戻る <<戻る | 進む>>
第2316話 青風 ◆BlueWmNwYU 投稿日: 2005/08/12(金) 19:43:58 ID:GCSt0H6P
  「あの日には戻れない」(1/6)
 ぎぃーこ、ぎぃーこ
両足を船底に踏ん張り、蹴り上げる力で思いっきりオールを胸元に引き寄
せる。水に差し込むオールの角度を間違えなければ、面白い様にボートは
進む。後ろを振返ると向こう岸まではまだ結構ある見たい。目の前には結
構な量のお弁当とお水。それに救急箱と何故かお菓子が一杯。私と云えば、
ごっつい救命胴着に何故かヘルメットだ。ボートとは言え結構重いよ。
まぁ、本来だったら小学生でしかない私が一人でボートで重たい荷物を運
ぶなんて、他の家は兎も角我が家では決して許されないのだけれど、そこは
それよ。
「お父さん、みんなで池の向うでキャンプするのにボートが要るの、
 一生のお願い」
って言って乗り切りました。お父さん、ご免なさい。本当はみんなでするの
はキャンプじゃありません。みんなでするのは戦争なんです。

 今回の事には全て、我が友人のアメリー君が係わってる。あの力持ちでお
金持ち、自分がヒーローでいる事が何よりも好きな彼は、普段は結構良い奴
で通っています。でも、今回の事件ではちょっと違った。

 その日、幾人もいる彼の親戚の一人が上着を盗まれて居たらしい。彼の親
戚の人ってみんな独特の服のセンスをしていて(本人達はクールだって言っ
てるから、そう言う事にしておく)それが何か通行証の様になっていて、そ
れを着ていると彼の家に入っていっても誰も怪しまれない。今から考えると
相当杜撰なやり方だけれども、それで大丈夫だったの。だって、彼を相手に
喧嘩をするなんて、過去にいた一人(私だけれど)を除いたら考える事も出
来ない、それくらい無謀な事だったんだから。そして久しぶりに現れたその
無謀な人はその日、まずアメリー君の大事にしていた最新のパソコンを2台
とも、あろう事か本人の目の前で叩き壊した。そして、呆然としているアメ
リー君の顔目掛けて唾を吐き(幸いにして此は届かなかったけれど)其の儘
悠々と家の外へ出て行ってしまったのだった。
「あの日には戻れない」(2/6)

アメリー君は直ぐに正気に戻り、家中の警戒システムを最高レベルにして、
全ての門を閉めまたんだけれども、その怪しい人は捕まらなかった。後に残
ったのは無惨に破壊された最新型のパソコンの残骸。ずたずたになったアメ
リー君の誇り。

 翌日、教室はもちろん事件の事で持ちきりだったわ。同情や得体の知れな
い犯人への怒りも勿論、彼のパソコンにはクラスのみんなの大事なデータを
保存して居たのだから、決して他人事じゃ無かったの。みんなはアメリー君
に慰めの言葉を言おうと(そしてちょっぴりは好奇心をも満たそうと)彼が
来るのを待っていた。けれども彼はその日来なかった。次の日も、その次の
日も。
 漸く学校に来た時、彼は別人の様に変ってた。怒りに震え、眉は険しいま
ま、誰も見たことがないような(私は有るんだけど)表情で周りの人間を凍
り付かせていました。それでも心配して口々に声を掛けるみんなに彼は興奮
した声で一言こう言いました。
「戦争だ!畜生、みんな力を貸してくれ!」
当然だ!乱暴者を許すな!お前一人の事じゃないんだ!
みんな、口々に協力を叫ぶ。でも、今から思うとちょっと違ったかも知れな
い。だって、噂によるとその犯人ってあのアルとタリの二人組の悪党だっ
て。正直なところ、手を出しづらいんだよね。だって、アラブ地区を根城に
して、今もアフガンちゃん家を乗っ取って、彼女を家に押し込めてそこをア
ジトにあちこちで乱暴狼藉の数々。しかも証拠を残さない。最強最悪のアウ
トローブラザース、それが彼ら。噂によると私の近所の困ったさん達とも仲
良しで、アラブ地区の人達を巧みに操っては自分の味方につけて、今や地球
町は俺のもの!って勢いだ。
そんな連中相手に正直正面からは手を出し辛い。
「あの日には戻れない」(3/6)

 でも、そう言う微妙な時にも本気で協力を始めるお人好しが居たりする。
「アメリー君、私は友達として出来る事なら何でもして上げる!」
ああ、凛々しい。カッコイイ。なんて決まって居るんだろう。他人だったら
感涙に噎んで万雷の拍手を送ってあげただろう。そう、此は私の台詞だ。
この時私の脳裏には、呆然としてただ踞るアメリー君の姿や自宅に軟禁され
ているアフガンちゃんの幼気な様子、それにアルとタリと手を繋ぎへらへら
と笑いながら踊っているご近所の困ったさん達の様子が渦を巻いていた。
こりゃーナントカしなけりゃお爺ちゃんが枕元に出てきて延々と教育的説話
を垂れに来る。そして私の至誠溢れる名台詞は、アメリー君に劇的な心理的
効果をもたらしたらしい。
「アア、ニホン!お前こそは本当の僕の友達だ!」
叫ぶなり私のところへ殺到し、呆然とする私を思いっきり抱きしめやがりま
した。おい、もしもし、苦しいってば。い、痛いだろって、この馬鹿力!
もがく私とただ自分の世界に浸る怪力男。自分で判るくらい顔が真っ赤なの
は呼吸が苦しいからに違いない。そしてそこへ止めを討つ様に掛かる声。
「わ・た・く・し・も・ご協力して差し上げてよ、アメリーさん!」
クラス1、2を争う淑女、エリザベス嬢が仁王立ちで私達(!)を睨んでい
た。

 そして、私達の戦争は始まった。メンバーはアメリー君と私とエリザベス
ちゃん。作戦は単純明快。戦場になるアフガンちゃんの家をボートで湖側か
ら近づいて攻撃する、ただそれだけ。攻撃担当は勿論アメリー君で、そのお
手伝いがエリザベスちゃん。ボート担当が私。お弁当やお水も運べば攻撃担
当の二人も運ぶ。運んでいる最中のエリザベスちゃんが微妙に私を睨んでい
たのは取り敢ず忘れよう。と云うより、上げるよ、それ。
「あの日には戻れない」(4/5)

 さて、何回目の往復になるのか、何回オールを漕いだのか、漸く向こう岸
が近づいてきた。エリザベスちゃんが手を振って居るのが見える。とも綱を
受け取り、向こう岸に着けるのを手伝ってくれている間も、無言だ。
まずい、絶対誤解したままだ。このままでも何なので、思い切って声を掛け
る事にしよう。
「ねぇエリザベスちゃん。調子はどうなの?」
一瞬、お弁当を受け取る手を止め、それから思い切った様に口を開く彼女。
「なんて事はありませんわね。最初の内こそ抵抗の真似をなさっていました
けど、二人揃ってもアメリーさんの敵では御座いませんですわ。今は古い
地下室に閉じこもっていらっしゃるようですけど、時間の問題ですわね。
今も、ほら、アメリーさんが大きなハンマーで地下室ごと叩き潰していると
ころですわ。まぁ、私にも少しくらい出番が有ればよろしかったのですけ
どね」
よしよし、順調らしいぞ。と、その割にはどうして涙ぐんで居るんだろう。
「そうかぁ、順調なんだ。じゃアフガンちゃんも助け出せた?」
「ええ、元気でしたわ。でも、でも」
そこまで言うと、ついにぽたぽたと涙の粒を流し始めたエリザベスちゃん。
「一体何が」って聞き始める前にエリザベスちゃんが喋り始めた。
「あの方、アメリーさんが笑ってるんですの。とっても嬉しそうにハンマー
を振るって。地下室の天井や壁が崩れる度に、本当に嬉しそうに。私、その
声を聞く度に、何だかとっても不安になって、怖くなって。ねぇ、ニホンさ
ん。彼どうなるんでしょう?私達、どうなってしまうのだろう?」
遂に、その場にしゃがみ込んでしくしくと声を上げ鳴き始めてしまった。
いつもの”鉄の淑女”からすると信じられない光景だ。ちょっと乱暴で、
無頓着で、でも優しかったアメリー君。もしかしたらそれは、自分が痛みを
感じない故の優しさだったのかも知れないが、それでも彼の存在は、陽気な
笑顔は私達の中で大きかったのだ。
「あの日には戻れない」(5/5)

もしかしたら、そんな愉快な彼は永久に
失われてしまったのかもしれない。もしかしたら、此は私達みんなが変って
しまうきっかけなのかも知れない。彼女が泣いているのは、いつかは私達の
誰にもやってきてしまう、避ける事が出来ない変化の予兆を感じての事なの
ではないだろうか。何の確証もなくそう思い、そして自分の中にも同じもの
を見つけてしまった事に少し驚きながら、それでも泣いている彼女を放って
おけず私は声を掛ける。
「大丈夫だよ、きっと。いつかきっと、元のアメリー君に戻ってくれるよ」
「嘘、嘘つき!」
ああ、彼女は鋭いな。半分当たりだ。でも、私は言葉を止めない。
「酷いなぁ、でも許す。デモ良いですかぁエリザベスさん?彼は今回辛い
経験をしました。でも、あの元気な粗忽者の事だから、きっと乗り越えて
見せてくれます、多分。きっと、同じ位に辛い事はきっと私達にも待ってい
て、それを彼が一番最初にに経験したんだと思うのよ。でも大丈夫。こんな
事くらい一番最初にに乗り越えていつもの様に笑ってこう言うよ。
”ほら見ろ、僕が一番だ”って。さ、そんなところに座ってないで。
お弁当届けなきゃ。私の家ではねぇ”腹が減っては戦は出来ぬ”って言うん
だから」
彼女を即して立ち上がらせると、一緒に彼のところへ向かう事にした。
”そう、私達はきっと大丈夫だ”自分にもそう言い聞かせながら。

解説 青風 ◆BlueWmNwYU 投稿日: 2005/08/12(金) 19:59:44 ID:GCSt0H6P
はい、言い訳やら後書きやらです。

さて、投稿中に気が付いてしまいますた最大のミス。
>>413-415 迄のタイトルでの総ページ数が6になっています。
正しくは”5”ですね。ああ、恥ずかしい。チェックしたつもりだったんだけどなぁ。

さて、今回の元ネタはむちゃくちゃ古いですが911からアフガン派兵までの
出来事をざっとネタにしてみますた。今から調べてみるとけっこうトンデモ説を
唱えている人達が居て、まぁなんです、世の中広いですねぇ。
(何しろ、保険金目当ての(・∀・)ジサクジエン説があるくらいですから)

実は投稿時に、絶対に4レス以内に全て押さえる、という前提で何時も書いて居るんですが、
何故か今回は一レス分長くなってしまいました。
この文は次回短くしますので、平にご容赦。
また、なにか御批評、ご意見有りましたら遠慮無く書き込んでください。
みなさまのレスが我ら戯作家一同の糧となります故。

ん、では出来る限り近いうちに ノシ

この作品の評価を投票この作品の評価   結果   その他の結果 Petit Poll SE ダウンロード
  コメント: