連続ドラマ小説「ニホンちゃん」第63話「十八．四四米」　作：どぜう

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第63話どぜう ◆3F8jIdnlW2 投稿日： 2006/03/22(水) 00:19:32 ID:CKIu35rA: 『十八．四四米』

――その時、歓声が台風のように通りすぎていった。
マウンドの上には満面の笑みのあの子がいた。

いつもよりも、マウンドが、遠い。
どんどんとその距離が離れていくような気がして。
あたしは、なにか悪い事をした時みたいに、その場から逃げ出した。

ロッカールームで、一人。不意になにもかも嫌になって、
グラブを投げつけようとして、やめた。
…お父ちゃんが買ってくれたものだからね。

着替え終わってグラウンドを後にすると、
駐輪場でお父ちゃんが待っていた。
「よう」そう云って、夕暮れの中、ニカッといつもみたいに笑って、
「乗ってけよ」と、まるで色男みたいに自転車の台車を、親指で指し示した。

「お父ちゃん？」
「ん？どうした？」
「あたし負けちゃったよ」
キィキィと、お父ちゃんが漕ぐ、ペダルの軋む音を聞きながら、
あたしはお父ちゃんの背中で試合結果を報告した。
「うーん。そうか」聞いているのかいないのか、
お父ちゃんは生返事で答えた。

そしてせわしなく、キィキィと自転車のペダルだけが軋み続けた――
『十八．四四米』

「なあ」不意にお父ちゃんが口を開いた。
「ん？」
「お前の相手は強かったか」
「うん…」
「全力を出してもかなわないくらいに強かったか」
「うん」
「そうか…」
「…うん」
「じゃあいいじゃねえか、なにもズルで負けたわけじゃねえ。
向こうは強かった、お前は弱かった。それだけのコトだわな。
…父ちゃんが一番嫌いなのはな。
負けたのに勝ってたはずだった。って言い訳するこった。
負けるのは確かに嫌だ、でも言い訳は父ちゃんもっと嫌いだ」
「……」
「言い訳をしないお前は偉い。さすが俺の子だ」
そう云ってお父ちゃんは、がはは、と天を仰いで笑った。
「あはは…」
あたしもつられて笑う。
あたしンちの旗に描かれてるような一番星が、
空におっきく光ってるのが、お父ちゃんの肩ごしに見えた。

たぶん、次のゲームでは、
マウンドが遠いなんて、あたしはもう思わないだろう。

――そう、あの子との距離なんて、そう遠い距離じゃない。
【了】
解説どぜう ◆3F8jIdnlW2 投稿日： 2006/03/22(水) 00:21:20 ID:CKIu35rA: 元ネタはＷＢＣの結果。
勝つ側がいるということは、負ける側が当然いるということで砂。
タイトルになっている「十八．四四米（18.44m）」は、
確か日本のプロ野球のマウンドからバッターボックスまでの距離です。
ＷＢＣの規格では何メートルなのかは知りません。

…いやー、まさか優勝するとは思いませんでしたよｗ
解説どぜう ◆3F8jIdnlW2 投稿日： 2006/03/23(木) 21:05:33 ID:+nwdFJfs: 戦後の脈絡が逆になってしまいましたが、ソースらしきモノが出て来ました。

・「日本の過去最高チームに敗れる」＝松坂、大塚らを評価－WBCでキューバ紙
ttp://sportsnavi.yahoo.co.jp/baseball/jpn/headlines/20060322-00000033-jij-spo.html

日本はズルで勝ったと云われている方がいらっしゃいますが、
元々ズルとは一方の当事者が、もう一方の当事者に対して有利になるように働きかける行為だと思っています。
今回のケースはジャッジメントに助けられた面があるのかもしれませんが、
それでも明確に日本が働きかけた訳ではありません。
ですので、自分は日本はズルをして勝ったと思ってはいません。

そもそもスポーツにはホームとアウェーと云う概念があります。
自由主義経済の中心地とも云えるアメリカでの開催は、
共産主義国家のキューバを出身とする選手たちにとっては、この上もないアウェーであったと思われます。

・選手に亡命の働き掛け＝WBCキューバ団長明かす
ttp://sportsnavi.yahoo.co.jp/baseball/jpn/headlines/20060323-00000031-jij-spo.html
実際はどうだったのか判りませんが、
現実にこのような動きも水面下では行なわれていたようですね。

ttp://sportsnavi.yahoo.co.jp/baseball/jpn/headlines/20060323-00000030-jij-spo.html
また、このような記事も見受けられますが、
作中でのキューバちゃんのお父さんには、特に元ネタは存在していません。
敢えて元ネタとなる人物を挙げるとするならば、
選手の父親一人一人であって欲しいと思っています。