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第2492話
黄 色 い リ ボ ン ◆JBaU1YC3sE
投稿日: 2006/02/09(木) 00:10:41 ID:o3TRiRWg
「 キールの思い出 」
昔、わがドイッチェラント家も、ユーロ町全体を我が手に収めかかったことがある。
今じゃ大きな声で言えないけどね。
その頃、日之本家からカイグンさんが、僕の家のキールの離れに来ていた。
技術の本家たる我が家に弟子入りに来たんだ。
僕と一緒に手をオイルまみれにして、機械いじりに明け暮れていた。
穏やかな人だった。
知らない人が見たら、アメリーやベスの家を相手に、大激戦を交えた猛者とは
とても思えないだろう。
その昔ロシアノ家相手に上げた戦果は、ユーロ町の誰にも真似のできない神業だった。
ユーロ町以外の人間に、何故そんなことが出来たのか、
正直なところ味方の僕でもわからなかった。
そうして過ごしているうちに、
僕たちに聞こえてくる町の争いの話は、芳しくないものになっていった。
僕たちが負けるのだろうか?いや、そんなはずはない。あるわけがない!
マカロニーノが降参したけど、哀れな奴。一発食らわせてやりたいくらいだ。
そんなある日、カイグンさんに聞いたことがある
「ねえ、僕たちは降参することなんかないよね?」
「ないよ。どんな逆境でも頑張りぬくさ。
自分の誇りと、そしてゲルマッハ君のような子供達のために」
「日之本家はしっかりしてるなあ。うちの次に優秀な家なんじゃないかな。
それにひきかえ、マカロニーノの家ときたら。あんなのが戦友だったなんて」
「ゲルマッハ君、そんなふうに考えてはいけないよ。
戦いを忘れて家族のところに帰りたいのは、誰しも変わらないんじゃないかな」
「ええ!」
驚いた。カイグンさんがこんなことを言うなんて。
僕は、カイグンさんの顔をまじまじと見つめていた。
その顔は、いつもと変わらない穏やかさを保ったままだった。
そのとき電話が鳴った。ベルリンの間に直通のアーリア専用電話だ。
だけど、かけてきたのはアーリアじゃなかった。
「おい、ゲルマッハ聞いてるか!ヒック、
ベルリンの間はこのロシアノビッチ様がいただいた。おめえ、いいとこ住んでんなあ。
妹の命が惜しければお前も早くこっちに来い!」
「ロシアノビッチ!妹に手を触れるな!」
「てめえ言う資格あるのか?すぐに帰らねえと、わかってるな!」
「けだもの!」
僕は受話器をたたきつけた。ベルリンの間に帰らなきゃ、今すぐにここを引き払って。
(カイグンさんに何て言ったらいいんだ?)
僕は後ろを振り向くのが急に怖くなった。
恐るおそる振り向くと、カイグンさんと目が合った。
笑いの消えた顔でじっとこっちを見ている。僕はうつむいた。
カイグンさんが立ち上がって、近づいてきた。僕はぎゅっと目をつぶった。
ふわっと、カイグンさんが僕を優しく抱きしめてくれた。何故?
「ゲルマッハ君、いままでありがとう。はやくアーリアちゃんのところへお行き。
私はここを出て行くよ。アーリアちゃんの無事を祈っている」
「ごめんね!ごめんね、カイグンさん」僕は泣いた。
「ゲルマッハ君、約束しないか?もしも、もし私達の家の片方がどうなっても、
無くなってしまったとしても、残った方がずっと忘れないって」
「約束する!ずっと忘れないよ」
「ありがとう」
そう言ってカイグンさんは僕を離した。
笑顔の中に、すこしだけ悲しさを浮かんでいた。そして黙って部屋を出て行った。
もう会えないの?そんなの嫌だ!僕は後を追って叫んだ。
「カイグンさん、必ずまた会おうね!いつかきっと!」
僕は泣きながら、去っていくカイグンさんに叫び続けていた―――――。
「―――――それが、僕が見たカイグンさんの最後だったよ、ニホンちゃん」
私はゲルマッハ君の話を聞き終わって、しばらく何もいえなかった
私にはカイグンさんの記憶はほとんどない。
小さい頃から、昔のことが話題になるたびにいじめられた。
今でも言われ続けている。「忘れるなよ、永遠にな!」って。
でも時々、こうして昔の人を褒めてくれる人がいる。
何も言わない私に、ゲルマッハ君が写真立てを渡してくれた。
「これがカイグンさんと撮った写真。少し恥ずかしいけど」
そこに写っていたのは、幼いゲルマッハ君を肩車するカイグンさんだった。
ゲルマッハ君は油の染みだらけになった服を着て、
両手にレンチを持ってポーズをとっている。
今のアメリー君みたいに「僕がチャンピオンだ!」って顔してる。
カイグンさんは優しい笑顔で、しっかりゲルマッハ君を掴まえている。
カイグンさんが優しいからゲルマッハ君もこんなになついてるんだよね。
こうしてみると本当の家族みたい。私はゲルマッハ君が羨ましくなった。
気が付くと、私の目から涙がこぼれた。危うく写真の上に落とすところだった。
ハンカチを出して必死に拭いても止まらない。でも写真は見ていたくて離さなかった。
(私もこの中に入りたい!私もカイグンさんに会いたい、会いたい)
手に落ちた涙を拭く時、写真立ての縁に字が彫りこんであるのが目にとまった。
彫刻刀で彫った子供の字だった。そこにはこう書いてあった。
『 思い出の中でずっと一緒だよ 』
「ゲルマッハ君!」
少し照れているゲルマッハ君に私は抱きついた。
「ありがとう、ありがとうゲルマッハ君!」
ニホンちゃんの手の中で、写真の中のカイグンさんが、少し微笑んで見えました。
おしまい
解説
解 説
投稿日: 2006/02/09(木) 00:17:14 ID:o3TRiRWg
大戦末期、ドイツに派遣されていた友永中佐、庄司中佐が
Uボートで日本に向かう途中でドイツが降伏し、お二人は睡眠薬で自決なさったそうです。
「深海からの声」富永孝子著
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4794806639/249-7766501-7861146
「不滅のネービーブルー」板倉光馬著(元伊41艦長)
独・米両国から高く評価された友永中佐の自動懸架装置についてはこちらが詳しいです。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4769820615/249-7766501-7861146
友永中佐の発明について簡略な説明。Web上ではこれくらいでした。下の方です。
http://www.geocities.co.jp/Bookend-Ohgai/3853/sab/sab2.htm
キールのUボート博物館にお二人と、同じく自決したドイツ海軍最後の司令官のための
レリーフがあり、以下のように書いてあるそうです。
『○ WENN EINER NOCH EUER GEDENKT,HELEN,IHR LEBT!!』
『勇者よ、誰かがあなたを思い出す限り、あなたは死んではいない』
(○の位置にはルーン文字のアルジス『守る、の意』が入ります。)
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