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第1859話
空箱
投稿日: 04/05/11 04:52 ID:gRob6tGQ
日ノ本家がリクジさんをイラク家に送り込んで暫く経ったある日の事です。
リクジさんはイラク君のお家の水道を修理していました。
イラク君のお家は日ノ本家より少し広いくらいですが、
地球町で初めて立てられた家とも言われる、それはそれは歴史のある旧家です。
リクジさんはちょっとお仕事を一休みして、窓からの景色を感慨深げに眺めていました。
何やら視線を感じて振り向くと、イラク君がお部屋の入り口に立ってこちらを見ています。
「やぁ、いい天気だね」
リクジさんが軽く手を上げて挨拶すると、イラク君はお部屋に入って来ました。
側に来て分かったのですが、イラク君、身体のあちこちに怪我をしています。
リクジさんはすぐにアメリー君と喧嘩してきたのだと悟りました。
イラク君はじっとリクジさんを見上げています。
敵か味方か、品定めするかのように。
うーん。
リクジさんは暫く考えて荷物の中から一枚のいろ紙を取り出しました。
何事かとイラク君の興味を引いたのを確かめると、さっそく紙を折りはじめます。
これも血というのでしょうか、見た目に似合わず器用なリクジさん。
あっという間に出来上がったのは・・・
「魚?」
イラク君が尋ねると、リクジさんは満足そうにうなずきました。
竹ひごにぶら下げて、イラク君に渡します。
「鯉のぼり、って言うんだ。強い男の子に育つように、僕の家ではこれに願いを掛けるんだよ」
イラク君は興味深げに眺めながら、初めてはにかんだ笑顔を見せるのでした。
「リクジさんは、ニッテイさんの一族って本当?」
不意打ちのような一言にリクジさんは肝を冷やしました。
リクジさんはニッテイさんに生き写しと言われ、
サヨックおじさんやアサヒちゃんに事あるごとに叩かれているのです。
でも、イラク君には責めるような様子はありません。
「ああ、僕の祖父だよ。僕は、良く似てるらしいね」
そう言うと、イラク君の眼差しは憧憬のそれに変わりました。
「ニッテイさんは偉大な戦士だよ、誰よりも早く、アメリー家の怖さに気付いていたんだ」
驚くリクジさんをよそに、イラク君は熱っぽく語り始めます。
「地図を見れば分かるよ。日ノ本家はアメリー家からアジア町を守る盾だったんだ。
ニッテイさんは時代がアメリーに対抗するために生んだ、英雄なんだ」
まるで神話を語るかのようなイラク君。
所変われば祖父への評価も随分変わるのだな。
リクジさんは遠くに来たのだと、その時不意に実感したのでした。
「祖父の事を褒めてくれてありがとう」
リクジさんはイラク君と目線の高さを合わせて、頭を下げました。
「でもね、祖父も君とおなじ、普通の人間だったよ。
英雄としてでなく、頑固で不器用で、でも誰よりも家族思いだった、
人としての祖父を好きになってくれたら、僕はもっと嬉しいな」
リクジさんの言葉にイラク君は不満げに首を振ります。
「ニッテイさんの一族はサムライなんでしょ?
サムライは義に熱くて弱い者の味方だって聞いたよ。
どうして、僕と一緒にアメリーと戦ってくれないの?」
イラク君の言葉はリクジさんの心の奥底で眠っている何かを揺すぶります。
期待に応えてあげたい、そう思わないと言ったら嘘になります。
でも、同時にそれは絶対に許されないことも、彼にはわかっているのです。
「イラク君、アメリー君のやり方に反発する気持ちは良く分かるよ。
でも、殴り合っている間は、相手の良いところが見えないものさ」
イラク君は言葉の真意を探るように、じっとリクジさんの目を見ています。
「今ならまだ仲直りするチャンスもある。
追い詰められた人間はどんな事でもやってしまうし、追い詰めた側はどんどん冷酷になっていく。
祖父とアメリー家との喧嘩が残した傷跡は、今でも僕たちを苦しめているんだよ」
リクジさんはそっとイラク君の頭を撫でました。
イラク君は目を伏せて、小さな声で呟きます。
「僕はただ、家族を守りたいだけなんだ」
部屋を出るイラク君の手で、鯉のぼりが所在無さげにぶらぶらと揺れていました。
リクジさんには今のイラク君が、竜門の滝を必死に遡ろうとする小さな鯉のように思えます。
「いつか、竜になって空を駆ける事だって出来るさ」
リクジさんはどこか寂しげに微笑むと、再び仕事に取り掛かるのでした。
おしまい
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(*^ー゜)b Good Job!!
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