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第2476話 青風 ◆BlueWmNwYU 投稿日: 2006/01/04(水) 18:19:41 ID:WAcLazm4
「新春の空の下」

「今日、私は素晴らしいお知らせを持ってまいりました。
 そう、いかなる時にも主は我らの罪をお許しになられるのです!」
ヨハネ君の伝える福音にも、耳を傾ける者は有りません。
此処は戦場。福音に背を向けた者のみが足を踏み入れる場所なのですから。

「ニホン、何だ、こ、この連中はァア!」
アーリアちゃんの絶叫も渦巻く怒号にかき消されます。
「ああ、ニホンちゃん、た、助けてぇ!」
今度はタイワンちゃんが人の流れに攫われそうになります。
「ああ、タイワンちゃん。手を、手を伸して」
なんとか捕まえようとしたニホンちゃんの手が虚しく宙を掴みます。

此処は地球町の駅前。有名な大型電気店「アキバ屋」の2軒隣の
スーパーマーケット「アメリー屋」の店内です。少々品揃えに偏りが
有るものの、安さと品数目当てに日ノ本家の親戚筋もご贔屓にしています。
「とは言え、この群衆は何なのだ?」
周囲を埋め尽くす買い物客の波に呆然と、アーリアちゃんが呟きます。
「ああ、ほら。うちの身内の人達ってお盆とお正月には物要りだから」
あはは、と笑うしかないニホンちゃんでした。

「はい、タラバガニ!そこのお嬢ちゃん、持って行きなよ!」
人混みに押されるままに鮮魚コーナーの正面にやって来てしまった3人。
野太い声をかけられて、どうしたものかと考えていると
「ん、じゃこっちはどうだ。ズワイガニ。生きがいいよ、ほれ動くだろ?」
のそのそと動く蟹がアーリアちゃんの目の前に突き出されます。
「キャーッ」
普段は聞けない種類の悲鳴を残し、人混みの中へ逃げ去るアーリアちゃん。
ニホンちゃんとタイワンちゃんは、急いで後を追いました。
「はぁ、ようやく追いついたよ。どうしたの、アーリアちゃん?」
「わ、私は生きた蟹を見るのは始めてだ。・・処で、タイワンは何処だ?」
振り返ると、お菓子コーナーの真ん前にタイワンちゃんが立っていました。
「はい、チョコが10枚、11枚、12、13、14,15、っと。お嬢ちゃん。
 はい、って言わないと買えないよ。じゃ、もう一回、チョコが10枚・・」
店員が大きな袋にぽんぽんと、かけ声と共に板チョコを次々放り込むのを
タイワンちゃんが真剣に見つめています。15枚の処でタイミング良く手を挙
げようとするのですが、いつも他の大人に先に手を挙げられてしまいます。
「ああん、悔しい。もうちょっとだったのにぃ」
尚も粘ろうとするタイワンちゃんの両肩を無言で左右から抱きかかえ、
ニホンちゃんとアーリアちゃんはお菓子コーナーを後にしました。

「YO、ニホン。こんな処で何やッてんだ?」
聞き慣れた声にニホンちゃんが振り返ると、そこにいたのはミリタリーグッ
ズのコーナーで店番をしているアメリー君でした。
「アメリー君、アメリー屋ってアメリー君とは関係無いのに、なんで?」
「HAHA,うちの古着を卸して小遣い稼ぎ。ついでに店番もする訳さ」
お前もひとつ買わないか、とのセールストークを聞き流しながら眺めるガラ
スケースの中に並んでいるのは、どうやらアメリー君の持ち込んだモノだけ
ではないようです。
「おお、これはフランの処の戦車兵向けジャケット、いや、新しすぎだな、
 レプリカか。ン、ジュネーブの処の軍用ナイフ。この品揃えはしかし、
 あなどれん。おう、我が家の陸戦用コート!あ、兄上が卸したのか・・」
ニホンちゃんの隣でアーリアちゃんが、ちょっと小学生離れしたうんちくを
目を輝かせながら低い声で語っていました。
「ねぇ、アーリアさん。もしもーし、聞こえてる?」
タイワンちゃんの声もまったく耳に入らないようです。
ああ、こりゃ引っぺがすのは大変そうだ。
ニホンちゃんは心の中で軽く溜息を吐きました。
スルメや鰹節の棚の脇を通り抜け、怪しげな中華食材のコーナーを横目に
見ながら、何故かこんな処にあるチューカアパートの入居案内所を避け、
ちょっと出所の怪しい食材のコーナーも今日はパス。
「ねぇ、ニホンちゃん。私、あの廻るお寿司、興味あるよお」
「おいタイワン。其れよりも、あのラーメンだ!」
「あーん、二人とも今日はそっちが目的じゃないよう」
串に刺した細切りメロンを囓りつつ、あちこちへうろちょろしながら
たどり着いたその先は、お店のほぼ真ん中当たりにある屋台の前でした。

大きな串に突き刺され、縦に重ねられた薄切り肉がゆっくり回りながら、
3人の目の前でローストされています。じんわりと染み出す肉汁の照りが、
嫌が応にも若い食欲を刺激して止みません。長いナイフでこそぎ落とされた
肉片が、付け合わせの野菜と辛目のソースと共に半月形のパンの中に放り込
まれると、ケバブサンドの完成です。
「は〜い、おまちどおさま」
「ありがとう、トル子ちゃん」
空腹は最高の調味料とは言え、期待に違わぬその味をみんな暫く無言で
堪能していました。が、ふとニホンちゃんがさっきからどうしても気
になっていた疑問をつい口に出してしまいました。
「ねぇ、トル子ちゃん。何故、ケバブサンドを此処で?」
「さあ、何でだろうねぇ?」
あはは、と、ちょっと困ったように笑うしか無いトル子ちゃん。
まぁ、いいか。
そう思いながら新春の風景を見渡すニホンちゃんでした。

解説 青風 ◆BlueWmNwYU 投稿日: 2006/01/04(水) 18:23:44 ID:WAcLazm4
解説のようなモノ

さて、東京は御徒町駅のすぐ脇に、アメ横と呼ばれる通りが御座います。
年がら年中込んでいるのですが、年末年始(特に年末かな)の混み方は
既に風物詩となるくらいとんでも無いモノであります。
(今年はみのもんたが紹介したお陰で特に凄まじかったなぁ)
売っている商品もまた国際色に富んでいまして、ここへ来れば日本の
食糧調達事情が判ると言っても過言ではないくらいであります。
今回の舞台はそんなアメ横をモデルにしてみました。

アメ横の語源はこの辺りを参考にどうぞ
http://www.juken-net.com/magajin/maga/39.htm

で、ケバブバーガー屋さん(スターケバブ)の場所はこちら
http://www.ameyoko.net/map/map-B8.html
(同名のケバブチェーンが有るようですが、グループなのでしょうか?
 調べても判らなかった)

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