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第1377話 KAMON@センターマン ◆9awzJSYC0I 投稿日: 03/01/17 21:23 ID:LePdC6tW
「抗えぬ力 その1:予感と恐怖と」

1月中旬、日ノ本家では早朝ものすごく冷え込む時。
その日、ウヨ君はどういうわけか目が冴えて、
まだ夜も明け切らぬうちに起きて竹刀の素振りをしていました。

「面! 胴! ・・・しかし・・・この言いしれぬ予感は何だろう・・・」
ウヨ君は、薄々感じ取っていました。

竹刀では間に合わぬ。いや、日ノ本家の防衛システムの粋を尽くしてもどうにもならない。
日ノ本家に潜む「悪魔」。その正体を、彼はまだ知るよしもなかったけれども。

「あれ? ウヨ、もう起きてたの?」
縁側から呼ぶ声に振り返ると、寝間着姿のニホンちゃんがこっちを見ていました。
空はいつしか暗闇からダークブルーに変わっていました。
が、いつもウヨ君が揺すって叩いてめざましと一緒に愛国行進曲を歌い出すまで起きないニホンちゃん。
しかも冬場とあっては、彼女が起きることは通常あり得ない時間でした。

「どうしたの? 姉さん、今日はやけに早いね?」
「うん・・・なんか目が冴えちゃって。ちょっとシャワー浴びてくるね。」
「いつもこうだといいんだけど。」
ウヨ君の皮肉には答えず、ニホンちゃんはまだ冷たい板張りの渡り廊下を歩いていきました。
浴室は、離れにあります。
ニホンちゃんは「長崎の間」に入ると、浴室には行かずボイラー室をのぞき込みました。

この湯沸し器「うんぜん」を初めとして、日ノ本家にはいくつかの湯沸し器があります。
自然の力を利用するので経済的だし、これで沸かしたお風呂には薬効があり、美容にも良いと地球町の女性陣には好評ですが、ニホンちゃんはこの湯沸し器にトラウマがあります。

日ノ本家の湯沸し器は、時たま暴走して大爆発を起こす事があります。
この「うんぜん」も、ニホンちゃんが小さい頃に大爆発を起こし、丁度お風呂に入っていた彼女が被弾しました。
一度も暴走したことがない湯沸し器も、いつか暴走する運命を孕んでいるので、日ノ本家の人たちは湯沸し器がいつ爆発するか戦々兢々です。

ニホンちゃんはボイラー室を出て、脱衣所の戸を閉めると、褞袍を脱ぎ、寝間着の前をはだけました。
そしてズボンを踝の所まで下げたところで、彼女の手がぴたっと止まりました。

彼女の踝に深く刻み込まれたケロイド状の火傷の痕。
あの湯沸し器「うんぜん」が暴走した時、被弾した痕でした。

アメリー君に苛められた時につけられたケロイドは、背中にあるので普段は見なくて済みます。
が、これだけは、お風呂に入るたびに、否が応でも直視しなければなりません。
ある程度の覚悟が出来ている喧嘩の時とは違い、いつ襲ってくるか分からないものへの恐怖におびえながら。
全裸になったニホンちゃんは、シャワーの蛇口をひねり、体と髪を潤すと、シャンプー液を手に取り、髪を洗い始めました。彼女の緑なす黒髪が真っ白な泡で埋め尽くされていきます。
自慢のさらさらの髪を、乱暴にかき回すと、泡も濯がずに体を洗い始めました。
半ば自棄になって、3つの火傷の痕を、特にあの忌々しい踝の傷を、何度も何度も擦りました。

・・・無駄だって分かってるのに。
右腕が痛くなるほど傷跡を擦ったニホンちゃんは、タオルを放り出し、その場に座り込んでしまいました。

気を取り直すと、ニホンちゃんは再びシャワーの蛇口をひねって、石鹸の泡を洗い流しました。
まとわりついていた泡が次々に排水溝へと消えていきます。
・・・この恐怖心も一緒に洗い流してくれればいいのに。
ニホンちゃんは、声を殺して泣きました。誰にも聞こえないように、シャワーを出しっぱなしにして。
「ふんっ! はあ!」
一方、ウヨ君は、依然竹刀の素振りをしていました。
が、それはニッテイさん直伝の澄んだ構えではなく、やたら滅法、縦横十文字に振り回しているだけでした。

「うんぜん」の暴走を、ウヨ君は覚えていません。彼女が今そのトラウマと闘っていることも知りません。
が、迫り来る恐怖との闘いに彼をかき立てる確実な何かがありました。
絶対に自分が敵わない、強大な力と対峙する。それは、まだ若い彼には重すぎるものでした。

ふと聞こえた水音で、ウヨ君は我に返りました。
汗をぬぐい、目をやると、そこには1匹のナマズがいました。
「・・・なんだまたお前か。」

いつしか日ノ本家の池に住み着いた、水の主。
お父さんもお母さんも、そしてニッテイさんも生前、このナマズをとても大事にしていました。
ナマズを苛めると祟りがある。ニッテイさんは生前そう何度も口にしていました。
ウヨ君もこのナマズを親に倣い大事にしていましたが、
祟りなんか迷信呼ばわりして気にもしていませんでした。

「・・・こんな奴が祟りなんて・・・ねえ・・・」
グロテスクなようで剽軽な顔の奴。
普段は鼻で笑って見下していたナマズを、今朝はこんなにも畏れているなんて・・・。

そんなことを考えていると、ナマズが大きく跳ねました。
結構大きな種類のナマズで、跳ねた途端にウヨ君の服に水飛沫がかかります。
「うわっ、冷たっ!! 何するんだよもう・・・」
ウヨ君がかかった水をタオルで拭き、今度は努めて冷静に、上段の構えから一振り二振りし始めました。
「面、小手・・・うわあああああ!」
突然、天地が逆転したかと思いました。
地鳴りのような大音響と共に、トランポリンで飛び跳ねているような巨大な縦揺れが襲ってきました。
ウヨ君は、途端に足がもつれて転倒してしまいました。

あまりの揺れに起きあがることも出来ません。
とりあえず、落下物の来そうな所を避け、縁の下に這って潜り込もうとしました。

その時。この揺れの中、ニホンちゃんが渡り廊下を駆けて来るではありませんか。
「うあ、あ、ああああああああ!」
奇声を上げ、滑って転んではまた起きあがり、とにかく長崎の間から遠ざかろうとしているようでした。
そうとうパニックを起こしているようで、一糸まとわぬ姿で飛び出してきていました。

「ちょっ、姉さん! 何やって・・・」
「ああああああああ、やあああああ!」
ニホンちゃんはウヨ君を視界に確認すると、素っ裸のままウヨ君に抱きついて大泣きしました。
何も着けていない胸がウヨ君の顔に押しつけられます。
「か・・・・姉さん、落ち着いてよ! いつもの姉さんらしくないじゃないか!」
ウヨ君が真っ赤になってニホンちゃんを引き離しますが、彼女の錯乱状態はまだ止みません。
更に次の瞬間。
どっごおおおおおん!
耳を劈く大音響と共に、家の一角が崩れました。
振り返ると、長い伝統と最新の技術に裏付けられた名家が、一部瓦礫の山となっていました。
崩れたのは丁度「神戸の間」のあたり。

「ん? 神戸の間・・・?」
ウヨ君は少し考え、そして気付きました。
「そうだ! 父さん! 母さん!」

To be continued...

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