ってくれません。
とうとう、ミルクばかりでなく、ほとんど何も買ってもらえなくなりました。
これからは、数少ないお小遣いをやりくりしてものを買わなければなりません。
もう漫画も読めません。ゲーセンにも行けません。
「1ヶ月3£(約600円)なんて少なすぎますわ! お母様ったら何を考えているのかしら!」
エリザベスちゃんは、砕け散った貯金箱のかけらと雀の涙ほどのペニーを前に頭を抱えていました。
「これは、断固お母様に抗議しないと!」

本来の上品さは何処へやら、鼻の穴を思いっきりふくらませ、
お母さんの部屋へのっしのっしと歩いていくエリザベスちゃん。
部屋のドアを少し開け、中の様子を見てみます。

中では、お母さんが、一生懸命封筒貼りの内職をしていました。
部屋にある膨大な書物、部屋の半分を占有していた巨大なコンピューター、そんなものには軒並み「差押ゑ」の札が。
エリザベスちゃんはなんだか文句を言う気が失せてしまい、静かにドアを閉めました。

次は、お父さんの部屋に行きました。
「・・・いえ、ですからあと5日だけ待ってもらえませんか?」
「あと5日あればお金が入ってくるのです」
電話越しに、必死にサラ金業者に頭を下げているお父さん。
最後に、ビクトリアおばあちゃんの所へ行きました。
ベッドに横たわったおばあちゃんが執事のセバスチャンとなにやら話しています。
「大奥様、お茶のご用意が出来ました。」
「ご苦労。・・・つっ!」
身を起こしたおばあちゃんが、腰の痛みに顔を歪めます。

「ご無理をなさってはいけません・・・」
セバスチャンがあわてて止めます。
「あいたたた・・・歳は取りたくないものだねえ。
・・・ときにセバスチャン。エリザベスのことだが・・・」
「お嬢様は最近ご機嫌斜めでいらっしゃるようですが・・・」
「私ももう長くない。我がブリテン家もここまで没落してしまえばそなたももう長くは雇えまい。
息子夫婦が今、家を建て直そうと必死だが、あのどら息子は孫を甘やかすだけ甘やかしおった。私の亡き後、あの子がどうなるかだけが気がかりで、私は死んでも死にきれないよ・・・」
「そんな、縁起でもないことをいうものではありません。」
「いや、私には分かる。何せ自分の体だからねえ・・・」
今はもう埃まみれになってしまった巨大な扉の陰で、
エリザベスちゃんはそれらの会話をうつむいて聞いていました。
頭の中を、おばあちゃんとの思い出が駆けめぐっていきます。
今までは、厳しくて恐ろしくて小うるさいというイメージしかありませんでしたが、いざ、彼女の死が頭によぎると、おばあちゃんとの楽しい思い出も結構出てきます。

出来ない時は鬼のように恐ろしいおばあちゃんも、上手にバイエルをこなせた時は褒めてくれました。
厳しいレッスンのあとのお茶の時間、スコーンを少し分けてくれたこともありました。
どんなにエリザベスちゃんが荒れても、怒鳴りつけることはあっても、決して突き放すことはありませんでした。

そうやって少しずつ蓄積してくれたものを、今の自分は食いつぶそうと、台無しにしようとしている。
見渡せば、家はこんなに荒んでいるのに、自分さえよければいい、自分一人遊んでたって今のグレートブリテン家は永遠に安泰だと無反省に思いこんでいた。

今、それらが全て幻だと分かってしまった。
自分こそがしっかりしなきゃいけないのに。
自分と来たら、たった数£のお小遣いの値上げに、下品にも鼻の穴をふくらませていた。

おばあちゃんが死んだら、殺したのは自分だ。
お父さんやお母さんが今の境遇に追いやられたのは、全部自分の所為だ。

そう思うと、今まで無駄にしてきた数年間が悔やまれて悔やまれて、
人一倍プライドだけは高かったエリザベスちゃんが、涙と鼻水で扉を濡らしました。
その拍子に、半開きになっていた扉が勢いよく開いてしまいました。
「・・・何奴!」
破れても小袖、昔取った杵柄とは言ったもので、
ビクトリアさんは、かつての戦いで鍛えられた五感を音のした方へ向けました。

・・・が、物音の主が分かると、すぐに肩の力を抜きました。
「・・・なんだ、エリザベスか。」

扉の向こうでエリザベスちゃんは、両の拳を固く握りしめ、歯を食いしばって必死で涙をこらえていましたが、それでも幼い彼女に、大粒の涙が止めどなく溢れてくるのを止められるはずもありません。

「・・・どうした、またお母さんにでも叱られたかえ?」
ビクトリアさんは、あくまでも皮肉を込めて---しかしあくまでも優しくおおらかに---微笑みかけました。
「うわああああああああああああ!」
その途端、エリザベスちゃんが今まで押さえようとしていたものが堰を切ったようにどっと溢れていきました。

「お祖母様! エリーは悪い子でした! これからはちゃんと学校に行きます! 勉強もします! 無駄遣いしません! だから・・・だから・・・」
おばあちゃんに飛びついて泣きじゃくるエリザベスちゃんを、ビクトリアさんはそっと抱きしめました。
「・・・そう言えば、そんなこともありましたわね。」
遅すぎる紅葉で真っ赤に染まった12月の並木道を、エリザベスちゃんは車いすを押してビクトリアさんの昔話を聞きながら歩いていきます。
「今考えると、気難しかったあの時も決して無駄ではなかったのかも知れぬ。怠惰の後の挫折や苦悩を知らぬ儘では、人は、時の、人の流れに、流されてしまうものだから・・・」
ビクトリアさんが低い声でつぶやきました。

その時、向こうから、がっくりと肩を落としたニホンちゃんが歩いてきました。エリザベスちゃんが車いすを止め、優雅に顔を上げます。
「あら、ニホンちゃん、どういたしまして?」
「うん、最近、何をやってもうまくいかなくて・・・。
あんまり成績が上がらないし、お父さんは事業に失敗するし、キッチョム君は猫を帰してくれないし、アメリー君はイラク君との喧嘩に協力しろってしつこいし、カンコ君は相変わらずだし・・・」
「あそこもいろいろ大変ですわね・・・」
「本当はこんな事思っちゃいけないけど、いっそのこと何もかも投げ出してしまえば楽になるんじゃないか・・・っていつも思うよ。」
ワンサイクル早いとはいえ、同じような鬱状態を経験しているエリザベスちゃんは、人ごとではなく聞いていました。
その時、ビクトリアさんが顔を上げ、いつもの低い声ではなく、嗄れているとはいえ若かりし頃のような凛とした張りのある声で、ニホンちゃんを見据えて話し始めました。
「そなた・・・日ノ本さくらとか言うたな? どれ、顔をお見せ・・・
・・・ほう、よく似ておる」
ニホンちゃんは、ビクトリアさんと目が合いました。
彼女の目は、何十年も見ていなかった懐かしいものを見るように、暖かい眼差しを放っていました。

「そなたは何事にも一生懸命すぎる。それは大いによいことだが、時にそれに疲れ、自暴自棄になってしまうこともあろう。
だが、それを決して他人に見せてはならぬ。
泣きたい時は自分の部屋の中で大いに泣くがよい。」

「今は只辛いだけだろうが、そこさえ乗り切れば、そなたは女として、いや人間として大きく成長できるであろう。
はったりで構わないから、胸を張り、前を見据えて生きよ。
そなたは私が見初めた男(ひと)の血を引くもの、矢張り私の見る目に狂いはない。そなたはきっと美しい女になれるはず。」
「はあ・・・」
古典的な英語を含んだ言い回しは、ニホンちゃんにはさっぱり分からず、ただ彼女の貫禄に圧倒されるしかありませんでした。
「・・・そなたはまだ若い。いつか分かる日も来よう。エリザベス、帰るぞえ。」
「・・・はい、お祖母様。」
エリザベスちゃんは優雅に一礼すると、ビクトリアさんの乗った車いすを押して元来た道を引き返していきました。

「ああ! 姉さん、こんな所に! 随分探したよ」
一人ぽつんと取り残されたニホンちゃんを、ウヨ君が見つけて駆け寄ってきました。
「何やってたんだよ姉さん・・・ あれ?」
ウヨ君は、彼女の視線の先を見やり、小さくなっていく影を見つけました。
「あれは・・・エリザベスさんとビクトリアさん・・・
どうしたの? 何か言われたの?」
「うーん・・・難しすぎてよく分からなかった。ただ・・・」
「ただ?」
「ビクトリアさん、あの人も、今の私と同じ事で悩んでいたことがあるのかも知れない・・・」
「そうか・・・そんなことより姉さん、早く帰ろう! 母さんが心配してるよ!」
「・・・うん!」
だんだんと傾いていく夕日に向かって、ニホンちゃんは、ウヨ君に先導されながら我が家へと走っていきました。

解説 KAMON ◆9awzJSYC0I 投稿日: 02/12/18 02:33 ID:4oBHVg4S
KAMONです。
だいぶ遅くなりましたが、「エリザベス外伝」の最終話です。

お母さんのモデルは、「鉄の女」、保守党のマーガレット・サッチャー首相です。
彼女は、「イギリス病」と比喩されたイギリスの先の見えない不況を、
国民の国に対する意識が低いからであると原因づけ、
小学校へのミルク配給の廃止など、ダメージの低く目立つ福祉政策を切り捨てることにより、
"Mrs. Thatcher, a milk snatcher"(サッチャー女史はミルク泥棒だ!)とののしられながらも
民意を国へと向けさせました。

また、ここでは載せ損ねましたが、労働者の度重なるストを、
権謀術数に長けた戦略で鎮圧したことなどでも知られます。

このような政策で、イギリスの不況はあれよあれよという間に回復していったのでした。

俺は、現在の日本の不況も、この「イギリス病」によるものなのではないかと思っています。
平和憲法さえあれば日本の平和はいつまでもつづくと思いこみ、
若者はこの国に対するヴィジョンを見失い、自分さえ楽しければそれでいいと、
世界一の貯蓄率の上に胡座をかいて親の借金を食いつぶすことしか考えない。

この話は、現在の日本の、先の見えない不況を打破するヒントであるとともに、
これから受験を控えた自分への喝の意味も込めて書きました。

長々と最後までおつきあいいただき、ありがとうございました。

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