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第1953話 無銘仁 ◆uXEheIeILY 投稿日: 04/08/13 00:58 ID:9g9bwLqq
 「ニツテイさん 3」

 ともかくわる者は露西屋に極まつてゐる。けちな野郎だ。
よつぽどひとりで喧嘩も出来んで男と云はれるかと詰問してやりたい
ほどだ。在来露西屋は英吉利と仲が悪いとは以前もかいた。
してみるとどうした訳かと首を捩るほどのことでもない。
英吉利と仲の良いおれの威勢がいいのを憎く思つてゐるのだらう。
英吉利のねちねちした猫撫で声も癪に障るが、
大抵露西屋の冷然とした狡さのはうが虫が好かぬ。
第一ぢかにおれと喧嘩すればよいものを、遠回しに圧してくるから
まるで臆病の愚図衛門だ。その癖口だけ先に生まれてゐるときた。
一返つらまへて誅戮してやらねば気が済まない。
しかし卑怯でも愚図衛門でもおれより一尺は体の大きい露西屋だ。
癪に障るが英吉利の助勢をあふぐよりあるまい。

 そのうち支那屋の番頭が当主は弱虫だと云ふのでおれや
英吉利や露西屋を見括つて要求を聞かぬやうになつた。
支那屋にたしかめるとそれは云ひ懸りです、万に一つ本当の
ことでもどうかご斟酌くださいなどと利いた風なことを
ぬかしあがる。支那屋は懲りてをらぬと云ふので英吉利らと
出掛けて行つて、首根つこをつらまへて抛げ飛ばしてやつたら
またぐうと云つた。露西屋もおれに入らぬ手助けをした。
欺撃されたときは腹も立つたし、負け惜しみの駄目助だと思つたが、
こんなところはどうして露西屋も大したものだ。
 さうして支那屋はおれの云ひ分を許諾した。
ところが露西屋がいつまでも支那屋の軒先に居座るには困つた。
ことさらに支那屋に関はるなと申し立てたのは他ならぬ露西屋である。
何かの冗談ぢやあるまいし、露西屋が云つたことを露西屋が覆す
などと云ふことがあるもんか。こんな条理に適はぬことを云へるのは
やはり口から先に生まれてゐるからだ。
そのうへまるで恬然として恥ぢぬのだからいやになる。
朝鮮の野郎はまだ露西屋の一味徒党に加盟する気のやうだが、
かやうな気違ひを敬愛するとは物数奇もいいところだ。

 英吉利に事情を話すとホホホホと笑ひながら、や君はすぐ喧嘩を
吹き懸ける男だ。そんなら私が融通するから、思ふさま打つ潰して
荒肝を挫いでやればよからうと云ふ。何がホホホホだ、貴様のはうが
喧嘩好きぢやあないかと腹が立つたが親切は親切だから我慢した。
ともかくも英吉利はかかる喧嘩に加勢を諾したもので
おれは露西屋へ行つた。門番を威嚇すと即座に退散したから、
鬨の声を揚げて屋敷の中へ攻め込んだ。
露西屋の中庭へ無理に上がると大僧が出てきて邪魔をする。
名を問へばクロパトキンとか云ふさうだ。白パトキンでも紅パトキンでも
来るがいい。どうせ来るなら色など知つたことか。クロパトキンは
強かつたが怪我が痛いのを辛防して露西屋の部屋へ行つた。
途中番犬が飛び掛つて来たが犬にかなはぬでは外聞が悪るいから
つらまへて一蹴してやつた。
 露西屋は空威張りこそ引つ込めぬが、おれみたやうな下層民が存外
強いものだから心の中では全く退儀と見えてしゆんとしてゐる。
ところへ亜米利がやつて来てかしこまり、両人供矛を収め被下度候と
きたもんだ。どうにも露西屋の指金に相違ない。
露西屋はよき計らひだと云つてにやにや笑つてゐる。
計らひも落雷もありあすまい。烟に捲くつもりだらうがさうはいかぬ。
悪の露西屋に酬ひを受けさせんと攻めて来たところが
要撃されたと云ふだけだ。おれは正義を果たすためここに居るのだ。
でなければ誰が遥々露西屋下りまで来るものか。
すると亜米利はお疲れになつてはお身体におよろしくないと云ふ。
正直に白状してしまうが、おれは体力のあるはうではない。
この時も今にも顛倒するかと思つて閉口たれかけたぐらいだ。
仕様がないから恭しく進み出て、此度儀は有難く受申候などと云つて
帰つてやつた。

 ちやうどその時分、おれには倅が出来た。名前を付けるのも退儀だから
今流行つてゐる言葉を女房に聞いたら自由と民主だと云ふ。
ならば自由民主と名付けたがよからうと云つたらそんな馬鹿な付け方が
ありますか、良い名前を付けて良い小供に育てねばなりませぬと理窟を
ぬかす。大概名前が良いから君子になるものでもなからう。
やに名前がえらさうな奴なら眼が突き抜けるほど見た。
優しい声でもつともらしく吹聴するが、実際はすこぶる乱暴だ。
英吉利や露西屋が他人のために励精するやうな君子とは到底思へぬ、
裏表があるやうな人間に立派な名前があるはうがよつぽど不思議だ。
さう云つてやつたら女房もおれの論法に感心したと見える。
しかしこの自由民主が親譲りの無鉄砲でなければいいがと云つたら
このままだとしまひに無鉄砲が過ぎて大怪我をするんぢやないでせうか、
どうか注意してくださいと真面目な顔をする。女なんてそんなものだ。
だがどうにも服膺せねばならぬ気がしてならなかつた。(完)

解説 無銘仁 ◆uXEheIeILY 投稿日: 04/08/13 01:07 ID:9g9bwLqq
ひとりで短期間にうpするのは望ましくないんですが、
落ちそうだということなのでやむなくうpしました。
一応解説をいたしますと、元ネタは夏目漱石の「坊ちゃん」で、
作品が書かれた時代に合わせて、日露戦争で終わりにしました。
本物と違うところは、坊ちゃんが東京生まれなのに対して
ニッテイさんは田舎者というところです。
作中、中国や韓国をだいぶ見下した表現がありますが、
当然ながら一人称としてのニッテイさんが述べていることで、
是非を論ずる気は全くありません。

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