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第1716話 その一 投稿日: 03/11/25 23:37 ID:VG4X1KTy
「木枯らしに抱かれて」
 今日も紫苑ちゃんはアラブ組の皆と喧嘩をしています。パレス=シナ君との喧嘩に彼等が助太刀
したからです。
 「おとといいらっしゃい」
 猛者怒で退け逃げ帰る彼等の背にこの言葉を浴びせました。整っている筈の彼女の顔はとても
荒んでしまっています。
 そんな彼女に誰も声をかけられません。何を言っても聞き入れないし彼女の家はこの町に不気味
な程隠然たる力があるのです。
 「私に言いたい事があるなら言えばいいのよ。聞くだけは聞いてあげるわ」
 本当は黒く翡翠の様に綺麗な瞳が赤くなっています。その光は本当に血で塗られたようです。
 「誰も言わないのね。どうせ私は一人で生きて一人で暮らしていくしかないのよ」
 眼は黒に戻りました。けれど暖かさの消えた暗く哀しい瞳です。
 「・・・・・・・・・」
 その瞳を見て皆何も言えません。彼女の家のこれまでの歴史を良く知っているからです。特に
欧州丁の皆は。彼等にその責任があるのですから。
 「紫苑ちゃん・・・・・・」
 ニホンちゃんはそんな彼女を見るのが嫌でした。何とか彼女のその荒んだ心を和やかなものに
してあげたいと考えていました。
 「けれどどうしたら・・・」
 どんな尊い教えも無駄です。彼女の家は一つの教え、モーゼの書のみを絶対としているのですから。
 
 その時ふと一冊の本が目に入りました。以前親戚のオタ君が彼女にくれた本です。
 「これは・・・」
 手に取りました。そして中にあるある人の言葉が目に入りました。
 「ひょっとしたら・・・・・・」
 ニホンちゃんはその本を持ちました。そして決心しました。
 今日も喧嘩を売りに来る相手以外は紫苑ちゃんに近寄りません。彼女は冷たい目
で周りを見ています。
 「紫苑ちゃん、ちょっといい?」
 ニホンちゃんが来ました。そして一冊の本を差し出しました。
 「・・・仮面ライダー?ニホンちゃんとこの特撮物ね」
 「うん、よかったら読んで」
 紫苑ちゃんは特に考えずその本を受け取りました。
「いいわ。私こういう話が好きなの。悪い奴を完膚なきまでやっつける話がね」
 笑いました。仮面の様に喜びの見られない表面だけの笑いでした。
 「・・・最後までじっくりと読んでね」
 そう言うとニホンちゃんは去っていきました。
 「・・・・・・貴女も・・・去っていくのね」
 紫苑ちゃんはポツリと言いました。寂しくて、哀しい黒い色の瞳でした。
 翌日の放課後紫苑ちゃんはニホンちゃんを呼びました。木の葉の散る公園の
片隅です。
 「本・・・読んでくれた」
 ニホンちゃんが尋ねます。
 「ええ、読んだわ」
 そう言うと本を出しました。
 「貴女の言いたい事は解かってるわ。最後の方のホンゴウって人の言葉でしょ」
 「ええ」
 紫苑ちゃんは口の端を歪めて笑いました。
 「お笑いね。『愛』ですって?愛や心が無ければ町は復讐と恨みに支配される
ですって?とんだジョークね」
 そう言って本をニホンちゃんに投げ返しました。
 「私の家の事書いてたわね。次なる子孫の為の大いなる愛って。そんな事
言ってるから貴女の家はあんなコメディアンにいいように言われるのよ」
 「紫苑ちゃん・・・」
 彼女の言葉はまだ続きます。
 「はっきり言わせてもらうけれどね、私は貴女のそうした甘ちゃんなところが
大嫌いなの。貴女みたいな事言ってたらうちじゃ今頃お葬式よ」
 「・・・・・・・・・」
 ニホンちゃんは何も言い返しません。紫苑ちゃんだけが激昂して言い立てます。
 「・・・・・・けれどね」
 紫苑ちゃんはふと言葉を止めました。
 「馬鹿にしないでよ・・・・・・。そんな事・・・私にだって解かっているのよ・・・・・・」
 紫苑ちゃんの瞳が急に滲んできました。
 「私だって好きで喧嘩ばかりしてるんじゃないのよ!この猛者怒だって生きていく為に、
もう二度とあての無い放浪の生活送らない為に身に着けたのよ!あんな奴等にいじめられる
のはもう沢山よ!」
 黒い鍵十字、鎌と金槌の紋章。彼等に受けた傷はまだ癒えないのです。
 「そして・・・やっと手に入ったおうちを守る為に・・・。私だって皆と仲良く笑って
暮らしていきたいわよ!」
 泣き出しました。涙が零れて彼女の整った白い頬を伝います。
 「パレス=シナだって、アラブ組だって言いたい事があるのは解かってるわ。けどね、
けどね、あのおうちが無くなるのは嫌なのよ!折角気の遠くなる程さまよって手に入れた
安住の家なのよ!」
 言葉と涙が止まりません。
 「もう喧嘩なんてしたくないわよ!けどどうしろっていうの!?あの家が無かったら私
は生きていく事が出来ない、またあんな奴等に怯える毎日はもう二度と嫌なのよ!」
 もうそれ以上言葉が出ませんでした。ただただ泣き続けるばかりです。
 「紫苑ちゃん・・・・・・」
 ニホンちゃんはそんな彼女をそっと両手で抱き包んであげました。振袖が濡れるのも
構わずに抱き締めました。二人の背に薄い茶色の木の葉が一枚、また一枚と落ちてきました。
そして紫苑ちゃんの震える肩をそっと暖めてあげました。

 

解説 名無しさん ◆O4x3A1GrPw 投稿日: 03/11/25 23:48 ID:VG4X1KTy
 パレスチナ問題です。今回はここを参考にしました。
ttp://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Desert/1670/
 ニホンちゃんが紫苑ちゃんに貸した本です。ここで藤岡弘、氏
の言葉に思うものあってこの作品を書きました。こうした心も
両国にもある筈ですし早く皆が笑えるようになれたらいいのですが。
ttp://www.kisousha.com/info/rider/
 藤岡氏の言われている事は理想論に過ぎないです。しかし愛を忘れたら
本当にどうしようもないのではないのでしょうか。
 国際風刺ならばこの問題は避けられません。あの地に真の安住が訪れる
その日まで。何時かあの地に住む全ての人達が笑って暮らせる日が来て欲しい、
紫苑ちゃんみたいな、パレス=シナ君みたいな悲しみはもう沢山です。
 北極星さん、地鎮祭面白かったですよ。

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