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第2192話
無銘仁 ◆uXEheIeILY
投稿日: 05/03/18 16:07:15 ID:hIw9mq62
「枢軸探偵社依頼壱〜中〜」
獨島はひとり、コンピューターのディスプレイとにらめっこをしていた。
以前の報告書を整理してでもいるのだろうか。
獨島は頭脳明晰な男だ。知能指数は百八十を超えている。
天才と言ってよいのだが、天才らしく自分で全てを管理しようとする
ために、仕事に無理が出ることも多かった。何より獨島の最大の欠点は、
女心がつかめないことだった。全く致命的な欠点である。
さくら君も四角四面なので、私がいなければどうなっていたことやら。
「おお、伊田君か。ちょうどいい、これを見たまえ」
獨島に促され、私は画面に映し出された図表を注視した。
「今のところ、仁保褄子と同名同年齢の人物はこれだけ挙がっている」
「苗字は変えている可能性が高いよね」
「その通りだ。同姓同名なら遥かに少ない候補で済んだだろう」
人付き合いの悪い獨島に代わって私が名簿屋などと交際していなければ、
このような調査も滞ったかもしれない。
もっとも現代社会における個人情報なんてものは、ほとんどの場合
役所関係を回れば合法的に上げられるのだが……。
「ところで、今日の戦果はどうだったのだ」
私の話を聞くと、獨島は窓の外を見下ろし小さくうなった。
「三十年も経てば忘れているのは当然ではないのか」
「まあそうだけどさ、住んでた家の大家まで知らないっていうんだよ」
「その大家は当時から大家だったのか」
獨島は口唇を左に数ミリ歪ませた。こういうときの癖だ。
「法務局で謄本を上げたから、間違いないはずなんだけど」
「不自然だな。話したくない不幸な過去でもあるのだろうか」
私と獨島は数分のあいだ憶測を並べ立てたが、
いずれも説得力を欠くように思われた。
「よし、明日からより慎重に調べよう。依頼人には話すなよ」
「わかっておりますとも、我が親愛なる所長どの」
私は親友に敬礼を捧げ、日課を果たすために事務所へ戻った。
一週間の調査継続で、仁保褄子と思われる女性を五人まで
絞り込むことができた。あるいは資料をあさり、あるいはそれらしい家に
張り込み、あるいは日課を――
ともかく悲喜こもごも至る一週間であった。
私は早速五人の面取りにかかった。三十年の歳月を経ても、
人間の顔の特徴というのは必ず残っているものだ。
顔、さらには身長を検討した結果、ついに候補を一人に限定した。
私は獨島に経過報告をすることにした。
「――というわけで、この人が件の褄子だと思うんだ」
「そうか、よくやった。念のため職業や生活の様子も調べておけ」
襟取りは被調査者が特定されているときは最初に行うものだが、
今回は特定自体を依頼されたため最後に行うことになる。
褄子は北野という会社社長と結婚し、主婦をしているようだ。
となると、生活を調べ上げてさらなる情報を得るのがよい。
私は褄子のヤサを張り込むことにした。
北野家は駅前の一等地にある、なかなかの豪邸だった。
褄子が幸せに暮らしているなら、朝日奈氏も喜ぶことだろう。
丸一日褄子の行動を追ったが、一日中家にこもっているようで
目立った動きもなかったので、今日は切り上げることにした。
獨島は渋い表情で壁にもたれかかっていた。
そして私が所長室に入るなり、手にしていた書類を広げてみせた。
「見たまえ伊田君。これをどう思うね」
「なんだこりゃ。あの豪邸、四番抵当までつけられてたのか」
「ああ。それに北野の会社は、金融屋から億の借金がある」
大金持ちの玉の輿かと思っていたら、とんでもなかったわけだ。
「だがもっと重要な事実が明らかになってしまった」
「なんだい、深刻な顔して」
「北野の父親は、暴力団の組長らしいのだ」
私は自分の頬をつねった。痛い。依頼人の不幸を思うと
いけないのだが、どうしても顔にしまりがなくなってしまう。
「どうしたんですか伊田さん、ぼうっとして」
「い、いや、何でもないよ。気にしないで食べて」
さくら君が私を誘ってくれるなんて、世の中まだまだ捨てたもんじゃ
ないんだな――うかつにも私はさくら君の給料日を忘れていた。
「あのう、伊田さん。例の人探しってどうなりましたか」
「さくら君は、いつも仕事のことばかり考えてるんだね」
そこがさくら君の魅力でもあるが、少々息苦しいと感じることもある。
「そうじゃなくて、朝日奈先生が何だか思いつめていらっしゃるみたいで、
わたしちょっと心配になっちゃったんです」
「そっか……実は先生に話していいものか迷ってるんだよ」
私は北野家について調べたことを話した。周りに聞こえないよう小声で。
「もしかして、そのお父さんって北野朝損じゃありませんか」
「よく知ってるね。その通り、朝損組の組長だよ」
「わたしが昔住んでたあたりに組事務所があったんです。
朝損は組員から『首領』と呼ばれてて、近所の人もそう呼んでましたよ」
さくら君が過去を語るなんて、こりゃあ明日の天気は大荒れだな。
さくら君とは思いのほか話が弾んだ。――もちろん、仕事の話だ。
「暴力団が借金なんて、意外ですよねえ」
「いやいや、暴対法が施行されてからは苦しいとこもあるらしいよ。
かといってオイコラ言ってた連中がいきなり堅気になれるはずもなし」
さくら君は軽く笑ったが、少しして神妙な面持ちになった。
「朝日奈先生、どうなさるんでしょうね」
そう、それが問題だ。朝日奈氏には教授としての立場というものがある。
「あの地球大学教授が暴力団関係者と密会なんてしたら、ね」
「やっぱり、マスコミの餌食ですよねえ」
我々探偵は依頼人の利益を第一に考える職業だ。――少なくとも、
まともな探偵社ならそうだ。朝日奈氏の利益は、どちらなのだろう。(続く)
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(*^ー゜)b Good Job!!
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