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第1925話 無銘仁 ◆uXEheIeILY 投稿日: 04/07/09 12:07 ID:as4Okyez
 「果てしなき闘争 第六章」

 地球町に、冬がおとずれた。
家々が、木々が、雪によって厚みを増し、あの池は氷結のため通行禁止になった。
これから毎日、寒さに身を縮める日々が続くのだ。

 ある日、俺は地球町の一角に仲間たちを集めた。夏のことで懲りたのか、
いつもならワイワイ言いながら寄ってくる悪たれどもも集まりが悪かった。
「なあお前ら、あれをどう思う」
みな、俺につられるように天を仰いだ。あまりの高さに形容の言葉もないとみえ、
雪の粉が風に舞う音のみが冴えわたった。俺は続けた。
「見ろ、あの高さを。山とも丘とも違う。ありゃあまるでそびえたつク……
いやいや、そびえたつ岩の柱だ。しかし、あんな断崖をどう登ればいいんだ」
「ずいぶんと便利なものに目をつけたものですわね」
ちらっと控えめな視線をよこしつつ、エリザベスが言った。
今の彼女は俺に対して、常に期待通りの反応を返してくれる。共鳴するように。
「あたくしが思うに、地道に登っても途中で力尽きてしまいそうですわ。
ここは何か道具を使ってスーッと登るとよろしんじゃございません」
頂上を見すえて考え込んでいたフランソワーズが口をはさんだ。
「どうすりゃあいいんだよ」
俺にはこれといって思い当たる道具がなかった。
「ほら、この前ゲルマッハから取り上げた『あれ』ですわ」
フランソワーズに耳打ちされ、やっと思い出した。あれを改造してもっと強くすれば、
ロープを打ちあげて引っ掛けるくらいはできるだろう。
「あの、でもアメリーくんはあんなところへ登って、何がしたいの。
だって、ほら、冬山登山はとっても危険だっていうし……」
ニホンちゃんが伏目がちに俺を見て、小声で尋ねてきた。
気のせいか痩せたように見える。辛酸をなめたためだろうか。
「まあ聞いてくれ。あの上は日当たりがよくて冬でも暖かそうだ。
それにあそこからなら、この地球町を一望できる。それだけじゃねえぞ。
あの高さからものを投げたら、どうなると思う」
「ふむ。頂上の仰角がほぼ六〇度のとき、水平距離は二六mですね。
僕の身長も考慮して、頂上は約四五m。一二階建てのビルに相当します。
ここから真下にある目標物めがけて物体を投げ下ろすとしましょう。
簡略化のため空気抵抗を下向きの初速と相殺して無視すれば、
到達速度は一〇七q/h。物体は質量一sの金属塊と仮定します。
目標物自体や金属塊の湾曲で五pで止まったとしても、衝突時間は〇・〇〇三三六秒。
衝突の瞬間、目標物にかかる力は八八五〇Nにもなります。
接触面積が等しいとき、五pの湾曲で九〇三sを支えられる目標物であれば
この衝突に耐えられます。誤差が大きいので正確な値は実測が必要でしょう」
もはや誰も聞いていなかった。

 ノーベルの思考や行動は小学生ばなれしている。
彼は学級一の優等生で、自然を愛し、協調性があり、弱者に優しい少年だ。
おまけに小柄でも腕力は強い。○来杉のような奴だ。
それはともかく俺の想像どおり、頂上からの攻撃は相当な威力をもつらしい。
「あっ。てめえ、まさか花火を持って上がるつもりか」
ロシアノビッチが仁王立ちになって俺をにらみつけていた。虎でも殺しそうな目だ。
さすがの俺もやや腰がひけたが、すぐに立て直して反論した。
「いやまて。まだ決まったわけじゃない。できればケンカに使いたくはない。
でもよ、お前がこれ以上偉ぶるってんなら話は別だぜ」
「うっ。そうかよ。まあいいだろ、平和利用なら俺様が先に使わせてもらっても
文句はねえよな」
俺は文句があった。
 家に帰ると、俺はゲルマッハから取り上げたロケットの改造に着手した。
一ミクロンの誤差もなく完成された基部には「ぶらうん」の刻印がある。
タンクを分離すると、予め用意した火薬を持ち出した。強烈な臭いが鼻を突く。
ゲルマッハから奪った図面には、より危険な火薬ロケットも載っていたのだ。
チューゴが持ってたロケットの発展形になるらしい。
「しっかしあいつ、こんなアブねえもんをどうするつもりだったんだ」
俺はそうつぶやきながら図面を眺めた。一筋縄ではいきそうにない。
ロシアノビッチも今ごろせっせと改造していることだろう。負けちゃいられないな。
俺は不眠不休で作業に励んだ。こづかいも全額投入した。
親父に監督してもらったり、用もないのに親戚のところへ出かけてお駄賃を
もらったり、まあ大変だったよ。
 そしてロケットは完成した。打ち上げ実験も無事に終了し、加速も飛行経路も
安全性も、全て良好であることを確認した。
 俺は現地へ向かった。(つづく)
>>238
訂正:「突時間」→「衝突時間」

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