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第34話 どぜう 投稿日: 2004/10/27(水) 17:47
『希望、掘り起こす物へ』

今も思い出す。あの日のことを。
僕らがあの朝、身体に感じたそれは、ほんの些細な揺れだった。
だがしかし、速報画面で報じられたそれは、
予想よりも遙か遠く、強いものだった。

『震災』
その二文字がじくじくと不気味に脳裏に浮かび上がった。
僕ら3人はすぐに身支度を整えた。
あの震度では相当の被害が出ていることは容易に予想できた。

数分、数十分が経過した。しかし、待ち望んだ電話はかかってこなかった。
痺れを切らした僕は、観測用のヘリを飛ばした。
眼下の家が、街が。赤く染まっていた。
生活が、日常が、焼け爛れ、崩れ落ちる瞬間を、僕は目の当たりにした。

僕たちは、自らに制約を課している。
『自分自身の判断で、勝手な行動はしないこと。』
誰かからの命令や、要請があるまでは自分勝手に動けないのだ。
已むを得ず、僕は約束を破った。

独断で、人を搬送した。後悔は、今もない。

帰還。しかし、まだ電話は来なかった。
そして、無為の数十分、数時間が経過する。
「お願いします、自分らを使ってください!お願いします!!」
ヘリの整備を終えて、部屋に帰ってくると、
リクジ兄さんが電話で要請の督促をしている最中だった。

その、約二時間後。
電話が鳴った。



……
………
昨日もリクジ兄さんは泥まみれで帰宅した。
傷付いていない指先はない。
日を追って、全身に目立たない傷跡が増えている。
けれど、兄さんは嬉しそうだ。
そういう兄さんを見るのは、僕も嬉しい。


「リクジ兄さん、信濃川流域で不明の親子3人の車を見つけたって報告が!」
興奮して、受話器を手で押さえることも忘れたカイジ兄さんが、そう叫ぶ。
「判りました、容体の確認ですね?すぐそちらへ向かいます!」
昼食を切り上げた兄さんが身支度を始めた。
「おお、リクジくん」
「シンタローさん?今俺も出るところです」
「そうか、うちの連中も行かせるからな。
難しい作業だろうが、頑張ってくれ」
「判っています、それじゃ!」

いつの日か、兄さんが僕に打ち明けてくれたことがある。
『土砂災害や、崩落現場。辛い出来事は無数にある。それこそ瓦礫の数程に。
けれど俺は何があっても掘り起こす。
あの下には、希望が埋もれているんだから』と。

解説 どぜう 投稿日: 2004/10/27(水) 17:49
余震続く中での救出作業に従事する全ての人達に敬意を。
http://www.benri.com/forum/anything/messages/5374.html

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