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第18話 青風 ◆BlueWmNwYU 投稿日: 2006/01/29(日) 03:26:44 ID:2l/M4TID
「窓辺より望む風景」

月光のみが皓々と、その高き窓から望む果樹園を照らします。
その茫漠たる美しき眺めも、見下ろす少女にはただ虚に、
詠嘆と嘆息を、物思いの狭間に繰り返すばかりです。

「おお、ロミオ。あなたは何故、モンタギュー家のロミオなの?」
長く裾を引く夜会服に身を包んだ少女、ラスカちゃんは誰も居ない
筈の窓下に悲痛な問いを投げます。声はそのまま闇に呑まれ、
全ての物事はただ夜のうちに沈黙していました。

その、夜に沈む果樹園の縁、誰も居なかった筈の森の外れから、
何者かが凄い勢いで、まるで山火事から逃げる猪のごとく地響きを立て
つつ屋敷の方へ近づいて行くのが見えました。
「ラスカァ!ラスカ、お兄ちゃんだよぉ!」
ラスカちゃんの実の兄、ロシアノビッチ君でした。どうやら今夜こそ、
養女に出された実の妹を奪還するつもりで居るようです。

どすん。
ロシアノビッチ君はまさに屋敷へと達するその直前、何者かに飛びつかれ、
組み付かれたまま体重を腰に乗せられ、くるりとひっくり返されるなり、
頭から地面に叩付けられてしまいました。
「いってえな、誰だ!」
振り返った視線の先に立って居たのは、キルトスカートにショートカット、
腰にサーベルを差したマルタ君でした。
「誰だも何もないでしょ。ティボルトの出番はまだ先でしょうが。
 なんだってアンタが今、ロミオとジュリエットの邪魔をするのさ?」
「な〜にが、ロミオとジュリエットだ。俺の妹を連れてく奴あ、
 例え女でも容赦はしねぇぞ」
言うなり、とても小学生とは思えない太い腕を、マルタ君目掛けて
振り回すロシアノビッチ君。
「あ、危ない、って、ちょ、それに、僕は、おと、こ、ですって」
音を立てて襲い来る剛腕を、ひょい、ひょいとかいくぐり続けるマルタ君。
それでも、体力の差は仕方なく、次第に追いつめられ、足をもつれさせ
倒れ込み、強烈な一撃を食らう覚悟を決めた、まさに一瞬。
ごちん。
鈍い音と共に、ロシアノビッチ君は無言でひっくり返りました。
「大丈夫だった?」
太い棍棒を肩に担いだままにこやかに笑うのは、トル子ちゃんです。
「御免ねぇ、うちのクラスのアホが迷惑かけてぇ」
「ああ、助かりました。これで無事にロミオとジュリエットが、」
マルタ君が助けてくれたお礼を言っている最中に、
またも何物かが遠くから地響きを立てて駆けて来る音がしました。

「ジュ、ジュリエット、助けてくれ〜」
少々情けなくも必死な形相で駆けてくるのは、ウヨ君です。
「あ、おい、ヒノモトくん。まだジュリエットの台詞が終わってない」
と、マルタ君が声を掛ける間もなく、何かに追われるようにウヨ君
が駈け去ってゆきました。そう、本当にウヨ君は追われていたのです。

ずどどどど。
その足音、まさに地響き。その顔、まさに鬼。
「待てぇ、ウヨ、じゃねぇ、ロミオォオ!
 ラスカはぁ、ラスカはてめぇにゃ渡さねぇえZEEEEEEE!」
走り去るウヨ君を追いかける暴走する正義、ラスカちゃんの
もう一人のお兄さま、キャピュレット卿の扮装をしたアメリー君です。
マルタ君達が止める間もあればこそ、そのまま猛牛のごとく勢いで走り去
ってゆきました。
ウヨ君とアメリー君の追っかけっこは森を越え、果樹園を越えても
まだ終わらす、ついにはキャピュレット邸の石壁に取り付き、そのまま
ラスカちゃんの待つ高窓へ向けてよじ登りながらもなお続きました。

「待てぇ、ウヨォ、ぜぇぜぇ、ラスカは、ラスカはぁ」
「ちょっと、何で追っかけてくるの、ムキにならないでよぉ」
待てと言われて待つ馬鹿は無し。必死によじ登るウヨ君、ついには
窓の縁に指が掛かり、はい上り、ついに愛しきラスカちゃんと再会です。
「ああ、ラスカちゃん、じゃないジュリエット!恐かったよお」
恐怖からの開放に目が潤み、手を取り見つめ合う二人。
ほっとしたのも束の間、恐怖の魔王が遂に二人に追いつきます。
「てんめぇええ、ウヨぉおおオオオ!」
窓ガラスを振るわせつつ、あらん限りの銅鑼声を上げるアメリー君。
「お兄ちゃんなんか、お兄ちゃんなんか、大ッ嫌い!」
ぱちんと言う音と共に、アメリー君の右のほっぺたにラスカちゃんの平手。
アメリーお兄さまはがっくりと燃え尽き、動かなくなってしまいました。
「さ、ウヨ君、じゃないロミオ様。二人で平和な国へ行きましょう」
呆然とするロミオ様の手を引いて、ジュリエットは旅立って行きました。

「と言う訳で、舞台はさんざんな事になってしまいました。
 エリザベス様に演出助手の大役を頂きながら、申訳有りません」
沈痛な面もちでマルタ君は、女主人、エリザベスちゃんの前に跪きます。
「まあ、宜しいですわ。不可抗力と言う事に致しましょう」
あくまで、取り澄ました顔で女王、エリザベスちゃんは宣いました。
「それにしても」と、此処で始めてエリザベスちゃんはくすりと笑い、
「あのお芝居をハッピーエンドにしてしまったのは、
 マルタさんが初めてじゃないかしら?」
主の真意を測りかね、ひたすら恐縮するマルタ君でした。

解説 青風 ◆BlueWmNwYU 投稿日: 2006/01/29(日) 03:30:54 ID:2l/M4TID
解説とかナントカ

元ネタ、そのいち
アラスカ(ラスカ)の極めて大雑把な歴史
1741年ロシア皇帝の命で北極を探検していたベーリング、
 白人として始めてアラスカ発見。
1784年以降、無理矢理ロシア(ロシアノビッチ)領となる。
1774年から1794年キャプテン・クック、キャプテン・バンクーバーなど
(どちらも英国の探検家:エリザベスちゃんの手下、マルタ君)
 探検を行なう。
1853年クリミア戦争。ロシア、トルコ(トル子)と戦争。
 イギリスに後方を攪乱されるを恐れたロシア、
 1859年にアラスカをアメリカ(アメリー君)へ売却
1893年日本人安由恭輔(フランク安田:取り敢ずウヨ君)
 絶滅の危機に瀕するポイントバーローのエスキモーを連れ新天地へ移動。
 ビーバー村を建設。(詳細は新田次郎アラスカ物語)
・・まぁ、最後のは小さなエピソードに過ぎないんですけどね。

元ネタ、そのに
ロミオとジュリエット。本当の筋を知りたい方は↓こちら。
ttp://www.sol.dti.ne.jp/~takeshu/Romeo.htm

じゃ、また近いうちに。
ノシ

解説 青風 ◆BlueWmNwYU 投稿日: 2006/01/29(日) 09:55:11 ID:2l/M4TID
>>198
、、、解説の補足

キャプテンクックがアラスカを「発見」したのは1778年。

クリミア戦争は1855年9月に終結してます。
クリミア戦争はトルコ+イギリス+フランス(+イタリア サルデーニャ王国)
対ロシア帝国で闘い、連合側の勝利。1856年3月のパリ条約で講和。

その後のアラスカのアメリカへの売却は1867年の間違いでした。
是が、イギリス対策であったのは同じ。(カナダ側からの侵略を恐れたらしい)

・・・・・別に、学習SSを書いているつもりはないけど、解説の間違いはまずいなぁ、やっぱり。

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