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第2311話
青風 ◆BlueWmNwYU
投稿日: 2005/08/04(木) 17:00:57 ID:e/efwejv
「日の当る場所へ」
何時の頃からその大きなお屋敷が建っていたのかは誰も知りません。
石造りの、少ない窓にすら頑丈な鉄格子が嵌ったそのお屋敷からは、
満月の夜には決まって恐ろしい悲鳴が聞こえるのだそうです。
さて、今宵も満月。普段より数倍大きく見える天の銀盤から降り注ぐ白光
を背に、人影がひとつそのお屋敷に向き合っておりました。
丈の高い鍔広の帽子とその身を覆うマントは闇の色。
帽子の下に僅かに覗く髪の色は月光を受けて銀色に輝き、
闇に浮かぶその目はまあるく、赤い燐光を放っております。
その人影が音もなく大きな入り口に進むと、分厚い、禍々しい鉄鋲を
幾つも打たれたドアが独りでにぎぎい、と音を立てて開きました。
嫌な臭いがする。
建物に入った途端に、訪問者は呟きました。
灯りひとつとて無い、それでも僅かな隙間から漏れる月光に微かに輪郭の
映るお屋敷のホールは華麗であったろうその装飾を朽ち果てるに任せ、
より其の荒廃を無惨なものに見せております。
と、そこに低く響く渡る音。ぐるるる、と幾つもの獣のうめき声が、
そこかしこの闇の中から聞こえてきます。
ふう、と溜息をひとつ吐くと、己を覆っていたマントを両手で広げ、
「さぁ、お願い」
と、何者かに囁きます。すると、身体の両側に広げたマントの闇から、
ぬっと二頭の大きな銀色のオオカミが歩み出てきました。
二匹のオオカミは闇に潜む妖しい獣共に向けて低く吠えると、其の儘
躍りかかって行きました。たちまち巻き起こる妖獣同士の死闘。
周囲で繰り広げられる激闘にひとり、哀しそうな一瞥をくれると訪問者は
音もなく階段を昇って行きました。
訪問者は、ある部屋の中で何者かと対峙して居ました。
其の部屋が屋敷の主のものである事は、部屋の内装が雄弁に語っています。
城館中に広がる死と荒廃も、この部屋には陰すらも見えません。
存在するのは、華麗で豪壮な闇と恐怖、ただそれだけでした。
そしてその部屋の奥中央の、まさしく王座には訪問者を酷薄な赤い瞳で
見つめる大きな闇の固まりが静かに座っていました。
「良く此処迄来れたな、満月の祝福の下に産まれし子よ」
夜の化身が冷たい声で語りました。が、訪問者には何の感動も与えません。
「恥ずべき同族食い。一族の血を啜り贖った永遠の命の味はどうだ?」
ちょっと戸惑った様に、黒衣の巨人が答えます。
「おかしな事を言う。強き者にその血を差し出すのは一族の掟だろうに。
闇にしか生きられぬ我らであるからこそ、強き者が永久の命を得る。
其れこそが一族繁栄の道でも有ろうというものを」
「勝手な事を言うな!其れはオマエが定めた掟だろうが。同族たるオマエの
餌食となり下僕と成り下がり、あるいは灰になった者はどうする?」
「一族の為、致し方がない事だ」
決して埋まる事のない、互いの間に横たわる絶望的に深い溝を前に
訪問者はゆっくりと左右に首を振り、そしてこう言いました。
「ならば、貴男には1000年の無を差し上げよう」
「無駄な事を。我を滅ぼせるものなど我が一族にはおらんわ」
「そう、新月の、闇の申し子たる貴男は闇では滅ぼせない」
銀髪の訪問者は、銀色に輝く何かを取り出し黒衣の巨人に放り投げました。
黒い男は苦笑しながら右の掌で軽く其れを受け止めるます。
「一体此が何だというのだ」
闇の男が苦笑した瞬間、其れは起こりました。
突然ぼろぼろと掌から灰が落ち始めました。
見ると、銀色の何かを握った掌が灰の固まりになっています。
急いで握っている物を離しますが、それでも灰になった部分はその拡大を
止めません。ゆっくりと、しかし確実に灰の彫像となって行く男の肉体。
それでも男は自分に何が起こっているか信じられない様子でした。
「ま、まさかこれは。これを何処で、いや、何故持ち歩けるのだ」
既に半ば灰の彫像と化しながら、闇の男は訪問者に問いただしました。
「貴男も言った筈だ。私は満月の申し子。昼を歩く者だ」
「判らぬ。昼の世界がそんなにも良いものなのか。所詮我らは闇に・・」
最後まで言い終わらぬうちに、男は灰の座像になり、ついに崩れ去り、
灰の山と化してしまいました。
「遂に解り合えなかったね、叔父さん。じゃ、1000年したらまた会おう」
そう言うと、床に落ちた銀色の物を拾い上げ、
今や豪華な墓所となった其の部屋を後にしました。
いつもの朝。いつもの様に地球小学校の校門前ではヨハネ君が神様の慈愛
の言葉を皆に伝えて居ます。でも哀しいかな、立ち止まって話を聞いてくれ
る人は余り居ません。そこへ、黒いマントに日傘を差した、髪と肌に色素の
存在が感じられない程色の薄い少女が声を掛けます。
「ヨハネ君、ご苦労様。はい、これ昨日借りたやつ。ありがとうね」
お日様の様に笑いながら、ぴかぴかに輝く十字架を受け取るヨハネ君です。
「ああ、もう用事は宜しいのですか、ルーマさん」
「うん、もう全て終わったわ」
そう言うなり、日傘をぱちりと閉じるルーマちゃんです。
「あれ、ルーマさん。太陽苦手じゃなかったんですか?」
「ううん、ちょっと嫌いなだけ。でも、今はこうしたい気分なの」
其れだけ言うと、軽く手を振りながら教室へ向かうルーマちゃんです。
「神のご加護を」
陽光の明るさで彼女に祝福を与えるヨハネ君でした。
解説
青風 ◆BlueWmNwYU
投稿日: 2005/08/04(木) 17:08:15 ID:e/efwejv
さて、解説という物をせねばならない訳だが。
ルーマニア。吸血鬼ドラキュラのモデル「串刺し公」の話は有名ですね。
(串刺し自体は当時ポピュラーな処刑方法だったそうです)
でも、今回の話は89年のチャウシェスク政権崩壊の方が基になっています。
60年代から独自路線を取り、対外的には絶好調に見えた国家運営も
内実は国民にとんでもない負担を押しつけ、対外的な面子を保つものでしか
無かったようです。そしてついに民衆の手で処刑されてしまう訳ですが、
写真に写った彼の、最後まで自分に何が起こっているのか信じられていない
様な表情が印象的でした。
宗教はロシアの影響でルーマニア正教会なので、本来はヨハネの出てくる
処ではないのですが、まぁ、そこは其れ。
心に大きな棚を持ちましょう!
って事で、また近いうちに。
解説
マンセー名無しさん
投稿日: 2005/08/04(木) 21:15:35 ID:1CVCmrwX
>>356
>宗教はロシアの影響でルーマニア正教会なので
とありますが、現在ののルーマニアの地域に東方正教が伝わったのは
ビザンツ→ブルガリア→ルーマニアといったルートで、どうも9世紀頃には
伝わっていたようです。この時点ではまだロシアには東方正教は伝わって
いませんし(ロシアが東方正教を受け入れたのは、10世紀末のキエフ公国の
ウラジーミル大公の時代)、その後の歴史的経緯から考えてもロシアの影響で
ルーマニア正教になったというのは誤りであると考えられます。
・・・あまり話の本筋には関係ないので、どうでもいいっちゃどうでもいいような
気もしますが一応突っ込んでおきます。
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