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第2360話 ab-pro 投稿日: 2005/10/10(月) 00:15:30 ID:NoBZlTiX
こんにちは。
 私はEU。まだ開発名称しか与えられていないAIです。
 ユーロ町の総合的な管理を目的として作られている私ですが、まだまだ
完成には至っていません。
 最近では、色々な問題がユーロ倶楽部で持ち上がって、なかなか皆さん
の作業がはかどらないようです。
 こういう状況を、私は少し「悲しい」と認識するようになりました。
 例えば・・・・

 「いいか、兄上。この線からこっちは私の陣地だ。
 何があっても兄上が進入した場合、断固たる処置を執る!」
 そう言って長机の中央にチョークで線を引いたアーリアちゃんは、その
ままプイっとそっぽを向いてしまいました。
 ここはユーロ倶楽部の部室。定例の会議が始まろうとしている時の一コ
マ。
 困り果てたゲルマッハ君がアーリアちゃんの肩に触れようとしただけで、
ピシャリと払いのけられてしまいます。

 ゲルマッハ君とアーリアちゃんが喧嘩を始めてから、もう随分と時がた
ちました。
 兄のゲルマッハとフランソワーズちゃんとの仲に、心穏やかでなかった
アーリアちゃんですが、とうとう前回の倶楽部の席で、ゲルマッハ君が担
当していたEUのプログラムとは違うプログラムを組み上げて、倶楽部の
面々に発表したのです。
 安定を第一にしたゲルマッハ君のプログラムに対して、効率を第一にし
たアーリアちゃんのプログラム。
 ケンケンゴウゴウの議論の後、倶楽部の投票が行われた結果、なんと一
票差でアーリアちゃんのプログラムが選ばれたのですが、
 「・・今更プログラムを変更するのは大変ですワ」
 「一票差でも、決は決でしてよ」
 と言った具合に、いまだに二人のどちらのプログラムを採用するか、決
めかねているのです。

 「・・あ、あんな。
 今日はウチの入部の話し合いや、聴いとったんやけど・・・」

 まったく気まずい雰囲気の二人に、遠慮がちに声をかけたのは、どことな
くそわそわしたトル子ちゃんでした。
 もう学年をまたいで入部を希望していたトル子ちゃんです。それがやっと
入部を審査して貰えるという事で、緊張しているのでしょう。
 「そ、そうだな。もうずいぶん前から入部申請が出ているし、そろそろ我
らがユーロ倶楽部に受け入れても良いんじゃないかな?」
 気まずい兄妹喧嘩を誤魔化そうと、取りなす様にトル子ちゃんに向き直る
ゲルマッハ君に、すかさず横から冷たい声が突き刺さります。
 「ダメだ、兄上。
 ただでさえEUのプログラムはバグが多くて支障をきたしているのだ。こ
こにまた新人が入ったら、EUがいつ完成するか分からない」

 その言葉に、トル子ちゃんの強ばった笑みが凍り付きます。

 「あら、それを言うんでしたら、貴方の唐突なプログラムの変更もEUの
完成を遅らせる要因でしてよ」
 横からチャチャを入れるのはフランソワーズちゃん。ゲルマッハ君と一緒
に安定性を重視したプログラムを作っているフランソワーズちゃんにとって、
まるでエリザベスちゃんの様に効率重視のプログラムを書くアーリアちゃん
は、まさに突然姿を現した天敵のような存在です。
 もっとも、女の感でアーリアちゃんの思いに無意識のうちに感じるところ
があるのかもしれませんが。

 「では、フランソワーズはトル子の入部を認めるというのか?」
 「あら、私は認めましてよ。
 ただし、キプロスちゃんはトル子ちゃんの子分ではないと認めて頂けた後、
ですけれど」
 
 その言葉に、トル子ちゃんは引きつった笑みのまま、机の下の拳をギュッ
と握りしました。

 「まあ、もうトル子ちゃんは随分昔から入部申請を出していますし、EU
を作るためのお勉強も、今まで一生懸命されてきました。そろそろ入部を検
討してあげても宜しいと思いますけど?」
 この議長役のエリザベスちゃんの発言に、周りから一斉にブーイングが起
こります。
 
 その光景に、トル子ちゃんは、フルフルと握りしめた拳を震わせながら、
それでも何とか気力を総動員して笑顔を作り上げることに何とか成功しまし
た。

 「まあみんな。トル子ちゃんは我々ユーロ町のお隣だし、そう嫌がらなく
ても・・」
 そう言ってその場を取りなそうとするゲルマッハ君に、すかさず今度はエ
リザベスちゃんのきつい一言が突き刺さります。
 「ところで、ゲルマッハ君。
 一票差とはいえ、貴方の負けは負けです。早くアーリアちゃんにプログラ
ムをお任せなさいな?」
 まさに踏んだり蹴ったりのゲルマッハ君。
 
 やがて話し合いは紛糾し、議長の「明日また話し合いましょう」の一言で、
集まったユーロ倶楽部の面々は三々五々、部屋を後にしていきます。
 そして、後に残されたのは、仮面のような笑みのまま凍り付いていたトル
子ちゃんとEUだけとなりました。

 やがて、物凄く深い溜息をついたトル子ちゃんは、涙を瞳に浮かべながら
EUに向かって語りかたのです。
 「なあ、ウチ、ほんまにユーロ倶楽部に入れるんやろか?
 もう何年も、倶楽部に入るために勉強したんやで。
 そやのに・・・・」
 そして、堪えきれなくなってその場を駆け出していくトル子ちゃん。
 
 こうして、最後に残されたのは、彫像のようにその場に佇むEUだけ。
 取り残されたEUは、またスリープモードに移行しながら、思考のまどろ
みの中に沈んでいきます・・・・。

 お休みなさい。
 私はEU。まだ開発名称しか与えられていないAIです。
 ユーロ町の総合的な管理を目的として作られている私ですが、まだまだ
完成には至っていません。
 最近では、色々な問題がユーロ倶楽部で持ち上がって、なかなか皆さん
の作業がはかどらないようです。
 こういう状況を、私はとても「悲しい」と認識するようになりました。
                               end

解説 ab-pro 投稿日: 2005/10/10(月) 00:19:14 ID:NoBZlTiX
 ソースは、最近の新聞とニューズウィーク日本語版。
 ドイツの総選挙と、トルコのEU加盟協議より。
 現在の不況への抗議から、当初は大幅なリードを保っていた、東ドイツ出
身の女性党首メルケン氏ですが、自由競争重視の国民に犠牲を強いる改革案
に、シュレーダー氏が終盤で福祉問題を取り上げて猛追撃。
 結果は僅差でメルケン氏が勝利した物の、どの政党も過半数を取れず、現
在まで首相が決まらない事態です。
 シュレーダー氏は首相続投を宣言していますが、それについてはイギリス
マスコミは厳しく批判しています。

 トルコの加盟問題は、トルコは40年前から申請し、軍部へのシビリアン
コントロールや、政教分離、言論の自由など色々と努力してきましたが、今
回はキプロス問題や第一次世界大戦時のアルメニア人虐殺問題などが新たに
持ち出され、雲行きは怪しいです。
 初回の会談では、加盟に理解を示したのはブレア氏とシュレーダー氏だけ
だと報道されていましたし、後日のジョシュパン氏の容認発言も「結果は分
からない」と言っています(フランスは最近消極的なはずなのですが)。
 メルケン氏は選挙の当初から加盟に反対を表明。
 トルコ国内にもEU加盟反対派はおり、また、最近のEUの態度に、徐々
にではありますが反対派が増えてきており、今後の動向が注目されます。

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