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第2370話 あさぎり ◆WOaKOSQONw 投稿日: 2005/11/01(火) 22:59:48 ID:na4lBF+J
『ダンスホール』

「ハハハハハ…こっちにおいでニホンちゃん!」
「あはははは、このう待ってようアメリィーくぅーーん!」
「早く来ないと情人カード海に投げ込んじゃうぞー」
「あははは、タックルしてでも止めちゃうよー!」
 白い砂浜と紺碧の海、燦燦と輝く太陽。四季に関係なく楽園状態の南太平池
で、ニホンちゃんとアメリー君は背景に花を咲かせながら戯れています。
 夢中でおっかけっこをしていた二人は、いつの間にやら大人たちから『近付いちゃ
いけません』というお触れをを出されていた場所に迷い込んでしまいました。
「捕まえたぞうアメリーくぅーーん…」
「んがあぁ!」
 どかあっ!
 腰の入ったタックル食らってアメリー君白い砂浜に倒れこんでしまいました。
「いたたたた、ニホンちゃん本気でタックルするか普通?」
「えへへー」
「笑ってごまかすなよう、こいつぅ!…ってあれ、ここは…」
「んー?」
 砂まみれになった体をはたいて立ち上がりながら、二人はあたりをきょろきょろ
見回しています。
「多分パパからあんまし近付くなって言われてた所だな」
「えー、そしたら帰ろうよー…なんか人っ気ないし…」
「まあまあ、ちょっとくらい探検して行こうよ」
 そう言うとアメリー君問答無用ですたすた歩き始めます。その後ろをニホンちゃん
がうだうだ言いながらぴったりくっついて進みます。
 少々殺風景な通りを暫く歩くと、二人は朽ち果てた建物が数件並ぶ一角に出ました。
 その中の一つ、『ダンスホオル・アイアンボトム』という名前の看板を掲げたその
建物は、一昔前の盛況ぶりを感じさせる不思議な雰囲気がありました。
「なんか、昔は凄かったって感じだねえ」
「だな。でもなんでこんな所にダンスホールなんか作ったんだろ?ここだけじゃなしに
他にもいい場所ありそうなもんだのに…」
 興味津々で中を探検してみます。磨り減った床材やところどころめくれた壁紙、散在
するテーブルや椅子。それらを覆ううず高く積もった埃。
 T字に突き出したステージには、天井まで延びる鉄柱が何本もありました。なーんとなく
アメリー君はここが何の場所か合点がいったようですが、モノがモノだけにさすがに
ニホンちゃんには言えなかったようです。
 薄暗いホールのステージに上がり、ソデから楽屋に向かいます。
 通路に張られた張り紙の意味はよく判りませんが、いわゆる業界用語なのかもしれません。
楽屋の中は朽ち果てたスパンコールや化粧道具と一緒に、ホールのビラや予定表が転がって
いました。
「なになに?『夢は57セント。フレッチャーダンサーズの夢の一夜』、『本邦最高の
ラインナップ、ニスイセン娘のパラダイスナイト…』なんだこりゃ?」
「んー、舞台の演目かなあ…でも台本とか特にないみたい。不思議だなあ…」
『それはきっとアレなダンスホールだからだよ』
 と、喉まで出かかったアメリー君はすんでのところで堪えます。
「お、なんか面白そうなビラだ。『悶絶ルンガゲーム。セクシーキング決定戦』だってさ」
「なんかアメリー君いやらしい」
「い、いやそんなことないってばよ!大体書いてるの読んだだけじゃんか!…ってあれ?
これニホンちゃんちの親戚の人じゃない?サチコ、ショウコ、ユウコって」
「あ、ほんとだ。よくわかんないけど多分そうだ。でもこのレッキー、シムス、ヨークシャー
ってアメリー君ちの人だよね…」
「え!うちの親戚がこんなとこ…ではなくここまで出張ってるなんて…あ、ホントダ」
 それからもどこかで聞いた事のある親戚の名前がオンパレードで登場です。
 二人でこれはあの人あれはこの人と話しながらなんだか盛り上がってしまいました。中には
エリザベスちゃんの親戚やオージー君の親戚の名前もちらほらあります。
「舞台で演技って、やっぱし憧れよねー。うんうん」
 無邪気に喜ぶニホンちゃんを複雑な目で眺めるアメリー君。その手が肩越しに回される寸前…
「こりゃあああ!!」
「ひえっ!」
 唐突に怒鳴られて二人とも飛び上がるほどびっくりしてしまいました。
「人の店でなにしとるか!」
 怒鳴った人は眼光こそ鋭いですが、どこからみても波の下に女と書いたおばあちゃんでした。
「あ、すいません…」
 条件反射で思わず民主的に謝ってしまった二人でしたが、おばあちゃんはお構いなしです。
「全く最近の子供は!こんな所に紛れ込んでどんないい事しようと思っておったんぢゃ!」
「いえ別になにも…」
「そ、そうだYO! ま だ 何もしてないYO!」
「……まだ?アメリー君まだってどゆこと?」
「いやあのそのべつにどうってわけではないよはははは、って、お、オネエサンはここで何されてたん
ですか?」
「何って見回りぢゃ!ここは私の店、私のセイシュン、光り輝く黄金時代…」
(ひそ…)「な、なんか語ってマスヨアメリー君」
(ひそ…)「ダメだよニホンちゃん、あーゆうのはお追従して夢壊さないようにしないと…」
「ほらそこ!なに囁いてるんぢゃ!ステディな男女の囁きはそれだけでわいせつぢゃ!……ふふん!
まあ、私も若いころ、この店でも天使の皮を被った悪魔みたく言われて注目されたものぢゃよ…舞台に
立ちたがる女の子は後を絶たず、良家のお嬢様ですら私を拝み倒してステージに上がったものぢゃ…
ま、今はこんなんなっちゃったんぢゃがね」
 数光年先を見つめるような目でおばあちゃんは一人で喋っています。ニホンちゃん、さっきから疑問に
思ったことを聞いてみました。
「でもおばあさん、ここってどんな踊りやってたんですか?」
「ほ?踊りとナ、何でもぢゃよ何でも。しかし何といってもメインはストリ…」
「わーわーわー!何にせよ流行ってたんですよね?ね?」
「ほっほっほ、そりゃあもう大洋池NO.1のお店じゃったわい!錚々たる他店を圧倒してこの『アイアン
ボトム』はセクシイな踊り子を取り揃え、そしてイベントの企画力もぴか一ぢゃった!あぁ、男どもの
喚声が今でも耳の奥にこだまするわい…」
 おばあちゃんはうっとりとした目で昔の栄華を偲びます。しかしそこに真っ赤に燃えた太陽をバックに
乗り込んでくる人影がありました。
「ちょほいとお待ちになって下さらない?」
「あれ、エリザベスちゃん」
「リズ…なんでここに?」
「何でとはご挨拶ですわね。ここはわたくしの別荘地の一つでしてよアメリー」
 そう言うとエリザベスちゃんは白のハットをくいっと上げて答えますが、対するアメリー君は心底どうでも
よさそうです。
「なんか部外者眺めるような目線ですけれど、こちらはどうでも良くはなくってよお二人さん。ほら、
ソロモン、御挨拶なさい」
「あ、どうも…」
 そう言って連れ出されたのは褐色の肌の男の子。
「ソロモン、お嬢様と一緒に何しとるのぢゃ?」
 おばあちゃんはエリザベスちゃんの連れてきたソロモン君の咎めるような目線に戸惑いつつ聞いてきました。
「おばーちゃん、もうここの自慢話止めてくれよう…」
「何を言うか!ここ『アイアンボトム』は一時…」
「そぉのぉお店がらみのことで今日はわたくしじきじきに参りましたのよ?おばあさま少々お黙りになって
いただけますこと?」
「は、はいお嬢様!」
 エリザベスちゃん、二人のてこずったおばあちゃん一喝してしまいました。
「こほん…さて、お二方」
 二人をすいっと睨めつけて、優雅にエリザベスちゃんは話し始めました。
「あなた方お二人の家族の方たちがここで風俗店なんかされてらっしゃるから、うちのソロモンがどこに
行っても『シュガー!シュガー!砂糖菓子!』てバカにされていますのよ?
 年端も行かない子供への無用なレッテル貼り。しかも言われる本人は何一つ身に覚えのない事ばかり…。
皆さんこのエリザベスをやれ二枚舌だのニ虎競食の計の権化だの軒を貸したら母屋を燃やす大盗人だの
仰りますけど、実際このソロモンへの扱いってばどうですの?例えお二方の祖父母の代のお話とはいえ、
この落とし前何とかつけて欲しいものって思いますわ……って。こらこらお二人ともどこに行きますの?
お待ちなさい!」
 何かやばいものを感じた二人、本能のなすがままアイコンタクトを素早く交わして瞬時に逃走します。
「あ、あーそういえば早くおうち帰って宿題のゼーセーカイカクやんなきゃ…また今度ねエリザベスちゃん」
「そ、そーいや俺もウィルマ叔母さんうちに来てるんだった…親戚の歓待って長男としてつらいけど早く
帰らないと!いやー、リズ、今日は君に会えて本当に良かったYO!」
 来たときの3倍くらいのスピードで二人は脱兎の如く退散です。あとに残されたエリザベスちゃんたち、
呆然としたまま取り残されてしまいました…。

おしま…

「……じゃないでしょ!しゃざいとばいしょー、しゃざいとばいしょーーーー!」
「お嬢様もう誰もいません…」
 ソロモン君、追っかける気はないみたいです。多分面倒なんでしょう。
「くっ!なんて逃げ足の速い…ソロモンもほら、もっとしゃんとして必要な要求はちゃんとなさい!もう
3年生なんでしょ?」
「まだ3年生ですし…」
「お嬢様先ほどああ仰いますしたが、多少子供の風俗に問題あるとはいえこのダンスホール『アイアン
ボトム』の栄華は類稀なる美女の饗宴という面もありますからして…」
 おばあちゃん再び昔話開始。ソロモン君はそのおばあちゃんをうんざりした目で眺め、エリザベスちゃん
はコメカミに筋のような物が浮かび始めます。
「…ムキーーッ!エリザベス家の一員だったらもっと助け舟を出して当然でしょう!そもそもお二人とも
品性って言うものを…言うものを…(ry」

 それから1時間27分の大演説は、どこまでソロモン君とおばあちゃんの記憶に残ったかはよくわかりません。

はいおしまい。

解説 あさぎり ◆WOaKOSQONw 投稿日: 2005/11/01(火) 23:04:29 ID:na4lBF+J
※解説・決戦・桑滄之変
□をーをーをー 夢は57セント〜 一度足を上げるねだん〜♪ あさぎりです。
□えーこのたびは日米の大消耗戦の現場となったソロモン諸島のお話をば。別名『鉄底海峡』と称される、
両国の艦船が沈みまくっている海域です。
そもそもここが何で海戦の集中する海域になったかというと、日本の米豪遮断作戦に呼応したルンガ飛行場
【ヘンダーソン飛行場】の争奪戦に端を発し、太平洋の制海権の趨勢に大きく影響される海域と関係者が
総じて認識することになった結果、です。
□沈んでいる艦船はまさに『無数』。未だに沈没船艇から漏れ出す重油が海を汚すと問題になり、それらへの
賠償を日米両国に求めているそうですが、当たり前のように両国ともスルー…ま、そりゃそうだな。
収拾つかないくらい沈んでるし…
 しかしまあ、勝手にやって来てさんざんドンパチやって今やうっちゃられてる。戦争とはいえ地元の人も
えれえ迷惑だったでしょうなあ。見た目は『楽園』中は『地獄』の殺人諸島とはいえ…。
□日米が陸でも海でも殴り合いを演じたわけで、ニッテイさんも善戦したんでしょうが、日本の国力では
『互角の戦い』は負けでしかなかったわけですなあ。
『戦いは数だよ兄貴!』
 いやまさに、まさに。
※漁礁だらけなそーす
■地域データ
ソロモン諸島【外務省HPより】
ttp://www.mofa.go.jp/mofaj/area/solomon/data.html
【こちらはWiki】
ttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BD%E3%83%AD%E3%83%A2%E3%83%B3%E8%AB%B8%E5%B3%B6
■ソロモン諸島での海戦の資料。なかなか総覧めいたものって少ないもんですねえ。
Keyのミリタリーなページ【個人さんのサイトです】
ttp://military.sakura.ne.jp/index.html
 の中の、【太平洋戦争主要海戦】内、昭和17年5月の珊瑚海海戦から…なんでしょうねこの密度w
 ttp://military.sakura.ne.jp/battle/battle_s17.htm
遺族の方々のサイトです。そうかあ、ラバウルってソロモン諸島の北にあったんですねえ。
■全国ソロモン会ホームページ
ttp://www2.gizo.net/solomon/
■今回の話を思い立った発端は、この記事にめぐり合ってからでしたです。
雑学先生というメルマガサイトのバックナンバー。番号で言うとNo.140
http://www8.plala.or.jp/curiocity/sensei/
 殺人諸島とアイアンボトムサウンド
 ttp://www8.plala.or.jp/curiocity/sensei/backnumber/past000/page140.htm#dog-sanko-shasin

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