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第1704話 有閑工房1 ◆WOaKOSQONw 投稿日: 03/11/06 12:13 ID:iRFd4FJm
『ひとにやさしく』

「と、いうわけで、おこずかいの乏しいアジア地区の皆に今日は朗報を持ってきたんです!」
 東シナ池のほとり、なんだか風体の怪しいおじさんが近所の子供を集めて辻説法をかまして
います。
「ところでお嬢さん、おこずかいは月いくらかな?」
「ないの。」
 答えたのはベトナちゃん。するとおじさん演技100%の悲しい顔で嘆願します。
「アイヤ…でなくて何てことだろう!おじさんが持ってきたお話はキミみたいな子の為のもの
なんだよ。こんなに家族想いで優しい子なのに、自由に使えるお金が無い!世の中にこれほど
不公平な事がアルか?な、お嬢ちゃんもそう思うだろ?」
「そうかな?」
「そうだとも。お嬢ちゃんはある意味騙されているアルじゃなく騙されている。」
 ベトナちゃんの反応は鈍い事この上ないものです。おじさんは口角泡を飛ばしてベトナちゃん
がいかに不幸かまくし立てます。そのうち人垣を作っていた子供は、このおじさんがベトナちゃん
ばっかり相手するのでつまらなくなって帰ってしまいました。
「ぜえ、ぜえ、ぜえ…という訳だけど、わかったかな?」
「だいたい。」
「そうかい。」
―――5分経過。
「で、おじさんに何か聞く事は無いかい?」
「べつに…」
「そ、そうアル…じゃなくそうかい。」
 どうやらおじさん話の接ぎ穂に困ってしまったようです。ベトナちゃんも飽きてしまったのか
そのまま帰ろうとします。
「じゃ、帰る。」
「あ…そう…」
 それだけ言うとベトナちゃんもすたすた歩み去ります。しかし、
「覇ァァァ、全ては中華四千年…ではなくて五千年の歴史の為にっ!」
 鈍くさそうなおじさんが突如敏捷な身のこなしを取り、用意していた大きなずた袋にベトナちゃん
を放り込むと、あっという間に走り去ってしまいました。
 ちょうど通りかかったホーチミン君、一瞬その姿を目撃しましたが、まさかベトナちゃんが入って
いるとも思わず無視してしまいました。
『かどわかしか…関係ない物は放置すべきか否か…』
 下手に関わると要らぬ災厄を呼び込むのがアジア地区のジンクスです。思わずホーチミン君は逡巡
します。直後に思い巡らせていたのを後悔する事になりましたが…。何せ道端に見慣れたカバンが
投げ捨ててありましたから。
「ベトナッ!」
 カバンを取り上げ、誘拐犯の去った方向を青い顔で振り返りますがそれも後の祭り。舌打ちして
急いで家に帰ります。
 いつもの黒豹のような身のこなしと程遠い感じでホーチミン君が家に駆け込んでくると、早速
ママンが咎めます。
「ホー!家の中で用もないのに走らない!」
「それどころじゃないママン!ベトナが攫われた。」
「いつ、どこで?」
「さっき南シナ池のほとり。カバンがそこに投げ捨ててあった。犯人はチュウゴの家にむけて走って
いった。」
 さすが普段のスパルタ教育が行き届いています。情報は的確で無駄がありません。
 ベトナちゃんが心底恐怖するママンでも、このときばかりはうろたえるのかと思えば、さにあらず…
「そう、それならホー、ベトナのお守りお願いね。」
「はあ?」
 『お守り』と『誘拐』は意味がまるで違います。一瞬ホーチミン君もママンが聞き違えたのかと
思いましたが、どうもそうではない様子。
『まあ、何するにしても見捨てないだろうから…任せようか…』
 変に毒気を抜かれて、それでも急いでホーチミン君も出撃です。
―――当たり前のように中華マンションへ―――

 さて、攫われたベトナちゃん、都合上大人の世界のえっちな事はされてません。
 不安なのは確かなんですが、目隠しされて椅子の上に後手に縛られていては何も出来ませんから、
仕方なしに大人しくしてました。
 暫くして足音と共に誰かが近付き、目隠しを取ります。
「あ。」
「これはベトナ、奇遇アルな。」
「何の用?」
 いそいそとチュウゴ君が紐を解き、ベトナちゃんは縛られたところをさすりながら質問します。
「フフフ、特にこれといって無いアル。」
「じゃあ帰る。」
「まあ待つアル。これも何かの縁アルから暫く遊んで帰るアル・・・」
 そう言うとチュウゴ君、そそくさとお茶を淹れ始めます。部屋中にジャスミンの香りがたちこめ、
ベトナちゃんもそれならばと居直って香りを楽しみます。
 出された茶菓子とお茶はなかなかセンスのいいものでした。しかし普段が普段なだけにベトナちゃん
も警戒心は解けません。
『こうやって油断させて、何かするつもりかな…えっちな事とかやだな…』
 実際どんな事かはわかっちゃいませんがそう思いました。それにしてもチュウゴ君、何だか不気味
なくらいに優しいです。ベトナちゃんがじっと空になった湯呑を眺めていると、そっとおかわりを
注ぎ足し、「暑いな…」と呟くと一目散に部屋の窓を開け放ちます。
「ねえ…」
「何アルか?」
「何か遊ぶものある?カバン無いから宿題も出来ないし…」
 チュウゴ君自信満々で答えます。
「当然遊ぶものも用意しているアル!好きなのを選ぶアル。」
 そう言って目の前に広げたのは男の子用のおもちゃのオンパレード。これ見よがしなのは充分嫌味
ですが、チュウゴ君の鼻っ柱を折るのもなんなので一番無難なトランプをする事にしました。
『もしかして・・・遊び友達が欲しかったのかな?』
 ふとベトナちゃんは思いました。チュウゴ君の周りには確かに友達はいますが、あまり気安い間柄
ではない様子。それだからといって攫ってきてまで友達を作るのはどうかと思いましたが…。そういう
意味でチュウゴ君は案外不器用なのかもしれません。
二人だけでしたが、結構色々なゲームで盛り上がり、何だかんだと二人とも笑いながら過ごしている
うちに外が暗くなってきました。
 そろそろ帰りの時間が気になる頃、部屋のドアが開けられて、ベトナちゃんにとっての恐怖の大王
がやって来ました。
「ベトナ、帰るよ。」
 条件反射のように立ち上がり、散らかったゴミやおもちゃをかき集めると、ベトナちゃんはいつもの
ように短い挨拶で部屋を出ようとします。
「じゃ、また明日。」
「ああ。」
 チュウゴ君、名残惜しそうです。ベトナちゃんはその表情に何か突き動かされたのでしょうか、
すっとチュウゴ君に近付くと一言言って立ち去りました。

 帰り道ママンは一言も喋りませんが、ママンのはるか後の戸の影からタクミンパパの姿がちらっと
見えたのを考えると、きっと何かあったのでしょう。どうせ聞いても答えてくれないので黙っている
事にしました。
「ところでベトナ、わかっていると思うけど帰ったらちゃんと家の手伝いしなよ。」
 一瞬ベトナちゃんは悲しそうな顔をして、その後憮然とした顔になります。
「ママン、でも今日はチュウゴ君の家に無理矢理連れて来られたんだよ。」
「それはそれ、これはこれ。」
 他にもいろいろ言いたい事はありましたが、ママンが抗弁を許す人ではないのは骨身に沁みている
ので黙っていました。
 それから暫く黙って歩き続けましたが、家の近くまで来たところでママンがボソッと呟きました。
「ご飯作るのも面倒だし、みんなでどっか食べにいこっか…」
 一瞬ベトナちゃんは耳を疑いました。ママンは余程の事がない限り外食しない人です。特に家族
みんなでというのはお祝い事とかの時しか…
「うん。」
 ベトナちゃんもはにかみながら答えました。ちょっとほろっと来たのは秘密です。そんなベトナちゃん
をいつのまにか一緒に歩いていたホー兄さんが優しく見つめます。

 夜。部屋で一人になってチュウゴ君も今日の事を思い返していました。
『今度はちゃんと招待してね。』
 いつのまにかポケットに入っていたメモにはそう書かれていました。考えれば至極当然の要求ですが、
自分の血迷った行動を考えると赤面する事しきりです。
『そうアルな、次はそうするアルよ…』
 ベトナちゃんの別れ際の一言、
「がんばれ。」
 と共に、一人勉強机に向かいながら考えるチュウゴ君でした。

おしまい

解説 有閑工房解ソース ◆WOaKOSQONw 投稿日: 03/11/06 12:20 ID:iRFd4FJm
解説・拉致・世相反映
※ 今回は中国人のベトナム女性を誘拐して中国人のお嫁さんにしちゃえ問題から。中国の一人っ子
政策は構造上女性が不足する社会を招いています。その為農村の男性は慢性的な嫁不足。よって嫁の
なり手を近隣諸国にまで拡大せざるをえないとか。真っ先にその犠牲にベトナムがなり、半島の強制
連行よろしく甘言で女の子を唆すブローカーが跋扈しているそうです。この手のかどわかしは世界中
どこでもあること。とくに妙齢の娘さんは上手い話に乗らんようにしましょうね。
※ 実際はこんなほのぼのした話題じゃないんですけどね…嫁ならまだしも売春目的でさらってくる
連中もいるようですし…。

※ ソース
↓こういう誘拐が多発しているそうな。
ttp://www.ipsnews.net/jp/2002/10/01.html
↓毎日でも取り上げてますな。
ttp://www.mainichi.co.jp/asia/column/kenbun/20/
↓おやまあ、中華週報(台湾)にもあった。
ttp://www.roc-taiwan.or.jp/news/week/1997/116.html

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