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第1899話
有閑工房 ◆WOaKOSQONw
投稿日: 04/06/15 00:28 ID:RVMyJgRF
『故郷は遠くになりにけり』
新緑が目にまぶしい道ですわね。こういうの、嫌いじゃなくってよ…
緑の濃い道を歩くのだから、日傘は必要ないかもしれませんけれど、そこが落とし穴。お肌の
大敵紫外線は今が一番強い時期ですものね…
「それにしても、こんなところに呼び出すなんて…ま、悪企みではないでしょうけれど…フフフ」
日傘をくるくる回しつつ、フランソワーズちゃんは森の中を蝶のように歩いていました。
*
我が家の森の暗さや、畑の長閑さとも微妙に違うものだな。あまりお目にかからない風景だ。
勿論、嫌な訳ではない。招待者が何故ああいう性格なのかを考察するにはいい資料になるだろう。
最も、研究などというのは失礼な思考かもしれない。
「何が目的かも示さずに呼び出し。普通の人間なら何かを期待してしまうものだが?」
それは暗に期待しているのだと一人ごちながら、ゲルマッハ君は道の真ん中を突き進みます。
*
「姉さん、本当に来るかなあ…」
「誰が?」
「何言ってんだよ、クラスの関係者にお手紙渡したんだろ?そいつらが来るかってこと!」
「来ると思うよ。」
「何でこういうときは言い切るんだろうなぁ…普段からもっとはっきり言えよ。」
「ごめんね…」
「謝られると、余計困る…」
それから姉さんは一言もなしに黙々と草抜きをしていた。ここはニッテイじいちゃんと縁のある場所。
そこになんでクラスの友達を呼ぶのか俺にはよくわからない。
「あ、来た!」
姉さんの目線の先にフランソワーズさんがちょっとあごをしゃくり気味に立っていた。
「ごきげんようニホンさん。今日はご招待頂いて嬉しいわ。」
あまり嬉しいように見えないのは俺が狭い心の持ち主だからか?
「来てくれてありがとう!お待ちしてましたデス!」
「ま、お付き合いですからね。それにしてもニホンさん、わたくしが来たのが嬉しいのは見ていて
よくわかるんですけど、あなたは少し感情を表に出しすぎではなくて?」
「そう…かな?エヘヘ…」
「ほらそうやって笑ってごまかす。いい?レディのたしなみとして…」
フランソワーズさんが来ると姉さんは飼い主が来た子犬みたいに嬉しそうだったけど、今は
叱られた子犬みたいに大人しい。あーあ、上目遣いでフランソワーズさんを見るもんだから、また
ぞろ説教されてるよ…
「ん?フランソワーズも来ているのか?」
「あらゲルマッハ。奇遇ですわね。」
「確かに奇遇だ。」
「いやあぁの、二人を呼んだの私なもんですからそのはい、とにかくようこそゲルマッハ君。お待ち
してました。」
そう言うと姉さんはぺこりとお辞儀をした。ゲルマッハさんは機械仕掛けみたいに隙のない返礼を
している。3年生の間で『ゲルマッハさんは実はロボットじゃないか!?』という噂が流れてたけど、
マジでそんな気がする。
「な…何アルかこの面子は…」
「げ…チュウゴがいる!つか、フランソワーズちゃんとゲルマッハ君もいるー!」
「何で朕だけ呼び捨てにするアル…」
「あんたはいいの!」
タイワンさんはともかく、チュウゴの野郎が来るとは思わなかったな…しかも示し合わせたように
同じタイミングか。
「あ、二人とも今日はありがとう!」
姉さんはチュウゴとタイワンさんにお礼を言っているけど、後の二人は何が起こってるか解らない
風だ。つか、姉さんもしかしてなんにも説明してないのか?
「ニホンさん、少しよろしいかしら?」
「ん?なあに?」
「ここに集まっているメンバーも充分不思議に思うんですけど、一体わたくしたちにをどういった理由
でお呼びになったのかしら?」
うん、至極当然な疑問だな。表向きフランソワーズさんは平静だけど、青筋浮いているのは気のせい
じゃないと思う。
「あれ?ニホンちゃん何にも説明してないワケ?」
「おや、タイワンは知っているのか?」
「うん。」
「何するアルか今から?」
「お花畑の手入れ。」
3人が一斉に固まった。
「朕にはニホン家の掃除を手伝わされるように聞こえたアルが?」
「んー、さんじゅってん。ニホンちゃんが友達呼びつけてタダ働きさせると思う?」
「しないとも限らないアル!そもそも昔ニッテ…」
「はいはいはい、いつもの能書きはイラナイ。」
「ぐ…」
チュウゴがじいちゃんの悪口を言いそうになって俺もキレかけたけど、タイワンさんが機先を制した。
俺にすばやく目配せして、『落ち着きなさい』と言ってるように見えた。うん、落ち着こう。
「じゃあ何なのだ?我々が花畑の草抜きに参加する理由というのは?」
「んー、それは実際に見たほうがいいんじゃないかと思うな。ニホンちゃん、それじゃ行きましょ。」
「そだね。」
姉さんとタイワンさんに促されて全員が奥のほうへ向かった。桜並木の下には一筋の小道。
春先に来たら、ここは一面花吹雪になるんだろう…
「ニホン、少なくとも桜は樹木に咲く花だ。そんなに手入れが必要とも思わないが?」
不思議そうにゲルマッハさんが聞いた。
「ええとねえ、ここ、桜だけじゃないの。ま、行けば解ると思うよ。」
俺は一番後ろからついていった。タイワンさんは姉さんと談笑しながら先頭で歩いている。他の
3人は無言だ。背中から不審感が滲んでいる…
先頭の姉さんとタイワンさんが談笑しながら、花畑の一番奥まで進んでいった。そこで一緒に持って
いたバケツから仲良く手入れの道具を取り出している。
じいちゃんは花いじりが好きな人だった。俺がもっと小さい頃、一緒について行ってよく手伝いした
ものだ。
「あら、小ぶりだけどなかなか感じのいいところですわね。」
「でしょ。フランソワーズちゃんはここお願いね。」
「まあ…場所まで決めてらしたの?」
「うん…色々訳ありなもんだから…」
姉さんははっきり言わない。ちゃっちゃと説明すれば話は早いのに…
「ということは僕も決まっているのかな?」
「あ、うん。ゲルマッハ君はこっちね。」
「朕もアルか…て、イタタタタタ何するアルかタイワン!」
「あんたはこっち。私と一緒の所!」
タイワンさんは相変わらずだなあ。チュウゴの耳を引っ張って、タイワンさんがいつも手入れして
いる場所へ向かった。ゲルマッハさんはそんな二人に全く目をくれず、ゲルマッハさんは言われた場所
にまっすぐに進んでいった。…やっぱこの人機械じゃないだろうか?
そのあとゲルマッハさんは考えポーズのまま静止している。考えているのはまあいいとして、何で
微動だにしないんだこの人は…
「なあニホン、質問なのだが、この花はうちでよく見かける矢車菊に見えるのだが?」
「うんそう。おじいちゃんが株分けしてもらったものなの。」
「ほう…ニッテイ氏ということは、プロイセン爺からということか。」
「そうだよ。」
「じゃあもしかしてこのアイリスもそうですの?」
「うん。」
「ナルホド。まあ大体の意図はわかったアル。…で、朕の家から貰った花はどこアルか?」
「あんたよく見なさいよ。ここにあるじゃない」
タイワンさんの指先を見てチュウゴが固まってる。そこはタイワンさんが手入れしている梅の木の
根元。そこに牡丹が咲いている…申し訳程度に。俺は笑いをかみ殺していたけど、それを見た姉さん
に思い切り頬をつねられた。
チュウゴは立ち尽くしたまんま切ない顔で牡丹の花を眺めている…
「ここはね、チュウゴくんちのお花畑で、枯れかけてたのを移してきたものなんだよ。」
「チュウゴのところ?まあ、あそこにうちのお花畑は…あ、ありましたわね。」
「確かに…我が家も場所を借りていた記録がある。」
チュウゴは更に微妙な表情になった。
「そのときうちのおじいちゃんが出来るだけここに運んできて、返せるだけみんなのお家に持って行った
らしいけど、弱ってたのはここに残したんだって。」
「成る程な。しかしチュウゴを見ても判るとおり、なぜこう4人の扱いに差があるのだろうか?見れば
フランソワーズは立派な花壇を作っている。しかし僕のは紐で囲いがしてあるだけ、しかも日当たりは
少々悪い。この差は一体どこから来てるのだろうか?」
「確かに。朕も激しく納得できないアル。」
ゲルマッハさんは単に疑問に思っている風だが、チュウゴはここに馬鹿にされるために連れて来られた
とでも考えてるに違いない。
「いやそれはあの…これっておじいちゃん達の喧嘩のときに持ってきたお花なの。それでね、フラン
ソワーズちゃんやタイワンちゃんのは一緒に喧嘩したときに貰ってきたお花で、ゲルマッハ君とチュウゴ
君のはうちのおじいちゃんと喧嘩相手だったからちょっとだけ…端っこにしてあるの。」
「ゲ…ゲルマッハはともかく、それでは朕の所がこんなミズホラシイ事になっている説明にならない
アル!」
「あんたは今まで全然知らなかったんじゃないの?『花なんて女子の慰めになっても腹なんて太らない
アル〜』とか言ってたじゃん。それに私、この梅の木自分のお小遣いで手入れしたり花壇作ったりしてる
のよ?せっかく人がお情けで牡丹の花残しておいたのに、感謝位してくれてもいいんじゃない?」
チュウゴは黙り込んでしまった。まあ言い返せないよな。
そんな中、フランソワーズさんが黙って道具を取り出すと、会話をよそに黙々と作業を始めた。
ゲルマッハさんはそのフランソワーズさんの行動を見て、一瞬意外そうな顔をしたけど、やっぱり
同じように黙々と作業にかかった。やがて全員が作業に入り、チュウゴは一人取り残されて、渋々作業
を始めた。…怒って帰ると思ったんだけどなあ。
「珍しいなフランソワーズ。お前が土いじりをしているなんて滅多に見れない光景だと思うが?」
「あら、レディは花を愛でるもの。何も不思議ではなくってよ。」
しゃがんで園芸スコップを持ってるフランソワーズさんは俺も初めて見る。
「そうか…。どちらかというと眺めて愛でるのがお前の愛し方だと思っていたのでね。」
「あら、ご挨拶ですわね。何か含むところがありまして?」
「いや、素直な感想だ。今日は別に嫌味を言う気分でもない。」
「ま、確かにそうですわね。」
そう言うと二人は実に微妙な感じで笑いあっている。俺の目にはどこまでが本気でどこまでが冗談
なのかさっぱり判らない。
その斜め後ろにいるチュウゴとタイワンさんの関係の方がまだ判りやすい。
今はあっという間に作業の終わったチュウゴが、暇を持て余してタイワンさんの手伝いをしている。
慣れない作業というのもあるんだろうけど、チュウゴはタイワンさんに散々どやしつけられている。
笑える光景だけど、素直に言う事聞いているチュウゴが何だか不気味だ。
そして夕方になった。皆作業を終え、どこからともなく姉さんはジュースを持ってきて全員に
振舞っている。一体どこに持ってきてたんだろう?来るときそんな物なかった筈…そして何故こういう
時は必ず手拭かぶって割烹着なんだろう…謎だ。
用事のある面子から三々五々帰り始める。チュウゴはそれこそさっさと帰ってしまった。タイワン
さんが見えなくなるまであかんべーをしている。そのあと、珍しくゲルマッハさんとフランソワーズ
さんが一緒に帰って行った。お花のパワーのせいだろうか?
俺たちも帰ることにした。なんか、今日は予想できたけど色々あった日だったな…
あー…はらへった。
*
何か妙に寂しい気分にさせる帰り道アルな…
認めたくはないアルが、ニホンには感謝しないといけないかもしれないアル…
「騙して呼び出すのは腹立たしいアルが、そもそもどんな用事か朕も聞いてないアルな…」
苦笑いを浮かべつつ、振り返ることもなしにチュウゴ君は家路につきました。
*
我が家より少し賑やかさは足りないけど、ニホンちゃんちの森は落ち着くんだな。
他に人が来るのを黙ってるなんてニホンちゃんも案外人が悪いわね。くすっ。
「しっかしチュウゴもえらく大人しかったなあ…なーんかブキミー…」
いつものごとく軽い足取りで、鼻歌を歌いながらタイワンちゃんも帰って行きます。
後日譚
「あらニホンさん、ごきげんよう。」
「あ、フランソワーズちゃん、また来てくれたの?」
「近くを通ったものですから…」
「それじゃあ昔の写真何枚かあげるね。フランソワーズちゃんのおじいちゃんも写ってるんだよ。」
「あら、それは嬉しいですわね…お礼といっては何ですが、これをお譲りしましてよ。」
「あ、写真立て。そしたらここで使わせてもらうね。」
「どうぞご自由になさってくださいな。それじゃ、少しお邪魔させていただいてよろしいかしら?」
「もっちろん!」
おしまい
解説
有閑工房 ◆WOaKOSQONw
投稿日: 04/06/15 00:33 ID:RVMyJgRF
解説・後送・故郷遠望
※ 今回はゲルマッハにロボット説急浮上のお話し!…ではなくて広島市にある比治山陸軍墓地のお話
をば。遠く西南の役から第二次大戦までの戦没者のお墓や慰霊碑が整然と配置されています。その中
には日清戦争時の清国人、北清事変時のフランス人、そして第一次大戦でのドイツ人の墓もあり、それ
ら全てが現在もきれいに手入れされて残っております。
しかしこの陸軍墓地は第二次大戦中、敷地内に砲台建設の計画が持ち上がり、山中に散在していた墓石
と遺骨が全て掘り起こされ、墓石は投棄、遺骨は仮納骨堂に入れられ終戦を迎えました。
戦後の混乱の中で墓は打ち捨てられ遺骨は散乱するという惨状でしたが、有志が今の場所に墓石と遺骨
を持ち寄って、墓を再建したそうです。
※ 戦後、フランス人戦没者の墓が残っていると聞いた本国が、フリゲート艦を寄港させて墓参。感状
を受けております。
※ 花はそれぞれの国花で、戦没者の墓の例えですね。花が季節を無視して咲いているのはご愛嬌w
※ 台湾戦没者遺族は慰霊碑を建立して、清国人の墓石を共に祀っています。
ソース一覧
広島比治山陸軍墓地今昔
ttp://plaza.rakuten.co.jp/ys716
国花一覧
ttp://www.hana300.com/aakokka.html
ドイツ:矢車菊
フランス:アイリス
中国:牡丹・水仙 (※HPは牡丹です)
台湾:梅 あと牡丹が中国と被ってる…
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