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第1732話
無銘仁 ◆uXEheIeILY
投稿日: 04/01/01 01:58 ID:PFy49lYT
「果てしなき闘争 第四章」
暑い。熱き血潮は人一倍、を自負する私だってさすがに気が滅入る。
たまには避暑地で羽をのばすのも悪くない、そう思って愛用の軽を飛ばした
まではよかったものの、夏休み中のこと、休日の行楽地は混雑が激しい。
疲れを増幅させては意味がないし、ばったり父兄にでも出会うと面倒だし。
サングラスの隙間から膝元の地図に視線を落とす。なるほど、ここを
左折すればあの池への道か。静かで涼しくて辺鄙で。いいかもしれない。
アクセルをいっぱいに踏み込み、ハンドルを左へ切った。
愚かだった。あの子たちがこんな面白い場所をほうっておくはずないのよね。
池は見事に占領されていた。ああ、せっかくのバカンスだというのに――。
しばし嘆息したのち、私は諦観してキーを抜き、車を降りた。
こどもたちは輪になってわいわい騒いでいる。
助手席のドアにもたれかかりながらその様子を観察していると、チリさんが
私に気づき、ちょこちょことこちらへ歩み寄ってきた。
「おはようございますぅ。先生もこっちでいっしょにあそんでほしいにゃん」
偽りのない笑顔で言う。私は先ほどまで憮然としていたはずなのだが、
無意識のうちに顔がほころんでいた。職業病か、本心なのか。
手を引かれるままに歓声の輪へと入っていった。元気よく挨拶を交わすと、
何だか教室にいるような心地よさを感じる。
「えっとですねぇ、今はぁ、陣取りゲームをしてるんですぅ。取った土地はですねぇ、
開発して採掘してぇ。もうウハウハですにゅ」
むむ、この小娘可憐なふりしてなんという阿漕な遊びを。悪びれる気配すらない。
少しきつくしかってやらなくては。場合によっては愛のコルテスキックを――
「さ、次は先生の番ですよ。どうしたんですか」
驚いたことにアルゼン君までけしかけてきた。見回してみればオージー君も
フランソワーズさんもニュージーさんも、誰一人いけない遊びだとは理解して
いないようだ。なんてこったい。
「先生、こんちは。どうしてここへ来たんです」
私の脳内情熱ゲージが振り切れてエトナ山の溶岩よりも熱く煮えたぎろうと
していたまさにそのとき、ノルウェー君が歯切れの悪い声で私を呼び止めた。
こっちの集団とは別に池の向こう側で何かしていたらしく、ゲルマッハ君、
アメリー君、ロシアノビッチ君たちも一緒だ。しかし一様に表情が暗い。
どうしたのだろう、ちっとも楽しそうじゃない。青ざめているようにさえ見える。
ははあ、さては私が見回りにでも来たと勘違いしてるな。
うふふ、この子たち大人びてると思ってたけど、まだまだかわいいものね。
「いやそれどころじゃなかった。先生、エリザベスちゃんが帰ってこないんです」
さっと、血の気が引いた。思わず詰問調になり事実を質した。
ノルウェー君の話によると、二人は同時に山頂を目指したらしい。自分は
快晴に恵まれてほぼ予定通りに踏破し、これといった事故も無く帰ってきたが、
エリザベスさんがまだ戻らないという。私はただちに学校へ電話を入れた。
担架に載って運ばれてきた少女の目は固く閉ざされ、両の手には白っぽく
凍り付いた鉱物のようなものが握られていた。
養護教諭のセキジュージ先生が大またでやってくると、声を張り上げて
こどもたちを払いのけ、少女の全身を手早く調べた。
「これはひどいな。まったく、この暑いのにどうして凍傷なんぞを。先生、きちんと
見ていたんですか。引率者は常に危険を察知し回避する努力を――」
いつもの講釈が始まりそうだったので、それどころではありません、早く治療を
お願いします、とさりげなく伝えた。本当は引率者ですらないのだが。
別れる直前になって、エリザベスさんは手にした鉱物を私の方へ差し出し、
声を絞り出すようにして言った。
「これをお母様に――あとを頼みますわ」
帰り道、私たちはこどもたちを分乗させなければならなかった。
陽は再び焼け付くような輝きを取り戻していた。(つづく)
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