戻る
<<戻る
|
進む>>
第1727話
有閑工房 ◆WOaKOSQONw
投稿日: 03/12/18 19:45 ID:CmpPkCGP
『銀色のはるかな道』
空が、広い―――。
もう冬だというのに時々吹く風も柔らかに感じてしまう。
「あんまり来ることなかったけど、うちにもこんなに気持ちいところあったんだなあ…」
どこまでも穏やかな海、足元に打ち寄せる波の音、漆黒の水面、そして沈みゆく太陽…。
おじいちゃんの残されたアルバムを眺めていたとき、ここの写真が残ってた。時は
アメリー一家との大喧嘩の真っ最中、数で繰り出されて押されっ放しの状況の中で一矢
報いようと猛特訓をしていた頃の写真…。
負けられないプレッシャーと、もう勝てない絶望感の最中で撮った写真の数々。なのに
おじいちゃんはなぜだか笑っていて、とても優しい目をしている。それはまるで、私が
こうやって昔の写真を眺めているのを解っているかのようだ。
何だか無性にその場所に行ってみたくなり、今こうしてぼんやり海を眺める。ここは
そのおじいちゃんたちの苦しい記憶のあるところ。でもなぜだか景色はどこまでも静かで
優しい。まるでそんな事なんてなかったかのような、私を包む優しい世界。おじいちゃん
はいったいここで何を思い、何を見てたのだろうか。
「姉さん、まだいたの。」
振り返ると心配そうに私を見る武士の顔が茜色に染まっている。
「武士…。ここ、いい所だね。」
武士は無言だった。おじいちゃんが大好きで、お父さんやお母さんよりもおじいちゃん
のところにばかり居たがった弟だ。おじいちゃんの忘れ形見なんて言われてるくらいだから、
私みたいに感傷には浸れないかもしれない。
言葉なく海を見つめる武士は、この先に一体何を見ているのだろう。
「武士には何が見えるの。」
思わず私は声をかける。何だろう、この口から自然に滑り出す感覚は…。
「見えないよ。」
「そう…。」
「でもね、聞こえるんだ。」
「何が。」
「じいちゃんが言ってる。戦いたかったんじゃない、守りたかったんだって。」
「そうなんだ。」
「うん。」
よくわかる気がした。小さな頃から散々おじいちゃんの悪口ばかり聞いてきた。でも
おじいちゃんは大好きだった。おじいちゃんのことで泣かされて帰ってくる私を、優しく
抱っこしてくれるおじいちゃんが。
おじいちゃんは人の悪口には何一つ言い返さなかった。それは私から見ても歯痒い位
だった。
どうして黙ったままだったのかずっと悩んでいる。でも、ここにきて少しだけわかった
気もする。
『戦いたかったんじゃない。守りたかったんだ…。』
それは心の声。守りたかったから黙っていた。
どんな事にも、どんな言葉にも。
私たちの家全部が、悪者にならないために。
おじいちゃんが伝えたかった言葉は、私にも聞こえただろうか。そして私は、おじいちゃん
のようになれるんだろうか…。
黄昏がやがて去る。残照はとても寂しい。消え入る光は悲しみを誘う。私も武士もそれでも
水平線を眺め続け、寄せる波に耳を傾けた。
空にはいつか月が上がる。
月に照らされ水面が銀色に輝く。
光はどこまでも静かに世界を照らす。
一条の光の道は、どこに続いているのだろう。
それは本当にそこにあるとは思えない眺めだった。
心の中から、ささくれ立った想いを溶かし、満ち足りた気分にさせてくれるような…。
ただ見ているだけでなく、そこを進むことが出来れば、今度は何を感じ、何が見えるのだろう。
『私、こんな空想癖あったっけ。』
自分でもおかしく思いながら、傍らで魅入っている武士の手を取った。
「もう、帰ろっか。」
おしまい
解説
有閑工房ト・ト・ト ◆WOaKOSQONw
投稿日: 03/12/18 19:49 ID:CmpPkCGP
※ 解説・月光・千尋波濤
開戦から62年。それを記念する意味で書きますた。抒情詩っぽいのが出ていれば幸い。
姉弟がたゆたっているのは山口県徳山市にある大津島回天訓練基地。空の桜花、海の
回天。絶望的な戦況でそれでも戦った先人に敬意を表すと同時に私たちが進むべき道に
幸多からんことを願って書きました。
この大津島、そんな施設があったとは思えないほどあまりにも穏やかで静かな島です。祖
父が回天搭乗訓練を積んでいたという友人と共にここを訪れたのは2年前の夏。湾口にある搭
乗施設までトンネルを潜って辿り着いた時、表現しがたい感情に襲われ、2時間ばかりそこで
呆然としていました。
死に行く運命を背負った人々がこの海をどんな気持ちで眺めていたのだろうか。
そんなことを考え、今から自分の行く先を考えたときに敬虔な気持ちになりました。行く
機会と時間のある人にはお勧めしたいですなあ。資料館もあるし(関係者っぽい爺ちゃんが
いっぱい居ます。たぶん。)。
※ ソースとか何とか山登れ (重複はご容赦ください。)
↓愛国顕彰ホームページ 名前はアレですが詳しいし写真も豊富。
ttp://www.asahi-net.or.jp/~un3k-mn/index.htm
↓人間魚雷『回天』。開発コードは「〇六金物一型」。こんな名称なのは敵を欺くためだとか。友人
の「『金物』なんてものに乗るために爺ちゃんは訓練してたのか…」という言葉が忘れられません。
ttp://www.asahi-net.or.jp/~ku3n-kym/heiki4/ootusima/ootus.html
↓大津島。瀬戸内の穏やかな島です。訓練施設は他に光市にもあったそうです。回天訓練施設の
建物は今の小学校の位置。搭乗施設までのトンネル、湾内の搭乗塔は今でも残っています。
では諸君、先人に敬意を払い、ケイレイ!
ttp://www.asahi-net.or.jp/~un3k-mn/kai-oozu.htm
ttp://www.geocities.co.jp/Technopolis/5782/index.html
この作品の評価
結果
その他の結果
選択して下さい
(*^ー゜)b Good Job!!
(^_^) 並
( -_-) がんばりましょう
コメント: