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第1948話 九鬼唯 投稿日: 04/08/07 17:42 ID:nAe3rTaI
 けたたましい合唱を奏でるセミ。ゆらめくカゲロウ。なみなみときれいな水をたたえ、眩しく光る学校のプール。太陽を見上げるひまわり。
 夏まっさかりですね。
 今日の地球町は、朝から38℃を記録するという、たいへんな暑さでした。
 学校へ向かうニホンちゃんの顔にも元気がありません。見るからにおっくうそうで、足取りもおぼつきません。
 学校までの道のりが妙に長く感じられ、ようやっと着いた時、昇降口の下駄箱でタイワンちゃんとばったり会いました。
「おはよー……」
「あ、おはようニホンちゃん。どうしたの?元気ないみたいだけど」
 心配そうに、タイワンちゃんはニホンちゃんの手を取って生気のない目を覗き込みました。
「カンコ君になんかされた?それともチューゴ君のブーイングで眠れなかったとか?」
「ううん……そんなんじゃないの。暑くて」
「あっ、そうなんだ」
 タイワンちゃんの目のなかで燃えていた、第三者への憎悪の炎がぱっと鎮火しました。
「今日、ほんとに暑いね。……この暑さのなかで勉強するのかぁ」
「うん……今日はプールもないし」
 ふたりはその場でやるせない溜息をつきました。学校には、校長室以外にクーラーがついてないのです。
 そのままだらだらと教室に向かい、扉をすこし開けた時、ニホンちゃんの頬をつめたい空気が撫でました。
「あれっ」
 ふたりは訝しげに顔を見合わせ、教室に入ってみると――教室が吹雪いていました。
「……ッ、これはどういうことッ!?」
 目をなると文様にして頭を抱えるタイワンちゃん。ニホンちゃんにもなにがなんだかワケがわかりません。ただ瞳を潤ませ、いやいやするだけです。
「うわ。なんだこれわ」
 その時、ちょうどロシアノビッチ君が登校してきました。
「よくばあちゃんが聞かせてくれたシベリア民謡を思い出すぜ。自由なる共和国の揺るぎなき同盟を♪大いなるルーシは永遠に結んだ♪諸民族の意志によって打ち立てられた〜♪統一せし力強きソビエト連邦ウラ〜♪」
「……ロシアノビッチ君、それ、シベリア民謡じゃないよ。っていうか、よくこの状況で歌えるね」
「じゃあ、酒でも飲むか?あったまるぞ」
『飲みません!』
 へらへら笑いながらランドセルからウオッカを取り出すロシアノビッチ君に、ふたりは見事に声をハモらせました。
「だいたい、なんで教室が吹雪いてるの?今は夏だし、おかしいじゃない!」
「……ひょっとしてあいつか?」
『あいつ?』
「アイスランドだよ。通称まふゆ」
『誰、それ』
 きょとんと訊き返すふたりに、ロシアノビッチ君は信じられないといったように目を見開きました。
「誰……って。ずっとこのクラスにいるじゃねえか。冗談はよせよ」
「いや、ほんとに知らないのよ。――いた?そんなコ」
 真顔で訊いてくるタイワンちゃんに、ロシアノビッチ君は困ったような顔で唸りました。
「そうか……あいつの席北側だし、無口だもんなあ。ついてこいよ」
 ロシアノビッチ君にうながされるまま着いていくと、教室の最北端、他のみんなの席と大きく離れた所に、ぽつんとひとつ机がありました。そこでは、白い着物を着た白い女の子が机に顔を伏せて寝ていました。まるで雪女みたいです。
「おい、起きろよ」
 肩を揺すられて、女の子はねぼけまなこの顔を上げました。
「……なに?」
「この吹雪、おまえの仕業だろ。さっさと止めろよ」
「……ああ、暑かったから。ごめんなさいね」
 と、途端にピタリと吹雪が止みました。ニホンちゃんとタイワンちゃんは、ただ目を丸くするだけです。
「こいつの家は氷菓屋でな。先祖代々、吹雪を操れる特殊能力をもっていて、むかしは『冬将軍』って呼ばれていた」
 ロシアノビッチ君はそう紹介しながら、何事もなかったように眠っているアイスランドちゃんの背中をばんばんとたたきました。
「こんなコ、いたんだね……」
 今まで気付いてあげられなかったことで慙愧の念に駆られているのか、ニホンちゃんが申し訳なさそうに言いました。
「まあ、席もみんなと離れてるし、こいつ無口だから。いつも寝てるし」
「そーいう問題じゃないような気が……」
 と、その時、床に降り積もった雪のなかからなにか変な物体がムカムカドッカーンと飛び出してきました。カンコ君です。
「あら、カンコ君いたの?」
「あやうく凍死しかけたニダ。でもウリが怒ってるのはそんなことではなく、これニダ!」
 ばーんとカンコ君が突き出したのは、カチカチに凍りついたキムチでした。
「これじゃあせっかくのキムチが台無しニダ!謝罪と賠償を要求するニダ!」
 さりげなく、ニホンちゃんに向かって言っているところがコモノです。
 机にふせっていたアイスランドちゃんが、むくりと起き上がりました。
「……あら、悪いことしたわね。お詫びにこれどうぞ」
 と、言ってアイスランドちゃんが差し出したのはパンパンに膨れ上がった缶詰でした。なんかヤバげです。
「む、これはなんニカ?」
「……シュールストレミング。家の特製缶詰よ。中身は、それと似たようなもんよ。発酵した漬物が入ってるの」
 その瞬間、蒼褪めたロシアノビッチ君がニホンちゃんとタイワンちゃんの首根っこを掴んで廊下に逃げ出したのですが、もちろんカンコ君は気付いていません。
「ほう。そいつは結構な品物をどうもニダ。ニホンと違って素直ニダ。いいことニダね」
 カンコ君は舌なめずりしながら、カンキリを缶詰に押し当てます。プシュ、という空気が抜け出る音とともに――
 学校中に絶叫が響き渡りました。

 おしまい

解説 九鬼唯 投稿日: 04/08/07 17:49 ID:nAe3rTaI
はじめて投稿させていただきました、九鬼唯(くかみゆい)です。ヨロシク。
ちょっと長くなってしまいましたけどすいません。後、特殊能力とかいいんですかね?(汗)
……まあ、アイスランドを兼ねた冬将軍の擬人化ということで。

批判などありましたらよろしくおねがいします。

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