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第59話
初投稿
投稿日: 2003/05/22(木) 07:43 ID:I5a9QfP2
『6月の太陽』
季節は夏の事でした。
入道雲と、蝉の合唱と、そしてまっすぐな陽射し。
ここは知覧の間、その縁側で寝っ転がっている人影が二人いるようです。
「なぁジミン」
「んー?」
呼びかけられて眩しそうに目を開いたのは若い頃のジミンさんでした。
呼びかけたのは、誰でしょう?細い目、がっしりした顎。心なしカンコくんに面影が似ています。
「随分外が騒がしいニダね」
「んー、まあウチは最近負けがこんでるからなあ」
ちちちちち…小鳥が軒先でさえずりました。
けれども良く耳を澄ますと遠くの方で罵りあい、殴り合う声が聞こえます。
「あーあ、やだやだ」
ジミンさんはごろりと寝返りをうって、軒先の小鳥を見上げました。
「俺は今度は小鳥になるよ」
憂鬱そうにジミンさんが呟きます。ジミンさんは町内喧嘩にあまり乗り気ではないようです。
何も言わず、カンコくんに似た男の人は苦笑していました。
この頃、知覧の間は、ある特別な仕事を与えられた日ノ本家の人たちが集められていました。
その特別な仕事とは…とても辛く、苦しい仕事でした。
よく見ると知覧の間には他にも何人かの男の人がいるようです。
手紙を書いている人、将棋をさしている人。色々な人がいます。
この部屋にいる人はみな、その『特別な』仕事を与えられるのを待っているのです。
がらり。
知覧の間のふすまが開けられました。
部屋にいる全員が一斉にふすまの方向を見ます。
そこにはニッテイさんが沈鬱な面持ちで立っていました。
部屋の中を見回し、二人に向かって歩いてきたニッテイさんは、静かにカンコくんによく似た男の人の肩に手を置きました。
「ミツヤマくん、宜しく頼む」肩に置かれた手が、微かに震えています。
それ以上何も言わず、ニッテイさんは踵を返し知覧の間から出て行きます。
音もなく、知覧の間のふすまは閉められました。
黙々とミツヤマと呼ばれた男の人は支度を始めました。襟を正し、額に鉢巻を締め、木刀を手にとり、感触を確かめるようにぎゅっと握りました。
ジミンさんはいくばくかの憾みを込めた目で、ニッテイさんが消えていった知覧の間のふすきを睨んでいます。
「じゃあウリは行ってくるニダ」
清々しく笑いながら、ミツヤマさんは縁側から出ていこうとします。
「……」ジミンさんは返す言葉がありませんでした。
いえ、本当は声をかけたくて仕方がないのです。
けれども、喉の奥で絡まった糸屑のように、言葉はもどかしく詰まってしまうのです。話したいことは色々あるのに。
「なあ、ジミン」
「…なんだ?」ジミンさんはようやくそれだけ、口に出来ました。
「ジミンのハハウエ様に伝えておいて欲しいことがあるニダ」
「?」
「色々ウリは日ノ本家にお世話になったニダ。継母だったけれど、ウリには最高のハハウエ様だったニダ。
何度か『お母さん』って云おうとしたけど…結局呼べなかったニダ」
そう云って、ミツヤマさんは照れくさそうに笑いました。
「ミツヤマ…」行くな、思わずジミンさんは云いそうになりました。それを遮るように、ミツヤマさんの言葉は続きます。
「だから、ハハウエ様に伝えてほしいニダ、伝えてくれるか?ジミン」
「…ぁぁ、あぁ…!」絞り出すようにそう云うと、ジミンさんは何度も頷きました。
縁側から勢いよく降り立つミツヤマさん。
「『長い間、ありがとう。ウリは幸せ者だったニダ。ウリはお母さんが大好きニダ』って」
少し傾いた陽射しのせいでミツヤマさんの顔はよく見れません。
けれどもジミンさんには、ミツヤマさんが、にっ、と笑ったように見えました。
裏木戸を開けて、ミツヤマさんは走り出します。
「また出てきやがったか、糞ったれが!」
「打ちのめせ、殺せ!」
憎しみに荒んだ眸がミツヤマさんを捉え、罵声と共に大量の石礫がミツヤマさん目がけて投げられました。
びし、びしびし、びしっ。
いくつもの石礫がミツヤマさんの身体を打ち据えます。
まるで滝のような、雨のような石礫。
けれどもミツヤマさんは真っすぐに走っていきます。
ひたすら真っすぐに。落ちかかった太陽に向かって。
走っていくミツヤマさんの姿は、すぐに横町の角に消えていってしまいました。
ちちちちち…
軒先の小鳥が空へ向かって飛び立っていきます。
ジミンさんは溢れる涙を拭おうともせず、ミツヤマさんが消えていった横町の角を、日が落ちるまでずっと見ていました。
それは第二次町内大喧嘩も終わりにさしかかった6月の、暑い昼下がりの事でした。
解説
初投稿
投稿日: 2003/05/22(木) 07:47 ID:I5a9QfP2
激しく自信がないのですが、試しに投稿してみました。
元ネタ、およびソースは知覧特別攻撃隊、隊員の家族に宛てた手紙です。
http://www.geocities.co.jp/Milkyway/7346/tiran.htm
相花信夫少尉の手紙を元としましたが、継母云々という『内容』を活かすために、
朝鮮人として特攻隊に参加した、光山文博(卓 庚鉉)少尉に人物を置き換えていることをあらかじめお断りしておきます。
また、作話上ニッテイさんでは世代が高すぎ、ニホンちゃんでは逆に低すぎてしまうので、
若い頃のジミンさんを中心に据えました。
ジミンさんはこの後知覧で命令を待ちつつ終戦を迎えた…と。
血縁関係や特攻関連の表現方法でも穴があるかもしれませんが、
初めてのニホンちゃんと云うことで大目に見てください(涙)。
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