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第2332話 青風 ◆BlueWmNwYU 投稿日: 2005/09/06(火) 20:59:41 ID:r7FqpvCT
「主役は私!」

 どんぶらこ、どんぶらこと波の上、大きな帆船が揺られていました。
風に翻る帆には黒字に大きく白抜きのドクロのマーク。
勿論これは泣く子も黙る海賊船であります。その甲板には船長らしい扮装の
黒々とした八の字髭の男とその手下共。そしてマストに縛られし
うら若い乙女が一人、今やその運命の時を待っていました。

 「ピーターパン!助けて私はここよ!」
人質の少女と言うにはややハスキー過ぎる声でアーリアちゃんが叫びます。
「うははは、無駄だウェンディ。奴は来ない、怖じ気づいたのだ!」
精一杯凄んでみせる、付け髭にアイパッチのトル子ちゃん。
「そんな事無いわ、フック船長!あなたピーターが怖いんでしょう?」
やはりアーリアちゃんの方が迫力があります。

 そこへ突然、空からワイヤーで吊されたマルタ君が降りてきました。
「済みません、トル子さん。お役目なので、攻撃させて頂きます」
ぺこりと頭を下げてからサーベルを構えるマルタ君です。
「ちょっとぉ、私はフック船長だったらぁ。まぁ、良いわよ。
『生意気なピーターパンめ!今度こそこのフック様が倒してやる!』」
叫ぶなりトル子ちゃんもオモチャの剣を構えます。
大きく右足で踏み込み斬りかかるトル子ちゃん。
それを難なくサーベルで切り払うマルタ君。

しゅぱっ

小気味よい音と共に両断されるトル子ちゃんの剣。
「ちょ、ちょっと!それホンモノ?」
血の気が引くトル子ちゃんです。
 更に畳み込むマルタ君。踏み込んで横に払うサーベルに
両断されるトル子ちゃんの付け髭。マルタ君が剣を振るうたびに
帽子、だぼだぼした上着の袖、首から垂らしたネッカチーフに
切り込みが入ります。
「ああん、もう降参だったら!」
半べそを掻いて舞台右袖へ走り去るトル子ちゃん。
剣を納めて丁寧に一礼するマルタ君です。

「ああ、ピーター。やっぱり来てくれたのね!」
やや棒読みの口調で感謝の言葉を述べるアーリアちゃんです。
「はい、アーリアさんもお待たせしました」
晴れやかな笑顔で歩み寄るマルタ君。

どかっ

今まさに大団円を迎えるその瞬間、マルタ君は思いっきり
後ろから蹴り倒されました。そのままつつーっと舞台左袖まで
滑って消えてゆくマルタ君。
「おほほほほほ、お待たせ致しましたわね、ウェンディさん。
 悪はこの私、主役のピーターパンが滅ぼしましてよ!」
ピーターパンの格好をしたフランソワーズちゃんです。
「あ、あのなぁ」
展開に付いていけないアーリアちゃんです。
そしてスポットライトを浴びながらフィナーレの台詞を
謳い上げんとするフランソワーズちゃん。ああ、今まさに人生の
最高の瞬間を迎えんとしています。
 まさにその瞬間です。
「ワタクシの妹に何をなさるんですのッ!」
がっきとフランソワーズちゃんの首根っこを掴む怒りの声。
そのまま、ぶん、と云う音共に放り投げます。
「この野蛮人ーーーーーーーーーーーーーー!」
フランソワーズちゃんは次第に小さくなる怒声と共に舞台背景の向うへ消え
てゆきました。後に残るはタイガーリリーの扮装をしたエリザベスちゃん。
「まったく、演劇をなんだと思ってらっしゃるのかしら」

ぽくん

いきなり丸めた台本で頭を叩かれるエリザベスちゃん。
「おい、オ・マ・エ・は舞台の練習中に何をして居るんだ!」
振り返るとゲルマッハ君がメガホン片手怒りに震えています。
「何をなさるんですの!演出家風情が私にそんな真似をする権利が、」
「やかましい!舞台の上ではこの私こそが全てだ!」
「兄上、私はいつまでここに縛られていなければ、」

するするする

いきなり舞台正面の緞帳がマルタ君と共に降りてきました。
「済みません、主君が登場する劇がこんな終わり方で本当に済みません」
ひたすら頭を下げ続けるマルタ君です。

「どうします、フラメンコ先輩。今度の演劇祭」
「ねぇ、ハプ。避けられるトラブルを避ける勇気と敢えて避けない勇気。
 アンタならどっちが本当の勇気だと思う?」
「怖いモノ見たさ、ってのもありますよねぇ」
どちらからともなく見つめ合い、あはははと力無く笑うフラメンコ先生と
ハプスブルク先生でした。

解説 青風 ◆BlueWmNwYU 投稿日: 2005/09/06(火) 21:05:43 ID:r7FqpvCT
さてと、解説というかこじつけというか、

オスマントルコのヨーロッパ侵入とヨーロッパ勢による撃退
は、それはもう長きに渡って行なわれました。その中でも
マルタ島はその攻防の要と云っても云い役割を担ってきた
訳であります。
1530年神聖ローマ帝国(ぶっちゃけドイツ)カール5世に
よって、今のマルタ騎士団がマルタ島を支配し、
1565年オスマン帝国の侵略をはねのけ、でも、
1798年ナポレオンに騎士団おいだされ、で、
1814年パリ条約によりマルタ島イギリス帝国編入、そいでもって
第二次大戦中、ドイツ、イタリアの猛攻撃をしのぐ、と。
こんなカンジでなんだか意外に歴史の主役として中央にいたり
するマルタ島という存在、結構面白いと思いませんか?
まぁ、今回の話はこれに準拠している訳です。

はい、そこのあなた、私がマルタ君を出す為だけに
これを書いた、なんて思ってませんよね?

       正 解 で す。

んじゃ ノシ

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