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第1531話
名無しさん
投稿日: 03/05/22 03:14 ID:2O3Z7kF1
「白き翼は城に舞い」
ゲルマッハ家には『バイロイト』という演劇にのみ使用される建物があります。それも普通の
演劇ではありません。ゲルマッハ家がベートーベンさんと同じ位誇りとするワーグナーさんの劇
のみ上演するという特別な建物なのです。
「わああ、やっぱり素晴らしいわ」
白鳥の騎士ローエングリンの劇を見終わりニホンちゃんは感嘆の溜息を漏らしました。
「格好いいなあ、ローエングリン様。私もあんな騎士様にたすけられたい」
うっとりとして言います。見れば女の子は皆ローエングリンの虜です。
「いいなあ。窮地の姫を救う白銀の騎士。決まってるよ」
オペラには目のないマカロニーノ君も手放しの賛辞です。男の子達も心ここにあらずです。
「どうかな、我が家の楽劇は。気に入ってもらえたかな」
「勿論!」
ゲルマッハ君もアーリアちゃんも皆のうっとりとした表情にご満悦です。
「じゃあ次はバイエルンに案内するよ。ノイシュヴァンシュタインにね」
「ノイシュヴァンシュタイン!?」
「うん、ワーグナーさんの劇を再現した別館なんだ。別名『白鳥の城』。どう、見たいかな」
「うん!」
かくして一同白鳥の城へ向かいました。
「う、すごい山だな」
「本当にすごいですわね」
「けど緑が綺麗アル」
めいめい山歩きを楽しむうちに目的のお城に到着しました。
「・・・・・・・・・」
城の門を見て一同言葉を失いました。夢の世界のお城そのままの世界がそこにありました。
「驚くにはまだ早い。中を案内しよう」
ゲルマッハ君に案内され門をくぐります。
城の中も幻想的でした。どちらかというとすっきりした外観とはうってかわって趣向を凝らした
この世のものとは思えない不思議なものでした。
「綺麗・・・まるで夢の中にいるみたい」
地下の大きな貝殻と船が浮かべられた泉を見て誰かが溜息とともに漏らしました。
「だろうな。この城はルードヴィヒさんが多くの歳月とお金を費やして造ったのだからな」
「ルードヴィヒさん?」
「そうだ。このバイエルンの家主だった人だ」
「知ってますわ。確かワーグナーさんに惚れ込んで」
「家を赤字にしたんだよね」
芸術に造詣の深いフランソワーズちゃんとマカロニーノ君が突っ込みを入れます。
「ということは」
「ホモのDQNダスか!?」
アメリー君とオージー君痛い指摘です。
「・・・確かにそうだったかもしれない」
ゲルマッハ君反論しようとしません。
「・・・けど」
泉の青く澄んだ水をすくいます。
「とても寂しく哀しい人だったんだ」
ゲルマッハ君が話し始めました。失われた筈の古い記憶が甦ります。
ルードヴィヒさんはゲルマッハ家のなかにある分家のひとつバイエルン家に生まれました。
すらりとした長身でかつ物憂げな顔立ちの美少年であり女の子の人気の的でした。
しかしルードヴィヒさんは女の子を嫌いました。その替わりに演劇ばかり見ている子供でし
た。あるとき『ローエングリン』という劇を見て彼の人生は決定されました。
姫を救う白鳥の騎士、それに自分を投影させた彼はたちまちその劇の虜になりました。もう
朝も昼もそのことばかりです。それは恋でした。劇に、その中の騎士に。そしてそれは劇を創
った人へと。
「ワーグナー・・・。ワーグナー・・・」
まだ見ぬ人への想いはつのるばかりです。成人すると彼はすぐにワーグナーさんを自分のと
ころへと呼びました。
ワーグナーさんを目の前にしたルードヴィヒさんの心臓は破裂せんばかりに鼓動しました。
すぐに彼の借金を肩代わりし劇をつくらせました。ルードヴィヒさんはゲルマッハ家でも随一
のお金持ちだったのです。
それからは寝ても醒めてもワーグナーです。元々人間嫌いだった彼は次第に人前に出なくな
りワーグナーさんの劇ばかり観て、ワーグナーさんの曲ばかり聴いていました。
ですがワーグナーさんは図々しくしたたかな人でした。ルードヴィヒさんからお金を貰いそ
れを湯水の如く使っていました。あげくの果てには自分の演劇専用の劇場まで彼に建てさせよ
うとする程でした。
これには家の人も猛反対しました。けれどルードヴィヒさんは誰とも会おうとはしません。
次第に人々は彼が変だと噂するようになりました。
遂に家の人達はルードヴィヒさんに詰め寄りました。ワーグナーを家から追い出せ、と。
彼は仕方なくその要求をのみました。
それからルードヴィヒさんはあちこちに別荘を造るようになりました。別荘といっても
お城です。もう誰も喧嘩に使わない時代に。彼はそこのワーグナーさんの世界を再現させ
ようとしたのです。
お城の中で彼は一人遊びました。自分のワーグナーさんの世界に。それは愛してやまな
い夢の世界でした。
「この世なんて苦しみばかりだ」
ルードヴィヒさんはいつもそう漏らしていました。側にはまだ幼いゲルマッハ君のお祖
父さんだけがいました。
「君とワーグナーだけだ。側にいて欲しいのは。他は誰もいて欲しくはない」
彼の頭を撫でてそう言いました。ルードヴィヒさんはますます人前に姿を現さなくなり
ワーグナーさんの演劇と葡萄酒、そして自分が住む白鳥の名を冠した別荘に溺れるように
なりました。
けれどもそんな彼を家の人達は放ってはおきませんでした。お医者さんの検査で精神
を病んでいると発表したのです。
「誰も僕を見ていないのに」
ルードヴィヒさんは力なく笑いました。その顔には諦めと哀しみが漂っていました。
ルードヴィヒさんは愛していた別荘から無理矢理別の別荘へと移らさせられました。
厳しい監視のなかもうワーグナーさんに会うことも彼の劇を見ることもできません。
「みんな僕から全てを奪ってゆく・・・・・・」
ゲルマッハ君のお祖父さんにそう呟きました。
ある雨の日彼はゲルマッハ祖父を連れて散歩に出かけました。湖のほとりにきたとき
運命の砂時計がその働きを止めました。
「さよなら」
お祖父さんにそう言うと湖に歩いていきます。
お祖父さんは止めようとしました。けれどルードヴィヒさんはそれを制止しました。
「君は来てはいけないよ」
優しく微笑んで言いました。
「もう僕はこの世に必要とされていない人間だ。だから去る。けれど君は違う。
生きて生を楽しむんだ」
「・・・・・・はい」
彼が頷いたのを見てルードヴィヒさんは湖を進んでいきます。
「ワーグナーに伝えて。貴方に会えてよかったと」
「はい・・・」
「そして彼の全てを愛していたと」
「はい・・・」
「最後に・・・。彼の劇と曲を愛してくれ。そして皆に伝えて」
「はい・・・」
「それでいい。僕は誰にも知られず謎のままでいたい」
翌日ルードヴィヒさんは発見されました。息せぬ姿で。けれどその顔は微笑ん
でいました。生きていたときには全く見せなかった満足な表情で。
「・・・そういうことがありましたの」
「ああ。本当は芸術を愛する繊細な人だったんだ」
ゲルマッハ君の話に皆心を打たれました。
「哀しいね」
「うん」
静かになってしまいました。
「けれど彼の愛したワーグナーさんの曲は今も愛されている。彼の愛した城も
今こうしてある。彼の愛はまだ生きているんだ」
ゲルマッハ君は皆に言いました。
「そうね。心は生きてるんだ」
「いいことを言いますわ。いつもは朴念仁のくせに」
「ほんと。けどなんか見てきたみたいな話し方だったな」
「・・・・・・」
「あれ、どうしたの?」
「いや、なんでもない」
ゲルマッハ君一瞬はっとしましたがすぐにもとに戻りました。
(何故だろうな。本当に見てきたみたいだ。はっきりと目に浮かぶ)
けれどそれは皆にはあらわしません。
「皆上に上がろう。特製のお菓子、ピーチ=メルバをご馳走するよ」
「やったあ!!」
皆上へと登っていきます。遠くから合唱が聴こえてきます。
喜びて我等は貴き殿堂に挨拶を送る
ここに芸術と平和は永遠に讃えられてあれ
喜ばしき叫びよ遠く響け
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