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第2223話
マンセー名無しさん
投稿日: 2005/04/23(土) 19:52:04 ID:AWR5othy
透明な光があった。
冬の透き通った日差しよりも透明で、それでいて温かみのある光だ。
良い感じに古びた、白い家がある。
どこか懐かしい雰囲気の、そう、英国風の邸宅だ。
ケトルがしゅるしゅると、豊かに湯気を吹き上げている。
彼女は、優雅なしぐさでケトルを火からおろした。
金色の髪が美しい、上品な女性だ。
クラシカルなドレスも、彼女になら似合う。厭味のない、家庭的な匂いすらするドレスだ。
彼女は中国風の白いティーポットにお湯を注ぎ、少し温めた。そして、いい香りのするお茶っ葉を贅沢にいれる。
そこで彼女は気がついた。
ゲストが姿を消していたのだ。
彼女は高貴な眉を綺麗にしかめると、ゲストの姿を目で探した。
庭にこちらに背を向け立ち尽くしている男を見つけると、小さくため息をつく。
男は、背が低いなりにスーツを上手に着こなしていた。
帽子でも被ればなお似合うだろうが、彼の帽子はテラスに置かれた椅子の上で主を待っている。
童顔といっていいだろう。それだけに、口元にはやしたカイゼル髭が妙な違和感をかもし出している。
だが、それこそが彼の望む姿なのだ。
この世界は、そういう風に出来ている。
彼は、実直そうなきりりとした目つきで、庭の池を見つめていた。
口元は一文字に結ばれて、何かに耐えているかのような印象を受ける。
池には、下界の様子が映し出されていた。
男の家の旗を焼き払い、猛り狂う人々が映し出されている。
それを、悲しそうな瞳で見つめている少女も。
何もお茶の席でまでそのようなことを気にしなくても、と彼女は思ったが、不愉快にはならない。
そもそも、完璧な英国風の庭園を崩してまでそのような池をこしらえたのは、他ならぬ彼女自身なのだから。
「やはり、気になりますの?」
当然気配は感じていたのだろう。背後からの唐突な彼女の問いかけにも、彼は動揺する気配すら発さなかった。
「ええ。気になりますな」
男は振り返りもせずに、一言そう答えた。
腕を後ろ手に組み、背中に木の枝でも入れているのではないかと思うくらい、ピンとまっすぐに立っている。
「非道いことになっていますわね」
「ええ。非道いことになっています」
心ここに在らずか。無礼極まりない彼の態度に、しかし彼女は微笑んだ。
「お茶が入りましたのよ。さぁ、どうぞ」
そこで初めて彼が振り返った。
かつてはそれだけで達成感に酔いしれたものだったが、今となっては特にそれも感じることはない。
そのくらいには過去になったのだなと、彼女はぼんやりとそう思った。
「ええ。いい香りですな。ありがとう」
真っ白なティーカップを受け取ると、彼は池に目を戻した。
変わらぬ光景が、何度も何度も繰り返される。
「……歴史は繰り返す、か。今となっては、そこまでして奪わなければならないものはあるまいに」
彼は悔しげに、そう呟いた。
「まこと、人間は度し難い。そうやって得る束の間の栄光に、いったいどれだけの意味が在ったというのだ」
彼女は穏やかに微笑んだ。
「それを貴方がいうのは傲慢というものですわ。束の間の栄光の積み重ねこそが誇りで有ると、そう信じていたのは
他ならぬ貴方でしょうに」
「私は、それが移ろい易く、滅び易いことも知っています」
それが傲慢なのだと、彼女は思った。口に出すことをしなかったのは、彼もそれを知っていると感じたからだ。
そんなところまで、彼は傲慢だった。
「私は亜細亜唯一の帝国の誇りと信念にかけて、彼の家に進攻した。彼らは私の侵略に、勇敢に、立派に立ち向かった。
それで良いではないか。お互いに、何を恥じなければならないことがあるのか」
本当に、つくづく傲慢な男だ。
その傲慢を、かつては愛した。そして、憎んだ。
彼が変わったのではない。変わらぬ彼の傲慢さを、愛し、憎んだのだ。
愛と憎しみは、実は深いところでつながっているのだろう。
私たちは、一つのものを愛し、憎むことが出来る生き物なのだ。
「……そのようなもの、今を生きる人々には関係ありませんわ。誇りも恥辱も、全ては彼らのものです。貴方にそれをどうこう言う資格はありません」
「しかし、それでは進歩がありません」
彼女はふっと微笑んだ。
「あら。歴史は人の進歩の歩みだと、本気でそうお考えですの?」
そう問われれば、彼には返す言葉がない。彼女の歴史も、勿論彼自身の歴史も、彼は良く知っている。
「……少なくとも、私はそうであって欲しい」
答えになっていない。いや、ある意味彼女の言う通りだと、認めたとも言える。
「同じことを繰り返すのか。これからも、永遠に。……全てが滅び去るまで」
男に良く似た少年が映し出される。
整った顔を怒りに歪め、唇が色を失うほどにかみ締める。何かを誓うように、黒くつや光する木製の太刀を握り締める。
愛しそうに、悲しげに、彼は少年を見つめていた。
そうか、お前の誇りは、お前自身のものだな。
私を愛し、私と私にまつろうもの全てを守ろうとするか。
全く、難儀な運命を押し付けてしまったな。
同じ運命を選ばせてしまった少年達が、瞼に浮かぶ。彼らは皆優しく、正しく、勇敢で、そして……儚かった。
ふと、水面に真っ赤な顔をした少年が映し出された。怒り、毒を吐き、暴れまわっている。
苦々しげに、彼の口元が歪んだ。
彼女も、ふうっとため息をつく。
「信念も誇りも無く、ただ欲しがることを怠惰と言うのだ。いたずらに積み重ねるものを、私は歴史とは認めない」
彼女の視線に気がつき、男は良い香りのするお茶を一口含んだ。
「……感謝しろ等と言う積もりはありません。しかし、友情を育もうとしたことくらいは、覚えていて欲しかった」
穏やかに彼女が微笑む。
「友情とは、対等な関係でしか成り立ちませんことよ。異なる力関係の間に唯一成り立つ信頼関係は、そう……搾取と隷従。
あるいは、恩恵と服従だけですわ」
穏やかなのに、どこか凄惨な感じのする微笑だ。
この圧倒的な支配力に、かつては憧れた。
隷従も服従も、自分にとってはありえない選択肢だった。
友情を、そして……信頼を。
勝ち得たかった。
同じ眼差しで、世界を見てみたかった。
「それを、覆したかったのです。貴女と、貴女達の常識を……世界の法を、私は一人で変えて見せると誓った」
「願いはかなったじゃありませんか」
「……あるいは」
真っ赤な顔をした少年を、活発そうな少女が「痛く」張り倒した。
猛然とくってかかる少年に、とどめの一撃をお見舞いする。
撒いた種は、健やかに育っている。
私の愛した亜細亜の家々は、苦節を重ねながらも、健やかに育っている。
最も近しい家の民がそうならなかったのは慙愧に耐え難いが、それでも意味はあった。
私は、許されるかもしれない。
「それにほら、御覧なさいな。何もかもがあの時のままだという訳でも無くってよ」
促され、彼は池に目を向けた。
黒髪の少女が、目に涙を浮かべていた。
ぎゅっと口を結び、涙が零れ落ちそうになるのを健気に押しとどめようとしている。
男に良く似た少年の、木刀を握り締める手に柔らかな手を添える。
柔らかに、しかししっかりと手を添える。
決して強い力ではないのに、少年は木刀を振り上げることが出来ない。
今にも泣き出してしまいそうな少女の腕を、振り払うことが出来ない。
信念。
「彼女の誇りは、声高に主張するものでは無くってよ。それは、彼女の内にあるもの。あると、信じているもの」
彼女はにっこりと微笑んだ。
「人間は愚かですわ。でも、十分に賢いのです。貴方と、貴方の奥様の子達ですもの。普通より、ちょっぴりだけおまけして賢いことでしょう」
男は無言でティーカップを傾けた。
決してお茶の冷めることのない世界で、二人は静かに池を見つめた。
透明な光の中で。
解説
司馬遼々
投稿日: 2005/04/23(土) 20:08:17 ID:AWR5othy
初投稿です。
ネタは勿論、今回の反日騒動についてです。
あまりにも100年前にそっくりなので、ご先祖様はあの世でどんな風に考えているかなと思い、書いてみました。
日英同盟やらその後の戦争やらの間は、本当はヴィクトリア女王陛下の治世ではないのですが、オサーンでは
お話にならないので、捏造しますた。
名前出さなかったのも、その辺りが理由です。
今回は、ニホンちゃんから手を出すことは、まずないと思います。
ウヨ君がどんなに怒っても、それを鎮めるだけの力が、ニホンちゃんにはあります。
僕は、それはとても素晴らしいことだと思うのです。
だからせめて、首相がご先祖様にその誓いをしに行くことくらいは、国民の総意でもって後押しするべきだとも
思うのです。
あの戦争に関して、日本人も中国人も、何ら恥じるところは無いと僕は思います。
彼の国は、その前後の併合と独立に関するところも含めて、色々と恥じていただきたいものですが。
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