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第1502話 ナナッシィ 投稿日: 03/05/01 23:56 ID:oo02qxhk
「すべての友のためにきっと明日は来るから。」

抜けるように澄んだ青空の下、ニホンちゃんは暗く沈んだ表情で俯いたまま歩いていました。
視線の先では前を行く少年の踵が、砂上に浅い足跡を刻んでいます。
それより上には、数え切れない火傷や何重にも巻かれた包帯が顔を覗かせており、
ニホンちゃんは必死にそれらから目を背けていました。
視界の端に映る蜃気楼も、少し前まで建物であったものの亡骸を滲んだ幻に変えてくれています。
しかし、それも彼女にとっては、大した慰めにはなりませんでした。

ニホンちゃんは、イラク君の家を訪れていました。
アメリー君の指揮の下、イラク君の家の建て直しが始まっており、
ニホンちゃんもその協力を要請されていたのです。
ニホンちゃんを出迎えたイラク君は、一言も言葉を発しないまま彼女を先導していました。
自分が借りていた部屋を見たいというニホンちゃんの言葉にも
イラク君は返事らしい返事をしてくれませんでした。

喧嘩がどういうものか、自らの経験も踏まえ、十分に知っているつもりでした。
だから、アメリー君の応援をすると決めた時、その覚悟もしました。
「どのような結果になろうとも、自らの責任を果たし、その責めも負う」と。
しかし、山のように積まれた瓦礫や、未だ燻るロケット花火の煙を目の当たりにして、
自らの決断に対し、言いようもない恐怖感が生まれてきました。
もちろん、ニホンちゃんにも言い分はあります。
ですが、そんな彼女の胸の内とは無関係に横たわる冷然たる現実が、
いかなる反論もただの詭弁にしかならないのではないか、そんな思いに彼女をさせるのです。
(イラク君・・・・私のこと、嫌ってないかな・・・・ううん、きっと嫌ってる・・・・
 ・・・・・だって、私・・・・・・だから・・・・・さっきから、全然喋ってくれないんだ・・・・・)

二人は無言のまま歩みを続け、玄関から建物の中に入りました。
その足は、ニホンちゃんがイラク君の家に間借りしている部屋に向かっています。
途中、クラスメートが借りていた部屋も幾つか通り過ぎましたが、
その多くが先の喧嘩の流れロケット花火に多かれ少なかれ被害を受けていました。

(・・・・・きっと、私が借りていた部屋も・・・・・)

それも、覚悟はしていた事でした。
深い諦観を胸にしたまま、ニホンちゃんはイラク君についていきます。
と、不意にイラク君の足が止まり、
ぼうっとついて来ていたニホンちゃんが驚いてつんのめりました。
「な、なに?」
「何ってなんだよ? お前の部屋はここだろ」
慌ててイラク君が指差すところを見れば、「ニホン」と書いた表札がありました。
「・・・・・・・・そ、そう、ね」
この日初めて聞いたイラク君の声は、ひどくぶっきらぼうでした。
聞き様によっては、かなり不機嫌な印象を受けます。
ニホンちゃんはイラク君の顔色を伺いながら、恐る恐る部屋のドアに手をかけました。
そして・・・・

「・・・・・・・・・・・・・・・え?」
大きな窓は全開に開け放たれ、太陽の日差しが足元まで広がっており、
部屋全体の様子を明るく照らし出していました。
床や壁には、多少の埃は積もっているものの、焼け跡らしい焼け跡は一つもありません。
預けていた家具やパソコンなどの品物も、そのほとんどが無傷で残っています。
そして、窓の縁から蒼空を貫き、砂上の風にも力強くはためいていたのは、

「・・・・・・・私の・・・・家の・・・・旗・・・・・・」

いつの間にか、ニホンちゃんは旗の側まで歩み寄っていました。
そしてゆっくり、夢でも見ているかのような表情で、イラク君を振り向きました。

「・・・・・・これ・・・・は?」

イラク君はそっぽを向きながら、赤くなった頬をぽりぽりと掻いています。
それでも感じるニホンちゃんの視線に、とても不器用に口元を歪めた笑顔を見せました。

「・・・・一応、守った・・・だって・・・家の旗は、誰にとっても一番大切な物だろ? 
 燃えたりしたら、その・・・お前が・・・・・・悲しむかと・・・・思って・・・さ・・・・」 

答えは、それだけで十分でした。
ニホンちゃんの唇はへの字に曲がり、その大きな瞳を涙が潤ませてゆきます。

(・・・・私達は・・・・私達は、まだ繋がっている・・・・!)
胸の奥にきつく締められていた栓が一気に外れ、溢れ出す感情の奔流が
涙となってぽろぽろと彼女の頬から零れ落ちていきました。
イラク君の顔が一気に引きつります。

「ぬわぁ! お、おい、いきなり泣くな!」
「うぅ・・・・ヒック・・・ごめんね・・・・ごめんね・・・ヒック、イラク君・・・ご、ごめんね・・・ヒック・・・」
「な、なあ、謝られる事なんて、俺は・・・・何も・・・・これだって当然の事しただけであって・・・」
「・・・・私・・・私、イラク君に・・・ヒック、イラク君に嫌われ、ちゃったと思ってたの・・・ごめんね・・・」

しゃがみこんで顔を両手で覆いながら嗚咽を漏らすニホンちゃんに、
イラク君は情けなくあたふたするばかり。その時でした。

「こら〜〜! イラクどういうことニダ〜〜〜!! どうしてウリの部屋がボロボロに・・・・
 ファッビョ〜ン!! どうしてニホンの部屋だけ奇麗ニダ! ミンジョク差別ニダ〜〜〜〜!!
(し、しかも、なじぇニホンが泣きながらイラクに謝罪しているニダ!?
 なんだか癇癪とかいろいろ良く分かんないのが腹の底から突き上がって来るニダ! 
 ニホンを謝罪させるのはウリの専売特許ニダ! 何人たりともウリ以外には謝罪させないニダ!)」

カンコ君は到着早々火病を発症していましたが、ニホンちゃんとイラク君の姿を見て、
なんだか酷く屈折した感情に脳髄まで支配されてしまいます。火病ゲージMAXです。
そしてあろうことか、脊髄反射的に燃したくなるアレが目に留まってしまいました。

「シッパル〜〜〜!!!」

100ウォンライター片手に、日の丸に向かってウリまっしぐらのカンコ君! 
しかし、その目的は永遠に達成される事はありませんでした。

  『バッコ〜〜〜ン!!』

「アイゴ〜〜〜〜〜!!!」
「やらせはせん! やらせはせんぞぉぉぉぉ!!」
「イ、イラク君?」

誰かが乗り移ったかのようなイラク君の鉄拳によって、ドアの外まで吹き飛ばされたカンコ君。
その着地地点には、ほっそりと白く伸びた二本の足がありました。
その足の主は不敵な笑みを浮かべながら、イラク君を見つめています。

「・・・ふふ、あの時もあなた、そんな怖い顔してこの部屋を守ってたわね・・・
 自分に火の粉が降りかかるのも、ものともしないで・・・何か、特別な感情があるのではなくて?」
「・・・・エリザベス・・・・てめぇ・・・それ以上・・・・」
「あら怖い。それでは、お邪魔虫は退散しましょう。ほらあなたも・・・・・」

エリザベスちゃんは足元に転がるカンコ君に目をやりました。
で、見ればカンコ君、エリザベスちゃんのスカートの中身にハァハァ。
その顔を無言で4・5回ヒールで踏みつけると、カンコ君の首根っこを掴んで引きずっていきました。
「ほら、さっさと後片付け手伝いなさい! 遅れてきた分取り返してもらうわよ!
 ・・・・・・・・・・ああ、でも、そう言えば、貴方の部屋に誤爆したの私だったのかしらねぇ?」
「・・・・・・・アイゴー・・・・・・・」
どたばたと廊下を去ってゆく音が響き、ニホンちゃんとイラク君は呆気に取られたまま、
部屋にぽつんと取り残されてしまいました。
僅かな沈黙の後、イラク君はおもむろに出入り口まで歩き出します。
反射的に何か声を掛けようとしたニホンちゃんが口を開く前に、
イラク君が向こうを向いたまま言いました。

「さ、さっきの続きだけどなあ、あのな・・・・俺は、あー・・・・・お前の事、嫌いじゃ・・・ないぜ・・・・」

恐る恐る振り返りながら、ぎこちない笑顔を作るイラク君。
それを見て暫しキョトンとしていたニホンちゃんも、
涙でくしゃくしゃになっていた顔でニッコリと笑顔を返しました。
それに対し、今度はイラク君が安堵したような自然な表情を浮かべ

「や、やってもらうことはたくさんあるんだからな! 準備が出来たら、とっとと来いよ!」

と言って元気よく部屋から出て行きました。
その後ろ姿を見て、ニホンちゃんは僅かに微笑を浮かべ、袖口でごしごしと濡れた目元を擦りました。

(大丈夫、これからも大変かもしれないけど、彼ならきっとやっていける。それでも・・・・
 それでも、万が一時には、必ず私が助けに行く・・・そう・・・今度は、私が彼の盾になるんだ・・・!)

ニホンちゃんは少し赤くなった目元で、青空を見上げます。
風にはためく大きな日の丸が、少し笑ったような気がしました。

おしまい。

解説 ナナッシィ 投稿日: 03/05/02 00:12 ID:gDu2W2rl
べたなラブコメ調な上、脳内萌えな作品になってしまい酷く鬱なナナッシィです。
ソースは、イラク戦争中、日本大使館を死守したモナサルさん一家のお話。

“隣人”が守ってくれた日本大使館、近く復興へ
 ttp://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20030429-00000513-yom-int

まあ実際は戦闘による被害ではなく、暴徒化したイラク人から守ったのが正解なのですが、
それじゃあ、新キャラでも作らない限り作品に出来ないのでこういう形にしました。
で、ニホンちゃんのセリフには、私の思い入れが多かれ少なかれ入っていたりいなかったりしまふw

いやもっとも、私の駄作なんてどーでもいいのです。
このソースのお話だけで、東京ドーム一杯分でおなか一杯ご馳走様なのです。
特に、記事本文最後のセリフには(つД`)なのです。

『「私は15年間もここに住んでいる。大使館は大切な隣人。隣人を守るのはイラク人の務めだ」
 と誇らしげに語り、「我が家は日本人が大好きなんだ。みんなやさしいからね」とほほえんだ。』

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