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第1798話 無銘仁 ◆uXEheIeILY 投稿日: 04/03/25 22:13 ID:W2etGvcV
 「リューくんのぱんつ」

 大きなアパートの一室で椅子にふんぞり返っている男の子と、ぱんつを
大切そうに抱え込んだ隣家の女の子が、電話越しにけんかしていた。
女の子が何かを尋ねると、男の子はうんざりだと言うように大げさに
肩をすくめた。誰も見ていないのに。
「何度も言ったアルね。朕のじいさんのそのまたじいさん、あるとき
『釣魚ぱんつをはいた』と日記に遺したアル。だからぱんつ、香のものヨ」
「ニッテイおじいちゃんだって『今現在、尖閣ぱんつは誰もはいていない』
って日記に書いてるからこれはわたしのだよ」
「古い方優先される、当然のことネ」
「でも、そんなの……聞いてないもん」
冷静な口ぶりの男の子に対し、女の子は早くも半泣きになっている。
「朕はこれからぱんつを取り返しに行くアル。覚悟するのヨロシね」
男の子は一方的に電話を切った。女の子の義弟が、ずっと様子を
うかがっていたのだろう、静かに歩み寄ってきた。
 その会見場は、静かで、そして小さな離れにあった。
「あなたには家族と別れ、離れを出て、こちらで暮らしていただく。
むろん、私ども同様の待遇を約束しよう」
「それはありがたいことじゃが……」
男は威圧感の漂うユーロ風の正装を身につけ、屈強な兄弟を両脇に
従えていた。対する老人はぼろをまとい、ただ一人で葛藤の只中にいた。
「ああそれとお孫さんを、娘の弟として養子にもらうつもりです」
「まってくれ。わしとあの子を引き離すのか」
今にもつかみかかろうとする老人を、男の兄弟が抑えこんだ。
「これからはあなたも日ノ本の一員として、一蓮托生ですな。ワッハッハ」
男の言うことは現実になった。男――日ノ本の当主の事業が傾くと、
好き勝手な家訓をでっち上げては金品を持っていかれた。
最後には孫のぱんつまで、文字通り身ぐるみはがされたのである。
それでもまだ、男の家族も同様に苦しんでいると思えばこそ我慢もできた。
いよいよ商売仇に家を取られるという段になって、「離れを守る」と言って
居座っていた、当主の兄弟が出て行ってしまったのだ。
「お宅が時間を稼いでくれれば、俺たちは家を守り抜いてみせる」
兄弟はそう言い残した。最後に男は、離れを捨て石にしたのだ。
老人の親しんだ離れは強制執行を受けて叩き売られ、見るも無惨に
取り壊された。老人はショックで寝たきりになった。
 実を言うと、尖閣ぱんつはアメリーパパが離れを買収したとき、
タンスごと持ち去られてしまった。尖閣ぱんつ最大の危機であった。
その後、アメリーパパは離れを全部日ノ本家に還すことになった。
ところが、アジア地区に家庭訪問に来たコクレン先生がぱんつの価値に
気づいたことから、状況は一変する。
「そういえば先生、ニッテイのやつから奪ったタンスの中にこんな薄汚い
ぱんつがあるんですよ。アメリーにやったんですが、はき心地が悪い
とかで嫌がりましてね。もういっそ捨てようかと」
「お父さん、このぱんつは地球町に伝わる豊胸具の一つに間違い
ありません。いやあ、私もこれほど状態のいいぱんつはめったに
見ませんよ。これは洗えば光るぱんつです。女の子が身に着ければ
たちどころに胸がでっかくなりますぞハァハァ」
「そ、それはハァハァ。しかし自由と正義を愛するアメリー家としては、
ぱんつ一つとて余さずニッテイの遺族に還さねばならんのです」
今ならセクハラになるところである。この発言に目の色を変えたのは、
タクミンさんとトウキさんだった。どちらも「ぱんつはうちの娘がなくした
ものだ」と声高に叫び始めたのだ。二人がにらみあう中、ぱんつ……
いや離れは還ってきた。ニホンちゃんの、もとへ。
 リューくんはおじいさんの最期を思い出していた。リューくんの頭を
なでながら、病床のおじいさんは恨みのこもる声でささやいた。
「わしはな、リュー。アメリー家が、ニッテイが、憎い。憎うてたまらん。
……じゃがなリュー、お前は日ノ本の」
そこまで言っておじいさんはこと切れた。その直後、すっかり富豪になった
ジミンさんの手で離れは再建され、リューくんは離れに住めるようになった。
ただし、パツキンくんやクウジさんたちの護衛がついていた。
おじいさんは「じゃがな」と言ったのだろうか。「じゃから」と言った気もする。
晩年の衰弱ぶりからは信じられないが、若い頃のおじいさんは仕事上の
ストレスを理由に、家族にひどい暴力をふるった。今でいうDVだ。
しかしリューくんが知っているおじいさんは、暴力ざたを好まない、
静かなおじいさんだけだ。ちょうどおじいさんが愛した庭や池のように、
優しく穏やかな。
廃墟と成り果てた離れの前に立って、おじいさんは何を思ったのだろう。
シャボン玉のような思いが、湧いては消えていく。
日ノ本家になじんだリューくんは、実のところおじいさんを忘れかけていた。
おじいさんは大事な孫に、日ノ本の何をどうしてほしかったのか、
今となっては誰にも分からない。リューくんが、自分で決めていくしかない。
「お姉ちゃん」
「うぅ、どうしたの、リューくん」
伏目がちに、片手で目を拭いながら、ニホンちゃんはこちらに向き直った。
リューくんは朝陽のように未熟な笑顔をつくると、言った。
「ぼくはお姉ちゃんの胸が大きくても、小さくても、どっちでもいいさぁ。
でも、『守るべきもの』は守らないといけないさぁ」
ニホンちゃんは呆けたような顔をしています。
そんな二人を遠くの物陰からながめて目を細めるカイホさん。
「大丈夫よニホンちゃん、何かあったらこの私が悪人どもをつまみ出して
あげるから。リューくんは、かわいいわね。水っ気が多いのが私好みね。
そういえば兄さんもリューくんは本当にかわいいなあとぎらつく目で」
ああリューくんの運命やいかに。
それはそうとニホンちゃんは心の霧が晴れたようだ。
「リューくん……そうだよね、わたしのぱんつだもん。ぜったい誰にも
とられないようにするよ」
「そうだよ、頑張ろうねお姉ちゃん」
(それに、ぼくのぱんつをお姉ちゃん以外の人に、はかせたくないからね)
リューくんが言った「守るべきもの」が何かは、リューくん本人しか知らない。

尖閣諸島上陸でふと思い立ち書いてみました。リュー君を登場させたら
リュー君好き好きさんの新作が読みたくなったなぁと気長にねだってみる。

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