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第2485話 青風 ◆BlueWmNwYU 投稿日: 2006/01/12(木) 10:47:10 ID:h8K6OVC0
「リンデンバウムは初夏を待ち」

あたりを吹く風はまだまだ冷たく、初夏の暖かな日射しを皆が待ち望んで
います。そんな日だって、体育の授業ともあれば小学生は校庭へ飛び出さ
無くてはなりません。もちろん、必ずしも喜んで、とは行きませんが。

「ぜぇ、はぁ、ぜぇ・・ちょっとぉ、待ちなさいよ、そこの筋肉女」
「無礼な事を云う奴は待ってやらないぞ、タイワン」
「げほ、げほ、余裕、あるなぁ、二人、とも」
「お前ら、ちんたら走ってると、もう5週追加だぞ!」
どうやら、今日の授業はランニングのようです。
こんなつらいだけの授業なんて、本当は見学したいのが人情と言う
モノ。ですが、フラメンコ先生は、理由のない見学なんか認めません。
かくして、今日も先生の容赦の無い怒声が校庭に響き渡るのです。

さて、そんな同級生達をみつめるのが見学者の二人。
校庭の隅に植えられたリンデウンバウムの木々の中でも一際大きな一本の
根本に、互いに距離を置いて座るロシアノビッチ君とルーマちゃんです。
ロシアノビッチ君の見学理由はいつもの通りに二日酔い。今もご機嫌に
「おお、五月、五月は五月、恋の季節、っとくらあ〜」
と調子外れに歌っています。ルーマちゃんの見学理由は、一応は貧血という
事になっています。でも実は別の理由があるのです。彼女は“夜の眷属”、
日の光がちょっと嫌いで苦手なのです。

本来、夜の眷属には日中の活動は致命的です。でも、彼女は特別、
デイウォーカーなのです。それでも、日の光を浴びると彼女の中の体内時計
が「今は眠る時間だ」と主張を始め、調子が狂う事があるのです。
「ああ、眠い。駄目ぇ、今眠ったら夜眠れなくなるのに。
 せめて今が5月で、この木に葉が付いて居たらなぁ」
ルーマちゃんは、忌々しげに自分が寄りかかる木を見上げました。
必死に睡魔と闘うルーマちゃん、ですがその努力も虚しく、最初は遠慮がち
に、そして次第に首が俯き、ついには完全に眠りに落ちようとして居たその
瞬間、神経を逆なでする声が彼女を強引に眠りの世界から引き戻しました。
「よほぉるーまぁ〜、お前も飲め、飲めぇ〜ったら飲め〜」
もちろん、二日酔いで見学しているはずのロシアノビッチ君です。
いったい何処に隠し持っていたのか、ウオトカの瓶に直接口を付け、
旨そうにぐびぐびと呑んでいます。

「ああ、鬱陶しい」
ルーマちゃんは露骨に嫌そうな顔をしているのですが、そんな些末な事を
気にするロシアノビッチ君ではありません。自分が口を付けて呑んだ瓶を
そのままルーマちゃんに挿しだし、彼女の右腕をしっかり掴んで、飲め飲め
と強引に勧めてくるのです。無神経に吐きかけられる酒臭い息に、一瞬
ルーマちゃんの脳裏に危険な考えが浮かびました。

「そうよ。少し、ほんの少しだけ血を抜いてやればこいつは大人しくなる
 んだわ。お腹が減ったからじゃない。こいつを黙らせる為だわ」
普段は決して、お友達の血を吸おうなんて想いもしません。
みんなと同じ学校に行く事は、彼女にとって大切な事だからです。
でも、猛烈な眠気と、そこから無理矢理引き戻された不快感と、アルコール
臭たっぷりの吐息がルーマちゃんの判断を狂わせました。
ルーマちゃんは、怪しく赤く輝く目を細め、にやりと笑いました。
瞬間、辺りの空気が一層の冷たさを増しました。
「おい、ロシアノ」
ルーマちゃんは、その繊手からは想像も出来ない凄い力で一気にロシアノ
ビッチ君を身体毎引き寄せると、大きく伸びた二本の犬歯を彼の首筋に突き
立てました。
冬だと云うのに、聞こえてくるのは初夏の歌。
「おお、五月。五月よ五月、恋の季節」
何だかとっても気持ちよさそうに、ルーマちゃんが歌っています。
その左肩には、ロシアノビッチ君が気持ちよさそうにもたれかかり、
腕をしっかり掴んだまま、すやすやと寝息を立てています。
「失敗したわ。私ともあろうものが」
そう、たっぷりアルコールの廻ったロシアノビッチ君の血を吸った
彼女は、血と一緒にアルコールも摂取してしまい、そのまま酔いが廻り
歌い始めてしまったのです。
「どうでも良いから、私の肩を離してよ」
もたれかかるロシアノビッチ君を振り払おうとしますが、力が入りません。

「ぜえ、はぁ、ぜぇ、はぁ、あれぇ、誰よ、呑気に、歌ってるの?」
「うん、ぜぇぜぇ、聞こえる、ぜぇ、あそこよ、はぁ、ルーマちゃん、だ」
ランニングを終えたクラスのみんなも帰ってきてしまい、
ついに二人は良いさらし者になってしまいました。
「ほう、あの二人あんなに仲が良かったのか」
「ルーマちゃん、歌上手だねぇ。元気なら今から走ってくるか?」
みんなで歌い始める恋の歌。
「もうっ、ロシアノ!酔っぱらい、離せ、私の肩を離せったらあ」
ルーマちゃんの困惑を余所に歌声は暫く続き、
その間も、ロシアノビッチ君は気持ちよさそうに寝息を立て続けました。
「ああ、せめて今が5月だったらこんな事には」
おお、五月。五月よ五月、恋の季節
「もし5月が恋の季節でも、こいつが相手って云うのだけは有り得ない」
心に固く誓うルーマちゃんでした。

解説 青風 ◆BlueWmNwYU 投稿日: 2006/01/12(木) 10:53:50 ID:h8K6OVC0
さて、解説しなければ判るまいw

モルドバ、と言う国があります。
ロシアとルーマニアの中間に位置する国家で、公用語はルーマニア語。
でも、何故か筆記はキリル文字を強要されています。
元々はルーマニアの領土だったのですが露土戦争の結果ロシア領に編入され
今に至っています。今も住人の7割弱がルーマニア人で、ルーマニアへの
統合への動きも近年活発になっているようです。
で、これがルーマちゃんがロシアノビッチ君に捕まれた左肩、
と言う訳です。
ttp://www.mofa.go.jp/mofaj/area/moldova/data.html

さてもうひとつ

去年、流行った2ちゃんねるとも縁の深い歌「まいやひー」ですが、
云わずと知れたモルドバ出身の3人組、O-Zoneの歌であります。
(Dragostea Din Tei 菩提樹の下の恋、菩提樹=リンデンバウム)
この「まいやひー」(Ma-I-A Hi, Ma-I-A HuMa-I-A Ho, Ma-I-A Ha-Ha)
という、意味の無さそうなフレーズ、このMa-Iって英語のMay、五月
と言う意味が込められているのだそうです。
五月、リンデンバウムの葉の茂る、初夏の淡い恋の歌、
って事みたいです。にしては賑やかな歌ですが。

じゃ、また
ノシ

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