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第2116話 マンセー名無しさん 投稿日: 05/01/14 19:47:55 ID:klWN0cgW
ぎらり、と太陽が輝いています。
天頂に陣取った其れは、あたかも断罪者のごとく
少年達をその熱の籠もった輝きで攻め続けます。
暑い・・・・
彼らは既にその言葉すら発する事も無くなりました。

此処は地球町アジア地区東南方面、ベトナ家のお庭。
少年達は地球組の元気な男の子達。
ですが、今は「元気だった」と、過去形で語るべきかもしれません。

「誰だったアルかぁ、サイクリングに行こう言いだしたアルは?」
チューゴ君が声を上げるのは何度目の事か。
「・・うるさい、”自転車なら得意アルよ!”ってのは
 誰の台詞だっけかなぁ?」
アメリー君の反撃にも力が有りません。
「・・きついぜぇ・・・」
と、本当にきつそうにぼやくのは、寒さならどんと来い!の
ロシアノビッチ君です。
そしてただ独り、黙々とあたかも修行僧のようにペダルをこぎ続ける
ゲルマッハ君。さしもの彼も、疲労の色は隠せません。

悲劇はその日の朝、
あたりを渡るあまりに涼やかな風に始まって居たのかも知れません。
予想外にお泊まりとなった地球組ベトナ家訪問ツアーの2日目。

この風に吹かれて昨日の憂鬱を吹き飛ばそう。

そう思ったアメリー君が、恐ろしい勢いでバイキング形式の朝食を制圧
しつつあった他の男子達に「ベトナ家周遊サイクリングツアー」を提案し
た時には、確かに未だ太陽はその本性を隠していたのです。
「良いんじゃないかなぁ?みんな元気が余っているし。」
にこやかに笑うホーチミンさんから自転車を貸りて、
いくつかアドバイスをしてくれるのも気持ち半分に、
みんなで庭へ飛び出したのも若さ故。
建物を出てみるとすぐにとんでもない光景が目に飛び込んできました。

「あいやー、此処は我が家の庭アルか?」
チューゴ君が言うのも無理はありませんでした。
其処此処に溢れる自転車、また自転車。そう、ベトナ家の主な交通手段は自転車なのです。
更に注目すべきはその乗り方です。2人乗りは愚か3人乗り、4人乗り、
ともすると5人乗りの自転車で、ものすごい勢いで行き交うベトナ家の人々・・・
「そう言えば、ホーチミンさんが自転車がむちゃくちゃ多いから気をつけろって・・」
カナディアン君の言葉に「オマエ、居たんだっけ?」と、皆の視線が集まりました。
「とにかく、此のままでは何処へも行けない。」と、冷静に指摘したゲルマッハ君。
彼の提案に基づき、一同は比較的道路の空いている田園地帯目掛けてペダルをこぎ始めたのでした。

しかし、十分もすると何故道が空いていたのかイヤでも理解できました。
遠い---風景に騙されて近く見えていたのどかな田園風景が異様に遠いのです。
それでも力任せにペダルを漕いでいる内に、太陽はその高度を増し、
次第にその凶暴な本性を明らかにして来たのでした。

「と、とにかく過去を振り返っても仕方ない。」
発案の間違いを誤魔化すようにアメリー君が皆を奮い立たせようとしますが、
最早「誰も聞いちゃいねーよ!」状態です。
「あぁ・・こんな事なら女の子達と一緒にお食事にお呼ばれするんだったぁ。」
と、嘆くマカロニーノ君に「誰が呼ぶんだって、おい!?」と怒気を孕んで応酬する
ゲルマッハ君。どうやら妹さんがご心配のご様子。
「取り敢ず、この日射しをどうにかしてくれぇ!」叫ぶロシアノビッチ君。
「あ、あそこに売店があるニダァ!」カンコ君の声に一同、快哉を叫びます。
どう贔屓目に見ても豪華とは言えないその小さな売店が、
今の彼らにはチューゴ家タクラマカン砂場に点在するというオアシスにも見えました。
ペダルを踏み込む足にも力が入ります。そこで次の喜劇が幕を開けるとも知らずに。
「ぷはぁ、生き返えったぁ!」木陰のベンチでボトルに入れて来たスポーツドリンク
・・で、割ったウォトカを一息に煽るロシアノビッチ君。みんなも冷たいドリンクを喉に流し込んでいます。
流れる汗も渡る風に乾き、今は完全燃焼した満足感で一杯です。
売店の周りにはちょっとした林が広がり、木陰に吊したハンモックでは
ベトナ家の人達がお昼寝を楽しんでいます。気持ちの良い数十分が過ぎて行きます。

でも、帰りの事を考えるとちょっと憂鬱です。
暴君のごとき太陽は未だ中空から動こうともせず、
さりとて此処で日が沈むまで待っている訳にもいきません。
「帽子持ってくりゃよかった・・・」
誰とは無しにつぶやかれた言葉に操られる様に、一同は店先につるされた
大きくてまあるい、天辺が緩く尖った円錐形の麦わら帽子に目を留めます。
十分後、お揃いの麦わら帽を被った少年達がお店を元気良く
出発しました。店員さんの複雑な笑顔を後にして・・・

「変だな・・」疑問を口にしたのはゲルマッハ君です。
「そうアルな。」チューゴ君も同意します。
取り敢ず田園の向こうを目指して進み出した男子達に、何か嫌な予感が広がります。
何故か行き交うベトナ家の人達が皆こちらを見て笑っている気がするのです。

くすくす げらげらげらげら  わはははははははは  あっはぁっはぁ

最初は微笑、苦笑で済んでいたのに、少年達が田圃の向こうに見える
建物に近づくに従い行き交う人も多くなり、また笑い声もはっきりと、
遠慮が無くなって行きました。
「オゥ、ノゥ!」昨日から幾度目かの台詞をつぶやくアメリー君。
流石に異変に気が付かざるを得ません。
今や人々は群衆と呼べるほどに膨れあがり、少年達を追いかけ始めます。
爆笑する自転車集団に追われ、走り続ける少年達の自転車。
「兎に角、あの門まで走れぇ!」自称リーダーも必死です。
頑張れ、少年達!ゴールは目の前だ・・・
地球組の少女達は、至福の時を過ごしていました。
ベトナ家のお食事は美味しいし、それになんといっても年頃の女の子。
おしゃべりの話題なんていくらでも有ります。
この時間が永遠に続けば良いのに、そんな中、電子音が鳴り響きました。
皆の視線を集めながら紫苑ちゃんが腕の電子機器を覗いて言いました。
「謎の群衆が急速接近中だって。」
その直後、「ニホンちゃん、見てぇ!凄い数の自転車よぉ!」
叫ぶタイワンちゃんが示す指先に見えるのは----

地響きにも似た笑い声を立てて10台足らずの自転車集団を追いかける、
大集団の自転車。追われる方の必死さは、遠くからでも判ります。
「大丈夫、家の人はお客様に危害は加えませんから。」ベトナちゃんが宣言すると
取り敢ず一安心。一気に皆見学者モードです。
「私の家の古い映画で似たシーンがあったかしら・・」呟くエリザベスちゃん。
「フラメンコ先生の処の牛追い祭りってこんな感じじゃない?」
たった今、きっちりとデザートまで制覇したインドネシアちゃんの台詞です。
「え、あ、兄上ぇ!?」驚愕するアーリアちゃん。
そう、追われているのは言わずと知れた麦わら帽子の地球組男子達です。
何かに気づいたベトナちゃんが笑いを必死にこらえています。
「どうしたんですの?」と、フランソワーズちゃんがいぶかしむ間に、
男子達はどうにか門の中に滑り込みました。
確かに、笑う暴徒達は建物の敷地には入ってこないようです。
暫く名残惜しそうにへたり込む男子を眺めた後、彼らも徐々に引き上げて行きました。

「帽子?」ニホンちゃんが聞き返します。「そう、あの帽子なの。」ベトナちゃんが答えます。
彼女の言うには、ベトナ家の麦わら帽子には男性用と女性用が有ると言うのです。
また、女性の帽子を被る事は「私は肉体的に女です!」と宣言する位の意味があるそうです。
「それってつまり、アメリー君達が其れをみーんなで被って歩いたって事は・・」
「もう沢山だから勘弁してくれよ・・」アメリー君の声に力は有りません。
「・・そう言えば、ホーチミンさんが帽子の事を言ってた様な気が・・」
呟くカナディアン君に「先に言えよ、バカ!」と一斉に声を上げる男子一同でした。

解説 マンセー名無しさん 投稿日: 05/01/14 20:15:24 ID:klWN0cgW
>608-611
地球組のベトナ家ツアー最終章ですた。
前回が女子のお話だったので
今回は男子メインです。

ネタとして、
ベトナ家交通手段の自転車=バイク
と置き換えてください。4人乗り、5人乗りをベトナ家の人々が
やるのは実話です。(しかも、ノーヘル)
売店で昼間にハンモックでお昼寝するのもホント。
(替わりに向こうの人は朝早くから夜遅くまで働きます。)
あと、帽子の話も半分実話です。(ベトナ家ご訪問の際はお気を付けください。)

あと、誤植訂正。
>609
× に、「あ、あそこに売店があるニダァ!」カンコ君の声に一同、快哉を叫びます。
○ 「あ、あそこに売店があるニダァ!」カンコ君の声に一同、快哉を叫びます。

>611
× ベトナちゃんが「大丈夫、家の人はお客様に危害は加えませんから。」宣言すると
○ 「大丈夫、家の人はお客様に危害は加えませんから。」ベトナちゃんが宣言すると

ついでにエリザベスちゃんが言っていた「昔の映画」は
チャップリン等の無声映画をイメージしてくらさい。

では、ご指摘ご批判、お待ちいたしております。

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