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第10話 書き人知らず ◆9GPWTa2EFE 投稿日:  2005/08/15(月) 22:36:52 [ slFZCMms ]

 〜 さよなら夏の日 〜

眼下には紺碧の海が広がる小高い丘の上、大きなものから小さなものまで、さまざまの墓石が
並んでいます。
そのお墓に、丁寧に丁寧に線香を立て手回る女性を見つめるウヨ君、ついにはいたたまれずに切り出しました。
「あのお墓、みんなお姉さんの親戚?」
「そう。 私の姉妹に従姉妹。 あとお店の友達や先輩後輩達も眠っている」

「そんな夢を見たよ。 姉さん、意味わかる?」
ううん、と首を振るニホンちゃん。 そんな夢物語より、彼女には重大な仕事があります。
「早く着替えて、ラジオ体操もうすぐ始まるよ!」

よく遊びよく食べる・・・とくればよく眠る。 夏の日差しを十二分に浴びたウヨ君は布団にもぐりこみ
ました。 静かなエアコンの音は、快適な睡眠を約束してくれるでしょう。

昨夜の女性はだれかと口論しているようです。
「しょうがないじゃない。 お店つぶれてしまったし。」
「だからってそんな・・・私には耐えられない!」
全身黒ずくめの男が、もういいだろうと睨んでいます。
「ユキ、後を頼んだわ。 お店は潰れたけど、誇りだけは潰させないのが私の最後の仕事よ」
そういうと、長身の女性が黒い車に乗り込むと、風のようにユキと呼ばれた女性の視界から遠ざかっていきました。
崩れ落ちるユキの双眸には、隠すこともできない涙。 口から漏れるのは嗚咽と呪詛の声。

どうしたらいいんだろう、でもほっておけないぞ。 ウヨ君は勇気を振り絞りました。
「お姉さん、ユキって名前なんだ。 キレイな名前だね。」
  〜 さよなら夏の日 (その2)〜

「ふふ、格好悪いとこ見られちゃったね。」
「オレ・・・いや僕だって泣くこともあるよ。 で、さっきの人は? なんか車に乗っていったけど」
涙をせき止めていた貧弱な土手は、脆くも決壊しました。
「知らない。 知りたくない。 そんなこと考えたくもないの!」
「ご、ごめんなさい」
うなだれるウヨ君を見て、ユキさんはあることに気がつきました。
「いいえ、私こそごめんなさいね。 あなたにはなんの責任もない話なのに」
「気にしなくてもいいよ。 でもお姉さんたちってどういう人たちなの?」
「どこから話せばいいのかしらね・・・」

かつて、いえ最近までこのあたりにはとても大きな店がありました。 この店は新しくできた店なのですが、
周囲が目を見張るほどの急成長を成し遂げることに成功します。
そうなると、元からあった店と張り合うことになり、ついには全面対決することになってしまいました。
そして・・・店は負け、潰れてしまったのでした。

「私たちの働きが悪かったのか、店長の方針が無理だったのか、私には判らない」
「でも、たくさん働いてる人がいたんだろ? それにみんな優秀だったんじゃないの?」
「むこうも優秀だったし、なにより店員の数が多かったの」

次々と倒れていく店員たち。 ユキさんはなんとか助けようとしましたが、一人では限界があります。
「悲しいことでも慣れるって怖いわね。 私の目の前で大切な仲間が倒れていくの。 後を頼む、後を頼むって、
もう何回聞いたか覚えていないわ。」
ユキさんの頬に同調してか、ウヨ君の声も濡れています。
「そうだったんだ。」
〜 さよなら夏の日 (その3)〜

「君、男の子でしょ? むやみに泣いちゃだめよ。」
涙をぬぐい、ユキさんはしゃがみこんでウヨ君を正面から見つめました。
「私、これでも運がいいほうなの。 話を聞いてくれたお礼に幸運を分けてあげる。」
ウヨ君の頭をユキさんはそっとなで、両頬を長い指がやさしく包み込みます。
誰からも感じ取ることができない、ほのかに甘く、どこか本能の深いところを刺激する不思議な香り。
ウヨ君の精神が飛びかかったその時、ささやかな音とともに、頬にやわらかく湿ったものが押し当てられました。

「この前の夢の続きを見たんだ。 でもあのお姉さん、なんだったんだろう?」
何も変わらない日常、いつもの朝食、普段の顔ぶれで、ウヨ君は家族のみんなに話しました。
「武士、早く食べろ。 食べ終わったら物置へ来い」
ニホンパパの口調は、いつもと違っていました。

「これなに? ボートの部品?」
ウヨ君には、古いボートのものとしかわかりません。
「かつての我が家には、たくさんのボートがあったのは知ってるな? その一隻で<雪風>という名だ。」
「じゃあすごいボートだったんだ」
いや、とニホンパパが首を振りました。
「小さいボートだったからな。 活躍できる場面なんて、そうはない。 ただ・・・。」
ウヨ君は、神妙に聞き入っています。
「最後まで沈むことはなかった。 乗っていた人でケガをした人もいない。 奇跡的な運の持ち主だった。
で、今のタイワンちゃんの家に渡すことになって、向こうの家でも大切に使ってもらったんだが、もう古かったし
台風で傷んでしまってな。 結局取り壊すことになった。」
「で、この舵と錨が帰ってきたんだね。」
しげしげと見つめるウヨ君の肩に、ニホンパパはそっと手を乗せました。
「この話には続きがある。 我が家がまたボートを作り始めたとき、二隻目は<ゆきかぜ>という名にした。
覚えておけよ。 <ゆきかぜ>は、わが家で最高の幸運を持つ名前なんだ。」

                                                     おわり

解説 書き人知らず ◆9GPWTa2EFE 投稿日:  2005/08/15(月) 22:41:05 [ slFZCMms ]

本スレにするかどうするかってとこで迷ってますので
とりあえずこちらへ。

好評をいただければ本スレにupします。

解説ですが、日本海軍随一の幸運艦である<雪風>を題材にしてみました。
http://www.ne.jp/asahi/kkd/yog/gf.htm
こちらのサイトを参考に書いております。 この場をお借りしてお礼を申し上げます。

そして全ての英霊に感謝と黙祷を。

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