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第35話 有閑工房 ◆aKOSQONw 投稿日: 2003/11/20(木) 16:26 ID:8y5hDm4.
『Wish You Were Here』

 家の前に見慣れた黒塗りのリンカーンが停まっている。おかげで指定席に車が止められ
ない。腹立ち紛れにバンパーを潰して停止する。黒ずくめの男が殺気立って運転席から顔
を出すと、俺の姿を見て汚いものを見るかのように眉をしかめ、すぐに運転席に戻った。
 拳銃にサイレンサーがついているのを確認すると、運転席の窓に3発ほどお見舞いして
入口への階段に向かった。予想通り防弾ガラスだったので、窓には亀裂が入った程度だった。
金があったらデザートイーグルでも買うとしよう。
「随分とご苦労だったようだな。」
 部屋のなかで、我が物顔にソファを占領している男が言う。
「俺は機嫌が悪い。」
「実の親子なんだからそこまで嫌わんでもいいだろう。」
 張り付いた作り笑顔に胸糞が悪くなる。全てを取り仕切り、全てを思い通りに動かそうと
する男。
「親子と言うのは道具みたいに使い捨てにするものらしいな。」
「場合によってはね。われわれの背負った使命の重さを考えれば当然だろう?」
「いつまでも開拓団みたいなことは言わないで欲しいね。インディアンを狩の獲物と勘違い
できる時代じゃないぜ。大体どこに無限の荒野があるというんだ。」
「無限?おかしな事を言うね。どこにも無限なものなんてありはしない。あるのは私たちの
ために用意されたものじゃないか。」
 こいつとの会話は不毛だ。屁理屈や独りよがりは尽きない泉のように出てくるが、程度の
低い奇麗事を実行したのを見たことがない。
「どうせお飾りだった俺には用なんてないんだろ。せいぜいパツキンの野郎を人形にして
遊んでりゃ良い。」
「随分な物言いだが彼は素晴らしいリーダーだよ。」
「そうだな。考えもせず笑っていれば部屋でビール片手にフットボールを見ていられる。
あいつ以上にハマリ役はいないな。」
「随分厳しい物言いだが、ここで生きているのは誰のおかげかをもう少し冷静に考える
べきだな。」
「せいぜいあんたの残り少ない良心が尽きないことを祈っておくよ。」
「そうしてくれ。ところで本題に入ろう。今のお前がやっていることは単に親不孝だけでは
なく、一族の不利益と不名誉だ。良く知っているように私は指をくわえて見ているなんて
訳にはいかんのだ。お前のように何の責任感もなく、日々自堕落には生きられんのだよ。
わかっているかい?これは助言ではなくて忠告だ。願わくば命令にならないことを望んで
いるよ。」
「あんたのお友達たちはどうしてそう判で押したような脅し文句が浮かんでくるんだい?」
「脅し?繰り返すようだがこれは忠告だよ。言葉は正しく使わないとな。」
「もう年だからしたくないことは放っておけばいいじゃないか。それを誰も責めはしない。
あんたはテキサスあたりでジャガイモでも作っているほうが似合っているよ。」
「親を思う気持ちにあふれるアドバイスだ。正直感動するよ。今のお前からそんな言葉が
出るのにね。」
「親子としては当然さ。」
 大げさなゼスチャーで俺の思い遣りにこの男は答える。出来れば俺にも情をかけてとっとと
お引取り願いたいものだ。だがこの男のとった態度は俺に対する嫌がらせだった。つまり、
居座って話し込むことだ。
「それは私に対する復讐かね?」
「復讐?」
 俺は自嘲気味に笑うのを抑制できずに言った。
「復讐は普通人間相手にするものさ。」
 辛辣な言葉はこの男に通用しない。当たり前に毎日聞いていれば麻痺するものらしい。
かつてはこいつを父親と呼び、尊敬するとまで言っていた自分が忌々しい。
 それから暫くカウンセラーじみた質問と生返事の応答が続いた。無駄な時間が緩慢に消費
され、やっと不毛な会話は時間の無駄と気が付いてくれたらしく、この男も重い腰を上げた。
「ああ、そうだった。大事なことを言うのを忘れていたよ。」
 入口まで来て、わざとらしく俺に言う。俺がこうすれば苛立つ事を知っているからだ。
「もったいぶる必要はない。」
「ラスカが結婚する。」
「……」
「相手は日乃本武士だ。親としても娘の初恋が叶って嬉しいよ。それじゃあな。」
 返答も出来ずに俺は取り残された。ドアの閉まる音で我に返り、ポケットからタバコを
取り出して咥える。火をつける手が震えていた。
 もう何かに感動することも驚くこともないと思っていた。しかしこれは、驚いている
ようだ。あの二人が、よりにもよってあの二人がだ。
 これは昼間の三流ドラマか。あの男が目の前に現れると、俺がいつの間にか眠らせていた
古傷を容赦なく揺り起こし、自分のしてきた事を認識させられる。疫病神が血まみれの服で
ピクニックに行こうとせがんでいる気分だ。
 立ち尽くす気力も萎えてきて、のろのろとソファーに向かう。
 スプリングが軋み、どこにぶつけていいか判らない怒りが全身を覆う。視界の端にあの男
が残していったブランデーの瓶があった。思い切りテーブルを蹴飛ばすと、瓶は床に落下
して派手に割れた。固い床に広がった液体から、甘い匂いが立ち上る。
 俺はサイドテーブルにあったバーボンを引き寄せると、何も考えず喉に流し込んだ。
無理に流し込んだためむせ返って、上半身が酒まみれになる。
――もうウンザリだ。
 一体いつになればこの長い夜が終わると言うのだろう。
 自分で火を消しておいて暗闇を這いまわっている。我ながら滑稽だ。
 這いずり回っているうちに、暗闇は逃れられぬ泥濘に俺を導く。足をとられ、帰りの道
すら見えてこない。
 サイドテーブルの上で伏せたまま埃を被っているフォトスタンドに手を伸ばす。俺と
肩を組んで写っている長い黒髪の女が微笑んでいる。だが今は目の前から消えた。何て
ことはない、過去の思い出の筈だった。それが自分にとってかけがえのないものと気が
付くのに大した努力は要らなかった。
 皮肉なものだ。取り返しがつかなくならなければ後悔も出来ない。やっていることの
虚しさに沈みながら、バーボンを更に流し込む。俺の手から滑り落ちたフォトスタンドが
床で鈍い音と共に割れる。段々と酒のせいで意識が朦朧となる。俺はソファに寝転がり、
やがて眠りに落ちた。
 酔いは封印した記憶を解き放ち、通り過ぎた人々を俺に突きつける。誰もが最後は悲しい
顔か恐怖に歪んだ顔をしている。あれは事実だっただろうか、それともただの思い込みだった
ろうか。
 もう、どうでもいい。
『笑うがいい。それがお前たちの望みなんだろう。』
 呟きにもならぬ独り言は、誰に言った言葉なのか俺にもわからぬまま。

―――夜は、長く果てしない。

−Ende−

解説 有閑工房 ◆aKOSQONw 投稿日: 2003/11/20(木) 16:29 ID:zRMsUvWc
解説・ネタバレ・竜頭蛇尾
※ やあ、やっと終わりましたぜダンナ。うp始めたら懸かりっきりになって他何にも出来なんだ。
そのうち次スレ云々で議論始まるし、そんな中うpするのってなんだかなあと思ったり、こんなとき
だからせめてとも思ったりと色々です。

※ 終わったからやっと言えるなあ、主人公はアメリー君です。固ゆで調が書きたかったのと(何か
ウリナリになりすぎてますが)、彼の主役の話がやけに少ない気がしたのと、あとは探偵ものっつー
たらアメリカっしょという独断と偏見です。時は今でない未来、我らが誰かさんのいない世界。この
時点で作品世界がスレタイ無視してると言えなくも…ハッ!マタアッタニダナ ミスタ安ダソン(PAM(PAM(PAM

※ それではおまけでタイトルの解説。
Artist/PINK FLOYD
Dark Side of The Moon(1973)/邦題:狂気
ビルボードチャートトップ100の最長ランクイン記録を持つ怪作。ウリはビートルズの後キングクリ
ムゾン〜フロイドに走って道を踏み外しました(w
The Wall(1979)/邦題:ザ・ウォール
2枚組(当時のLPも同様)の大作。良くこんなの発売したなあと小一時間。ほとんど実験音楽だよ。
The Division Bell(1994)/邦題:対
再結成で発売されたもの。ライブ映像は圧巻だった。…いや、演出がね。彼ら、演奏は下手らしいし…
Wish You Were Here(1975)/邦題:炎
最高傑作の誉れが自分の半径5m以内で非常に高いアルバム(w。タイトル曲はしっとりと聞かせる
ラヴなナンバー。

ちなみに『桑田佳祐の優しい夜遊び』(FM)のアイキャッチの音楽はPINK FLOYD /Atom Heart
Mother(邦題:原始心母)の曲です。ただし原曲は20分以上ありまつけどね(^ ^;

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